第4話登場漢柳の解説

一 鈍灰作 「贈檄憂君」


昇日益益求極致  昇日益益極致を求む

深暉愈愈照苑地  深暉愈愈苑地に照る

池上芙蓉仰金烏  池上の芙蓉金烏を仰ぐ

波間水天知虚偽  波間の水天虚偽と知る

彼出闇中発清明  彼は闇中より出で清明を発す

汝在泥濘生雅粋  汝は泥濘に在りて雅粋を生む

人有陰陽得大徳  人陰陽有りて大徳を得る

自欲潔白勿慙愧  自ら潔白たらんと欲して慙愧する勿れ


去声四寘(致、地、偽、粋、愧)


語釈

・深暉…深く射し込む光。

・芙蓉…蓮の花。詩耽を指す。

・金烏…金の烏。太陽の化身。耀白を指す。

・水天…本来は川や海が空と一体になって見えること。ここでは水に空が映っている様が一体になっているように見えると解釈。

・慙愧…恥じ入ること。


解釈

昇る太陽はますます高みを目指し、

その深く射し込む光はさらに庭園に降り注ぐ。

庭園の池に咲く蓮の花は金烏を仰ぎ見る。

それは池の波間に映る空が偽りであるとわかっているからだ。

太陽は夜という闇の中から現れているが、清く明るい光を放つ。

蓮の花は泥の中にあって雅やかで美しい花を咲かす。

人というものは陰陽を持っているから大きな徳を得られる。

だから自ら潔白であろうとして汚れていることを恥じるな。


一言

鈍灰から詩耽に向けての作。

清い人柄の耀白も人並みに闇を抱えているし、詩耽も汚れた世俗にあって美しい生き様をしている。人というものは陰もあるからよりよく生きられる。だから憂いを拒絶するなと説く。



二 耀白作 「追君」


追君幾星霜  君を追いて幾星霜

比肩百詩歌  肩を比ぶる百詩歌

切磋成双璧  切磋して双璧を成し

句満如琢磨  句満ちて琢磨するが如し

親近望綿綿  親近綿綿たるを望み

疎遠憂峨峨  疎遠峨峨たるを憂う

玉輪潜山陰  玉輪山陰に潜み

吟嘯恋嫦娥  吟嘯嫦娥を恋う


下平五歌(歌、磨、峨、娥)


語釈

・幾星霜…「星霜」で長い年月、移り変わる年月をいう。

・双璧…一対の玉、並び立って立派な人を指す。

・句満…詩句でいっぱいになること。

・綿綿…長く続いて絶えない様。

・峨峨…山の高く険しい様。

・玉輪…月のこと。

・嫦娥…月の仙女。


解釈

君の背を追ってどれほど長く経っただろう。

その間、たくさんの詩歌を共に為してきた。

切磋して才知は双璧を成すようになり、

作った多くの詩句が互いを磨き上げた。

そんなあなたとは親密で長くありたいと願っていますが、

今は疎遠となって山を隔てているようになっていることを憂えております。

たとい月が山の陰に隠れてしまっても、

私は詩を吟唱して嫦娥を想い続けます。


一言

耀白が詩耽への手紙にしたためた詩。

作中での過去の回想を引き合いに出している。



三 鈍灰作 「騰蛇匿雲霞」


京華至絶遠  京華より絶遠に至る

野鄙匿雲霞  野鄙やひ雲霞うんかかく

共吟垂詩酒  共に吟じて詩酒を垂る

自開顕騰蛇  自ら開きて騰蛇とうだあらわ


押韻 下平六麻(霞・蛇)


語釈

・京華…都のこと。

・野鄙…田舎、田舎者。

・詩酒…詩を作りながら酒を飲むこと。

・騰蛇…中国の神獣。翼をもった蛇の姿をしている。青龍、朱雀等の四方獣と並ぶ扱いをされる場合もある。


解釈

 都から遠く離れた土地にやってきた。

 この田舎に住む者たちは雲霞の中に隠れてしまった。

 しかし、一緒に詩を楽しみ、酒を酌み交わしていると、

 自ずと雲は晴れ、中から騰蛇が現れた。


一言

 鈍灰が訪問者の立場から見た律の土地を表現した作品。



四 耀白作 「鳥集桃源」


孤鳳仮幽人  孤鳳こほう幽人を仮とす

清貧奏仙楽  清貧にして仙楽を奏す

双鷺越関河  双鷺そうろ関河を越ゆ

風雅厚惇朴  風雅にして惇朴とんぼくを厚くす

鶯燕生桃源  鶯燕おうえん桃源に生まる

協睦親文学  協睦して文学を親しむ

哢吭漸累累  哢吭ろうこう漸く累累たり

詠嘯愈濯濯  詠嘯愈々濯濯いよいよたくたくたり


押韻 入声三覚(楽・朴・学・濯)


語釈

・孤鳳…一匹の鳳。神鳥。

・清貧…貧しくあって節度を守っていること

・幽人…世捨て人。

・仙楽…妙のある音楽。

・鷺…サギ。

・惇朴…まことがあり、飾り気のない様。

・鶯燕…ウグイスとツバメ。女子の比喩に用いられる。妓女の比喩としても使われるがここでは当たらない。

・桃源…桃源郷のこと。

・哢吭…さえずり。

・累累…物が重なり合っている様。

・濯濯…光り輝く様、楽しみ遊ぶ様、雅やかで美しい様。


解釈

 一匹の鳳が世捨て人の姿を借りてやってきた。

 彼は清貧で趣深い音楽を奏でた。

 二匹の鷺が関や河を越えてやってきた。

 彼らは外見は雅やかだが、行いは慎ましさに満ちていた。

 鶯と燕が桃源郷で生まれた。

 彼女らは仲睦まじく、文学に慣れ親しんだ。

 この鳥たちのさえずりはしだいに重なり合っていく。

 それによって詠唱はますます華やかとなった。


一言

 作中でも言及したが、鳳は鈍灰、鷺は本陶と顔路、鶯燕は耀白と詩耽を指す。各々の鳥のさえずりは作詩を示し、詩談の楽しみを説く作品となった。



五 本陶作 「悩贈序」


天険絶境人無牆  天険絶境人はしょう無し

一視同仁徳在傍  一視同仁徳は傍らに在り

館灯笑語忘旅情  館灯の笑語旅情を忘る

懐中贈序惜離觴  懐中の贈序離觴りしょうを惜しむ


押韻 下平七陽(牆・傍・觴)


語釈

・天険…自然の要害。非常に険しい所。

・絶境…世間と交通のない土地。

・牆…垣根。塀。

・一視同仁…差別なく全ての者を平等に愛すること。

・館灯…旅館の灯り。

・笑語…笑って話す。

・贈序…文体の一つ。送別の詩歌につける序文。広くは送別の時に贈る文章。

・離觴…別れの杯。


解釈

 要害に囲まれて人の交通もないこの土地だが、住む人の心に塀はない。

 その上、差別なく周りを愛することができ、徳化が行き渡っている。

 宿の灯りの下で語り合えば、その親しみやすさに旅先であることを忘れてしまう。

 胸中の送別の文章では別れの杯を交わすことを惜しんでいる(辛くて書けない)。


一言

 本陶の本当の気持ち(洒落)を率直に著した作品。



六 耀白・詩耽合作 「烏兎凌風雨而果会遇」 烏兎風雨を凌ぎて会遇を果たす


玉兎愧赧陰思慕  玉兎ぎょくと愧赧きたん思慕をおお

金烏空啼欲馳赴  金烏きんう空啼馳赴ちふせんと欲す

墨痕灌涙濡紫毫  墨痕涙を灌ぎ紫毫しごうを濡らす

懐抱寄書綴詩賦  懐抱書を寄せて詩賦を綴る

紙筆不絶重逢瀬  紙筆絶えずして逢瀬を重ぬ

情話無尽湛白露  情話尽きること無くして白露を湛う

昼夜雲雨蜜両人  昼夜の雲雨両人を蜜にす

霽後日月果会遇  霽後せいごの日月会遇を果たす


押韻 去声七遇(慕・赴・賦・露・遇)


語釈

・玉兎…月の化身。月にいる兎。

・愧赧…赤面すること。

・金烏…太陽の化身。日本ではヤタガラスをいう。

・墨痕…墨の痕、墨で書いた文字。

・紫毫…筆に使う兎の毛。

・懐抱…胸中に抱いている事柄。

・寄書…手紙を送ること。

・逢瀬…男女が隠れて会うこと。本来は和語なので漢文に使われない。

・情話…男女の睦まじい会話。

・雲雨…雲と雨。男女の情交を指す場合に用いる。

・霽後…晴れた後の空。


解釈

 玉兎が赤面して思慕を覆い隠す。

 金烏は空しく鳴き、その傍に馳せ参じたいと願う。

 紙に書かれた文字を見て涙をこぼし、兎は毛を濡らす(筆を執って先に墨を浸す)。

 胸中に抱く思いのままに手紙をしたため、そこに詩を綴る。

 書くことはいくらでも湧き、顔を合わせず紙上での触れ合いを重ねる。

 そのやり取りは尽きることなく、白露が草木に溜まるように思いが膨らむ。

 昼夜の雲と雨の中、二人は愛を深める。

 晴れた後、日月(兎と烏)はついに巡り合うに至った。


一言

 作中での耀白と詩耽の出来事を詠った作品。第五話で多少触れるが、彼らは本陶達による説得の後、詩会の準備期間中はひそかに手紙でのやり取りをたびたび行っていた。主に五句目六句目にその内容が入っている。


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