18話
「他の皆さんはどうしたんですか?」
「・・・・他の皆さんは急用で来れなくなりました」
「・・・・そうですか」
私は今日、シャノワールの食器やお店のレイアウトに使う物を買いに行く予定だった。
けれど待ち合わせ場所には私と店長しか居ない。
実を言うと店長こと、朔の恋愛を応援する為に昇と透間が気を利かせて家で留守番。鈍感で朔の感情に気づいてない明菜は昇が適当に誤魔化して今回、二人だけのお買い物となった。
勿論、私がそんなこと知るはずがない。
「えっと、どうしますか?」
「前回行った時に目をつけてる奴があるからそれを踏まえて、女の子の目線での意見も欲しいから取り敢えず色々見て回ろうか」
「はい」
まず、店長達が下見で目をつけた食器専門店のお店の食器を見ることにした。
店長達が選んだのは女性客が多いことから薔薇などの花柄の食器が多かった。
「カップルでお店を訪れる人も居るのでお揃いのカップというのもいいのではないでしょうか?
例えば、この青い鳥のカップなど」
私が手に取ったカップは二羽の鳥が向かい合わせでハートを咥えている物だった。
「少ないですけど、お客さんとしてくる人が居る以上はこういうのも用意していた方がいいんじゃないですか?
その方が客層も増えるかもしれませんし。
後はちょっと大人な女の人向けに何も書いていない白いカップというものいいかもしれません。
店長達が選んだカップもお洒落で可愛いですけどシンプルなカップでコーヒーを飲むのも素敵だと思います。
後、カップにシリーズを作るのもいいかもしれません」
「シリーズ?」
「はい。シャノワールにちなんで猫のカップとお皿を人揃え、店長達が選んだ薔薇のカップやお皿を人揃えしたりして。女の子はそういうシリーズに敏感だし、結構好きだと思います。
後はもう直ぐ夏が来るのでそれに合わせて涼し気な物も良いですよね。
お店にも貝殻とか、何か夏を連想させるものを置いたりして季節感を出すのも素敵だと思います。
今は簡単手作りというものが流行っていますので素人でも簡単に飾りを作れますし、確か明菜さんがそういうのに嵌って作っていました」
「成程」
私の意見を店長はメモにしてもう一度食器を選び直していた。
「やっぱり女の子の意見は違うね。俺達は女の子が好きそうな可愛い食器を選んでみただけだからさ」
「お役に立てたのなら良かったです」
「・・・・柚利愛は恋人とか居るの?」
「・・・・どうしてですか?」
「さっき恋人同士でお揃いのカップとか良いって言ってたから、居るのかなって?」
「私は、居ませんよ」
「そうなの?柚利愛、可愛いのに」
さすがホストだなと思う。
こういうお世辞をサラッと言える日本男児はなかなか居ない。
この人は天然のタラシなんだろうと、私は熱を帯びる頬をそうやって誤魔化した。
「じゃあ、好きな人はいるの?」
そう聞かれるとズキリと胸が痛む。
思い出すのは中学の同級生、黒川正人のこと。
別に好きだったわけじゃない。
ただ、ほんの少し優しくされて、それが嬉しかっただけ。
ただ、それだけのこと。
「・・・・私は誰も好きにはなりませんよ」
「どうして?」
優しい店長の声が私に問う。
「・・・・・だって、確証がありません。ずっと好きだとか、最愛の人だとか言っても未来は誰にも分からない。
永遠に変わらない確証も証拠もないのに、そんな不確かで無責任な物、私は欲しくありません。
どうせいつか失くしてしまう。それなら初めから要らない」
「確かに、そんな失うこと前提の虚しい物は俺も欲しくないな」
そう言って店長は苦笑した。
「店長には好きな人居るんですか?」
何となく聞いてみた。特に深い意味はない。
「いるよ」
ズキリとさっきとは同じ部位なのに、違う痛みが私を襲った。
「頑張り屋で、強がりで、でも本当は寂しがり屋の可愛い子。だから時々、どろどろに甘やかしたくなる」
「甘やかさないんですか?」
「壁がまだ厚くてなかなかそこまで近づけないんだ。とっても警戒心の強い子だから」
「そうですか」
店長は「この話しはもう終わりにして、お店に飾る物を選ぼうか」と言って私の頭を撫でた。
この人はよく人の頭を撫でる。癖だろうか?
店長は夏を連想させる食器と恋人用の食器を購入した。
「お店を飾る者も選ぼうか」
「はい」
「大丈夫?疲れてない?」
「はい。大丈夫です」
お店に飾る物は、まぁ、オーソドッグに海を連想させるものだ。
「ハロウィンとかだともっと飾れるものとかあるのにな」
「そうですね。七月なら七夕とかで何とか飾れませんかね?」
「一層、笹を置くか。来たお客さんが好きに願い事を書いていけるように準備して」
「それもいいかもしれませんね。親子連れとか来たら喜びそうですし」
「星とか飾ってみるか?天井に」
「七夕の日にプラネタリウムみたいなことを店内でできたら良いですよね。
ほら、今は家でも楽しめるような機械が売ってますよね」
「あるね」
「休日とかだと、店長達さえよければ少し遅くまでお店を開いて、暗い店内でプラネタリウムをしたりと」
「それに合わせた音楽を流して幻想的な雰囲気を出すのも良いな」
「ですね」
「これは今度のミーティングで出してみるか」
「じゃあ、一応今日は飾りの値段をメモしましょうか。もし企画が通ったら全部を買うとお金がかかるので自分達が持っている物を持ち寄せたりとか、プラネタリウムの機械や音楽はもしかしたら持っている人が居るかもしれませんし、借りる方向で。星の飾りとかだとツリーの飾りでも問題ないのでお客さんに呼びかけて、要らなくなったものを貰うとか」
「そうしたらクリスマスの時にも使えるからコストも削減できるね」
店長は取り敢えずメモをして次のミーティングで話し合う内容をまとめる。
月に一回シャノワールではミーティングを行う。
出される新メニューについてやお客さんの接客に関して話し合ったりするのだ。
◇◇◇
私達がシャノワールで開催するイベントで盛り上がっている頃、留守番組は・・・・。
「朔の奴、上手くいってんのかね」
「無理だろ。相手は柚利愛だし。幾ら兄貴でも、あれは手強い」
「さすが、何人もの女を泣かせてきただけあって目利きですか、昇君は」
「あのね、俺が女好きみたいな言い方止めてくれる?
言い寄ってくる女を片っ端から振ってるだけだろうが」
「振り方に問題がある。もう少しオブラートに包めないのかね」
ソファーに寝そべりながら新聞を読んでいる透間はテーブルに着き、入れられてのコーヒーを飲む昇に視線を向ける。
「その気のない女に優しくする方が酷だろ。
変な誤解されたり、頑張れば自分にもチャンスがあるかもなんて思わせるよりもこっぴどく振った方が良いんだよ。
女の方だってそんな酷い男をさっさと忘れて新しい恋を見つけられるだろう。
変に優しくするやつの方が俺には最低男に思えるよ」
「一理あるな」
透間は視線を再び、新聞に戻した。
「兄貴は、どうすんのかね」
自分の淹れたコーヒーに視線を落としながら誰となく昇は呟いた。
独り言のように呟かれたその言葉は新聞を読む透間の耳にはしっかりと入っていた。
「本気なら落とすだけだろ」
「簡単に言う」
「俺はありだと思うぞ。柚利愛と朔は」
「俺は別に反対しているわけじゃない。ただ」
「相手が難しすぎるってことだろ。恋に障害はつきものさ」
「障害を乗り越えた瞬間、冷める恋だってある」
「初めは姉貴とは違う」
「・・・・分かってる」
遠間は何でもないことのように言うがそれは昇にとっても朔にとっても衝撃的でいまだに受け入れられない事実となって心にしこりを残している。
こういうところが子供なのかなと昇は自嘲した。
「まぁ、ここでくだくだ言っても仕方がねぇよな」
「ああ。恋なんてなるようになるさ」
適当にも聞こえる透間の言葉だが、実際第三者である自分達には大してできることもなく、なるようになると見守ることしかできないのだ。
その事実に苦笑し、二人の恋が上手く行くように祈りながらカップに入ったままの黒い液体を昇は飲み干した。
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