16話

 「店長、昇さん、透間さん、明菜さん、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」

 私はシャノワールに来てみんなに謝った。

 「迷惑だなんて、そんなぁ。誰にだって、体調の悪いことはありますよ。

 それよりももう大丈夫なんですか?」

 明菜さんは首を物凄い左右に振って、私の言葉を否定した。

 あまりにも大きな動作でするものだから私は思わず笑ってしまった。

 「ええ。もう大丈夫です」

 「あまり無理をしないでくださいね」

 「はい」

 「兄貴とか俺の友達が手伝いに来てくれたからこっちは問題ねぇよ。臨時バイトで、思わぬ収入が入ったって喜んでたしな。元気になったんならそれで十分だ」

 素っ気ないが心の籠った昇さんの言葉に私の目がじんと熱くなる。

 「従業員は臨時バイトでなんとかなるけど、やっぱ柚利愛が居ないと寂しいし、落ち着かない奴も居るから」と言って何故か透間はちらりと店長を見た。

 「柚利愛が元気にバイトを復帰してくれて嬉しいよ」

 「?はい」

 店長は一度咳払いしてから透間を睨んだ。

 睨まれた透間は涼しい顔で厨房に入って行った。

 「体はもう良いのか?」

 「はい。色々とありがとうございました」

 「いや、うん。あまり無理をするなよ」

 そう言ってポンと店長は私の頭に手を置いた。

 視線を上にあげて店長の顔を見ると満面の笑みを浮かべた店長と視線が合ってしまい、どきりと心臓が大きく脈打った。

 一体、何だと言うのだろう。

 「・・・・はい」

 よくは分からないが、でも復帰したのだから休んだ分しっかりと働かなくては。


◇◇◇

 いつものようにバイトが終わったら店長が私を家まで送ってくれた。

 体調を崩したばかりなのでカラオケの倍とは今日は休みにしている。

 「柚利愛」

 「はい」

 「何か、困ったことはないか?」

 唐突な質問に私は店長を見上げた。

 とても真剣な目で見られて、どう答えていいものか迷った。

 別にバイトで困っていることはない。

 そもそも、どうして急にこんな質問をしてきたのだろうか?

 もしかして今回体調を崩したことを店長は自分の責任だとでも思っているのだろうか?

 これは私が無理をしすぎたせいだ。

 自分の体調管理をできなかった私のミスであって、店長には一切責任はない。

 「いいえ、今のところは何も。店長も、昇さんも、透間さんも、明菜さんも皆さん良い方ばかりで私には勿体ないぐらいです」

 何の偏見もなく私を受け入れてくれたあの場所は私にとっては貴重で、そして奇跡に近い場所のように思えた。

 「本当に?」

 「え、ええ」

 私の心の奥を探る様な店長の目に私は何もかも見透かされているような恐怖を感じた。

 「凄いプライベートのこと聞くけどさ、柚利愛ってまだ高校生だよね、何でそんなにお金が要るの?」

 「それは卒業したら一人暮らしを考えているので」

 「それって親に相談できないレベル?

 普通はさ、多少は出してくれるもんだよね」

 そうなんだろうか?

 一般的な家庭を知らないから私にはよく分からない。

 「柚利愛は家に居たくない理由があるの?」

 「随分と突っ込んだ質問しますね。どうしたんですか?」

 私を送り届けた時に母の態度に問題があったのだろうか?

 取り敢えず笑って誤魔化してみようとしたが変わらず店長は真剣な目で私を見てくる。

 射抜くような瞳が嘘を許さないと言っていた。

 「柚利愛、言いたいくないのなら無理には聞かない。

 でも、頼って欲しい。何かあったら力になるから。

 それだけは頭に入れておいて欲しい」

 「・・・・・はい」

 私がそう答えるとふわりと店長が笑った。

 どきりと心臓が脈打つ。

 止めて欲しい。

 私の中で徐々に育っていくこの感情を何と呼ぶのか私はもう気づいている。

 でも、私は気づかないふりをしていきたい。

 気づかなくていいのだ。

 それで何も問題ないはずだ。

 寧ろ気づいた方が大問題だ。


 私は誰も好きにはならない。


 それがとても難しいことだとこの時の私はまだ知らなかった。

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