9話

 「おはよう、神山さん」

 翌日、学校に行くと黒川正人がニコニコしながら私に話しかけて来た。

 周りに居た人は驚いた顔をしていた。

 私も驚いた。

 昨日の彼の言葉を私は信じた訳じゃない。

 だから昨日と変わらない今日がやって来ると思った。

 「・・・・・おはよう」

 挨拶を返すと黒川正人はとても嬉しそうに笑った。

 周囲の人間は何が起きたのか理解できずに固まっている。

 私はいたたまれず、足早に教室の中に入った。

 するとなぜか黒川正人も私の後について教室へ入る。

 「神山さん、もしかしてとは思っていたけど俺が同じクラスだって知らなかった」

 「・・・・」

 図星なので何も言えなかった。

 すると黒川正人は「ひどいな」と全くそんなことを思っていない顔で言う。

 何が楽しいのか彼は授業が始まるまでずっと私に話しかけていた。

 私は特に話す内容もないので、話題を振られても困る。

 何も話せない私と居て何がそんなに楽しいのかひたすら黒川正人は話し続けた。

 それは周りから見たらとても異様な光景だった。

 結局、黒川正人は休み時間全部を使って私の所に来た。

 おかげで今日一日は暴力を振られることもなくすんだ。

 そんな日が何日も続いた。

 正直、どうしていいか分からない。

 こういう人間は初めてなので対処に困る。

 「ねぇ、黒川君と付き合っているの?」

 ある日、由利にそんな質問をされた。

 「付き合ってない」

 「でも学校で噂になってるよ」

 それは初耳だ。

 でも、おかしくはないのかも。

 私は結構目立つし、いつも遠巻きにされている私にしょっちゅう笑顔で話しかける男が居ればくだらない邪推をしてみんな面白おかしく勝手に真実を捏造していくのだろう。

 「ただの噂でしょ」

 「そうなんだ」

 由利はあまり興味がなかったのかそれ以上は何も聞いては来なかった。

 「今日のご飯は?」

 直ぐに話題を変えて来た。

 と、言ってもこれは毎日の日課のようなものだ。

 いつも彼女は「きょうのご飯は?」と聞いてくる。

 下手したら朝起きて直ぐに聞いてくることもある。

 前もってメニューを決めているわけではないので聞かれたところで答えられない。

 そんなに気になるのならたまには自分で作ればいいのに。

 「・・・・」

 食事の準備を使用と思って炊飯器を開けたらご飯が入っていなかった。

 昨夜は父が外食であった為、炊かなくても今夜の分ぐらいはあったはずだ。

 けれど、お釜の中には辛うじて一握りのご飯が入っている程度だ。

 「何でご飯が入ってないの?」

 「ああ、昨日の夜。夜中にふと目が覚めて納豆ご飯して食べた」

 と、何でもないことのように由利は言う。

 昨夜、今日の分、四人分のご飯を平らげたと。

 しかも、炊飯器の電源は入ったまま。お釜も水には付けていない。当然だが。

 「ご飯が入ってないのなら水ぐらいつけてよ」

 「入ってるよぉっ!」

 ピキリと額に青筋が立ちそうになった。

 「じゃあ、あんたは今日のご飯は四人で一握り食べれば十分お腹が膨れると思っているわけ?」

 「何で、そんなに怒るわけ?訳分らんし」

 はぁ。と、由利が溜め息をついた。

 溜め息をつきたいのはこっちだ。

 「目視で明日の分が足りないことぐらい分かるやん!だったらせめて残ったご飯をお皿に移して、炊飯器の電源を落として、お釜を水につけるぐらいしても良くない?何でそんなこともできないの?」

 「だって、それは柚利愛の仕事でしょう」

 何を言っているんだという顔で言われた。

 「そういう問題じゃないっ!」

 「ちょっと、何をそんなに怒鳴っているの?」

 最悪、お母さんが帰って来た。

 炊飯器の電源が入っているからご飯はあるものだと思い込んでいた。

 完全に私のミスだ。

 ちゃんと電源が入っていても確かめておけば良かった。

 いいや、それよりも面倒がらずに昨夜、炊けば良かった。

 ギリギリだけど明日の分ぐらいあるからいいやって思ったのは完全にミスだ。

 まさか夜中に起きて食べるとは思わないじゃないか。

 しかも四人分。

 「ご飯がないんだって」

 あんたが食べたからでしょうがっ!

 「それぐらいでいちいち怒らないでよ。

 ないなら炊けばいいじゃない。

 まったく。本当にあなってダメな子よね。

 見ているだけでイライラする」

 「っ」

 何で私が怒られないといけないの?

 はぁ。と、お母さんまでもが私を見て溜め息をついた。

 「そうだ、柚利愛。私、今日カレーが食べたい」

 「・・・・・シチューが既にできてる」

 「明日にすればいいじゃない。

 どうせご飯が炊けていないのならまだ食べれないんだから」

 「でも、材料が」

 「いちいち言われないと分からないの?

 ないなら買えばいいじゃないっ!

 どうしてそんなことまで私が指示を出さなきゃいけないの?

 ねぇ!お願いだからこれ以上私を苛立たせないでくれる?

 分かったのなら早く買いに行きなさい」

 「・・・・・はい」

 「あっ!そうだ。序に海苔も買って来てね」

 笑顔で追加注文して来る由利に殺意が湧く。

 別に、指示をされなくても材料がないのなら買うことぐらい私にだって分かるし、できる。

 ただ、学校から帰って来て、買い物を済ませて折角作ったのに、またその工程を一からしなければならないのか?って思っただけだ。


 結局、その日はカレーになった。

 翌日はシチューのつもりで残しておいたが「昨日カレーだったのに、今日はシチューなんて嫌だ」と由利が文句を言った為、また違う食事になり、それが続いた為、シチューは一回も食べられることはなかった。

 「これ、もうダメだよね?」と由利がシチューを見ながら言った。

 一応、言っておくが。悪意ある虐めのように見えるが一連の流れに百合の悪意はない。

 彼女はただ自分の言いたいことを言って、j気分のやりたいことをやっているだけだ。

 「そうね。お腹を壊してもあれだし、捨てた方が良いかも」

 そう言って重い腰を上げた母は私の目の前で数日前に作られたまま食べられることのなかったシチューをゴミ箱に捨てた。

 こういった光景は決して珍しいものではない。

 以前、カルボナーラを作ったのだが、中に牛乳が入っていると知った母は怒って直ぐにゴミ箱に捨てた。

 同じ理由でシチューも捨てられたことがあるので今回作ったシチューには牛乳を入れてはいなかった。

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