10話
「あんた、黒川正人と付き合ってんだって」
「図に乗ってんじゃないよっ」
「つぅか、あんたみたいなのが黒川と付き合えるとか本気で思ってるわけ」
「うわっ。マジウケるんですけどぉ」
今日は日直で早めに学校に来ていた。
するとご苦労なことに私を虐めているグループが私より先に学校に来て、私を待っていた。
私の為に早起きをしたのか。
こんなことをするぐらいならもっと有意義なことに使えばいいのに。
「おいっ!無視してんじゃねぇよ」
日直の仕事として黒板を綺麗にしていた私を茶髪の女子生徒が突き飛ばした。
その際、偶然廊下から教室に入ろうとしていたクラスの女子と目が合った。
誰だっけ?
ああ、確か今日一緒に日直をすることになっていた・・・・えっと、確か・・・・及川・・・・・ああ、及川歩美だ。
彼女は直ぐに目を逸らして逃げるようにその場を去って行った。
触らぬ神に祟りなし、か。
冷たい床の衝撃を背中で受けた。
「男に媚び売って、厭らしい」
倒れた私を数人の女子が下卑た笑みを浮かべながら見下ろしている。
「調子こいてんじゃんねぇよ」
「お前のその見た目で男が寄って来るかよ」
「外人だからってモテるって勘違いするなんて頭悪すぎだろ」
外人ではなく日本人なんだけどね。
そしてまた暴力
チョークの粉がついた黒板消しを投げつけられ、セーラー服が白く汚れた。
それを見て、女子集団は笑う。
何が面白いのか分からないけど、笑い続けている。
よほど笑いの沸点が低いのだろう。
体に付けられる暴力的な傷
心の付けられる言葉による傷
痛みはもう感じない。
感じるはずがない。
体も心も痛みを与え続けられれば痛みに対して麻痺するから。
便利なことだ。
それにしてもこれはいつになったら終わるのだろう。
終わるまで私は目を閉じて、耳を塞ぐ。
大丈夫。痛みはもう感じないから。
◇◇◇
「神山さん、どうしたの?」
時間的に人がき出して、女子集団は霧散
暴力から解放された私は日直の仕事をして自分の席に着いた。
教室の中ぼ人が増えて来た。
決まった時間に教室に入って来た黒川正人が私の姿を見て顔を顰めた。
一応、つけられたチョークの粉は払ったけれど縫い目に入り込みどうしてもピンクや青などの色がついている。
「もしかして、あいつらにやられたのか?」
声を潜め、視線だけで誰のことを指しているのかを示す黒川正人
「あなたが気にすることじゃない」
「そういうわけにはいかない」
「じゃあ関わらないで」
「俺はお前と友達になりたいんだ。
なぁ、今度一緒に遊園地でも行かないか?
神山さんに俺のことをもっと知って欲しんだ」
そう言って笑う黒川正人。
誰かにそういう誘いを受けたのは初めてだった。
「あ、あの、お話し中にごめんね」
周囲の視線を気にしながら及川歩美がやって来た。
「あ、あの、神山さん、今日、日直だよね」
「・・・・そうだけど」
「これ、日誌なんだけど」
と、言って及川歩美はずいっと私に日誌を差し出して来た。
彼女は日直の仕事をする気がないのだろうか?
「私、日直の朝の仕事全部、一人でしたけど。
及川さんは教室にも来なかったよね。寝坊したの?」
「えっ?でも・・・・」
あの時、目が合ったから私が学校に来ていたのは知っているよね。
という言葉を及川が言いそうになって口を噤んだのが分かった。
でも、私は知らないふりをする。
だって、実際に彼女は教室へは来なかった。
私が虐められている間どこに避難していたのかは知らないけど、結局彼女が来ないから朝の日直の仕事は全部、私がした。
及川さんが教室に顔を出したのはみんなが登校する時間になってからだ。
ならそれは来ていないのと同じじゃないか。
「そうなの?及川さん、それはダメだよ。
全部神山さんに押し付けるのは悪いよ。
日誌ぐらいはしっかりしないとね」
「で、でも」
日誌が面倒だから書きたくないのは分かる。
でも、それを受け止めるつもりはないから早く引っ込めて欲しい。
黒川正人からの口出しがあっても彼女はなかなか日誌を引っ込めない。
すると・・・・。
「神山さん、ダメだよ。委員長が大人しいからって仕事押し付けちゃあ」
と、ニヤニヤしながら嫌な奴が来た。
因みに及川歩美は我がクラスの委員長だ。
そんな面倒なこと誰もなり手がいなくて今やって来た女が「及川さんが良いと思います。真面目だし、しっかりやってくれそうなんで」と押し付けて決まったのだ。
「#津雲__つぐも__#。日直の仕事は二人でするものだ。
神山さんは既にしている。なのに、なんで日誌まで書かないといけないんだ」
「黒川は騙されてるって。朝の日直の仕事は神山さんじゃなくて委員長がしてたよ。
私、ちゃんと見てたし。ねっ、委員長」
肯定を強要され及川歩美は曖昧に頷いた。
「津雲はそんな早くから学校に来て何をしてたんだ?
まさかわざわざ早起きして虐めでもしていたのか?」
「はぁ。そんなわけないし」
「俺は及川さんが鞄を持ってみんなと教室に入っているのを見てる。
それを見たのは俺だけじゃない。
俺が教室に入った時は既に日直の仕事は終えていた。
それは俺らと同じような時間に鞄を持って教室に入った及川さんには無理だ」
「っ」
「あ、あの、もう、良いの。ご、ごめん」
そう言って逃げるように及川さんは自分の席に戻った。
この話しはそれで終わったと思った。
けれど放課後、最後の日直の仕事をしに教室を離れた時だった。
戻って来た時、そこに及川さんの姿はなく、代わりに私の机の上に日誌が置かれていた。
まさかと思い、開いてみると今日のページが真っ白だった。
卑怯なやり方だ。
仕方がなく私は席に着いて日誌を書き始めた。
書く量が多いうえに一度も手を付けていないので今日の授業内容を一限から全て書かないといけなかった。
本当に面倒だ。
時間がかかるので由利には先に帰ってもらったが私は何時に帰れるだろう。
帰ったら食事の準備をして、洗濯、お風呂の準備もしないと。
何か、疲れたな。
頭も痛いし。
もう、最悪だ。
「あれ、神山さんまだ居たの?」
部活中なのだろう。汗を垂らしながら黒川正人が教室に入って来た。
黒川正人は私が一限から書いている日誌に目を止めた。
「・・・・及川さん、結局お前に押し付けたのか?」
「誰かがやってくれるなら自分がする必要はないでしょう」
「お前がする必要もなかった。俺も手伝うよ」
「いい。部活中でしょ」
「ちょっとぐらいサボっても大丈夫だって」
渡す気がないのを知ってか、黒川正人は私から日誌をひったくって書き始めてしまった。
お世辞にも丁寧とは言えない字で黒川正人は日誌を全て書いてくれた。
「・・・・ありがとう」
「どういたしまして」
「それと、朝のことも、ありがとう」
援護射撃をしてくれたのは事実なのでお礼を言っておいた。
すると、とても嬉しそうに黒川正人は笑った。
「じゃあさ、そのお礼に遊園地付き合ってよ」
それは朝、誘う途中で宙ぶらりんになったまま終わった話だった。
「えっと」
「ダメ?」
捨てられた子犬のような目で黒川正人が見てくる。
まぁ、お礼だし。
「・・・・いいよ」
「じゃあ、決まり。今週の土曜日は空いてる?」
「うん」
「じゃあ、土曜日ね。駅前で待ち合わせ」
「分かった」
「やった」
ガッツポーズをして嬉しそうに笑うから私もつい笑ってしまった。
黒川正人は気づかなかったみたいだけど、私は自分が無意識に笑っていたことに気づいて驚いた。
笑顔なんて、いつぶりだろう。
不思議だ。
人はまだ笑うことができるんだ。
一つの歓喜は一〇〇の苦痛に勝るのかもしれない。
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