5話

 私は家に帰り、部屋のゴミ箱に白髪染めを捨てた。

 母は一七時まで仕事なので帰ってくるのは一七時半ぐらいになるだろう。

 父は一九時ぐらいには帰ってくるはずだ。

 私は時計で時間を確認してまず洗濯物から始める。

 「ねぇねぇ」

 「何?」

 一緒に帰って来た由利が洗濯をしている私の元へやって来た。

 「髪染めないの?」

 私がわざわざ部屋のゴミ箱に捨てた白髪染めを持っていた。

 「どうして染めないといけないの?」

 「だってその髪の色やっぱり変だし、それに先生に怒られるよ」

 「私には地毛だって証明書があるっ!」

 「私に怒らないでよ」

 由利は不機嫌な顔をして自分の部屋に戻って行った。

 何で由利が不機嫌になるんだと思いながら私は収まらない怒りを溜息と共に吐き出して洗濯機のスイッチを押した。

 洗濯が終わるまでに晩御飯の準備をする為に台所に行った。

 その際、居間を通ったのだが、居間のテーブルには私が捨てて、由利がわざわざ持って来た白髪染めが置いてあった。

 私はその白髪染めを取り、怒りをぶつけるようにゴミ箱の中に投げ捨てた。

 バコンっ

 音を立てて、ゴミ箱がぐわんぐわん揺れたが、何とか踏み止まってくれて、倒れずにすんだ。

 私はもう一度溜息を吐いて、晩御飯の準備を始めた。

 今日のご飯は煮物とみそ汁、それに焼き魚にした。

 ご飯を作り、洗濯物を干し、お風呂の準備を始める。

 そうしていると、母が帰って来た。

 食事は一八時から。

 私は一八時になる前に居間や廊下に掃除機をかけて、次にゴミ箱のゴミを集めてそれを明日、学校に行く前に出す為に玄関に置いておく。

 それが全て終わって漸く、食事の時間になる。

 ご飯を食べる時間は決まっているが由利は呼ばないと部屋から出て来ない。

 面倒だと思いながらも私は由利を大声で呼ぶ。

 それを不機嫌顔の由利が降りて来てテーブルについた。

 私はテーブルについている二人の為にご飯とみそ汁をお茶碗によそぎ、テーブルに置く。

 誰も動かない。

 食事を作るのもそれをテーブルの上に運ぶのも全て私の仕事になっている。

 「えぇ、今日煮物なの。私、煮物あまり好きじゃない」

 それは初耳だ。

 だから無視しておく。

 「しかも大根入ってるじゃん」

 「嫌なら食べなくてもいい」

 「誰もそんなこと言ってないじゃんっ!何で、そんなこと言うの?」

 「人参、大根、茄子、玉ねぎ、長ネギの嫌いな由利に合わせていたら何も作れなくなる」

 「大根は下ろせば食べれる。茄子だって焼き茄子なら食べれる」

 基本的に私は茄子は焼いているけど。

 なら焼き茄子と大して変わらないじゃん。

 「ねぇ、このご飯いつのなの?」

 「今日炊いたばっかりっ!!」

 「もぉっ!疲れてるんだから怒鳴らないでよ!」

 母は何もしない癖に文句ばかり言う由利ではなくて怒鳴った私を睨みつけた。

 どうして私が怒られないといけないのだろうか。

 私は反論しようとしたけど、更に母に睨まれたので止めた。

 母と由利が楽しそうに話をしながら話をする姿を見ながら私は一人で黙々と食事をした。

 由利は結局、大根の入っている煮物をまるまる残していた。

 片付けの際、私は由利が一度も手をつけなかった煮物をゴミ箱に捨てた。

 「今日、たくさん宿題が出たの」

 食事が終わったら直ぐに部屋に行くのに今日は珍しく、由利はまだ居間に居た。

 居間でテレビを見ている母と楽しい会話をしている。

 「柚利愛は出た?」

 「数学と英語」

 当然だが、私と由利はクラスが違う。

 基本的に兄弟、姉妹は苗字が同じで先生が呼ぶ時に面倒だからと言う理由で同じクラスにはならないようにされている。

 「そうなんだ。私は理科の宿題が出たの。

 私、理数系って苦手なんだよね」

 「なら、柚利愛にやってもらえば良いじゃない」

 私は皿洗いをしていた手を止めた。

 「私、自分の宿題がある」

 「そんなの直ぐに終わるでしょう。

 由利はあんたと違ってお母さん似だから理数系が苦手なのよ。

 それぐらいやってあげないさいよ」

 「でも」

 「ねぇ、私はあんたらの為に働いて疲れているの。

 これ以上、面倒かけないでよ。

 たかが宿題でしょ。理数系が得意ならやってあげればいいじゃない」

 私は自分が理数系が得意だなんて一言も言っていない。

 寧ろ、理数系は私の一番苦手な分野だ。

 だから何度も先生に授業のことで質問するし、参考書も一杯持っている。

 私は頭が良い方ではないので人一倍勉強しないと授業の内容を理解できないのだ。

 「由利、柚利愛にやってもらいなさい」

 「はぁーい。お願いね、柚利愛」

 「・・・・・」

 まだ不満そうな顔をしている私に母は苛立たしげに溜息をついた。

 「何度も同じことを言わせないで!

 私はやってあげなさいって言ってるでしょう。

 どうしてそれができないの?

 我儘ばかり言ってこれ以上、私を困らせないで」

 「・・・・はい」

 私には分からなかった。

 どれが我儘になるのか。

 でも、もう一度強めの溜息を吐く母の機嫌をこれ以上損ねるわけにはいかず、私は中断していた皿洗いを開始した。

 お風呂は由利、母の順で入るのでその間に自分の宿題をしてしまう。

 居間のテーブルの上に置いてあった由利の宿題に一度視線を向けたが見なかったことにした。

 由利の入浴時間は一時間以上かかる。

 だから由利がお風呂に入っている間に父が帰ってくるので私は冷えた煮物とみそ汁を温めて父に出す。

 やっと由利が上がり、母が入っている間に父は食事をすませるので私はもう一度皿洗いをした。

 「お風呂、次に入る?」

 「柚利愛、まだ入ってないんだろ。俺は最後でいい」

 「分かった」

 母が上がり、先にお風呂を頂く。

 全ての家事を終了して、私は漸く自分の時間を得られる。

 さっとお風呂を上がって部屋でゆっくりとした時間を過ごしていると、もうそろそろ寝ようかと言う時間になって由利が宿題を持って私の部屋に来た。

 ニコニコ嬉しそうに笑う由利を見て私のストレスゲージが一気に跳ね上がる。

 そんなこに気づきもしない由利は私の前に理科の教科書とノートを差し出す。

 「やって」

 「自分の宿題でしょ。自分でしなよ」

 「だって、お母さんが柚利愛にやってもらえって」

 「そういう問題じゃないでしょ」

 私がそう言うと途端に機嫌を悪くした由利は宿題を持って私の部屋を出て行った。

 それから直ぐ、母を連れた由利がやって来た。

 母はまさに鬼の形相だ。

 「どうして、あんたにはそう思いやりがないの」

 母は由利の持っていた教科書の角で私の頭を叩いた。

 「っ」

 かなり痛かった。

 「我儘ばかり言っていないで、少しは親の言うことを聞きなさい」

 「・・・・はい」

 結局、私は母の言った通り由利の宿題をすることになった。

 結果が同じなら最初っから逆らわなければ良かった。

 そうすればこんなに痛い思いをする必要もなかったし、ストレスだって最低限ですんだのだ。

 これは完全に私の判断ミスなのかな。

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