8話side:朔
俺の名前は司朔。
自分で言うのもなんだがこの顔のおかげでかなりモテる。
まぁ、モテるのも善し悪しだ。
楽なこともあったけど中学や高校の時は男の先輩に難癖をつけられてよく暴力沙汰になっていたので必然的に喧嘩が強くなった。
時には俺を巡って刃傷沙汰にもなったことがあった。
ちょっと目が合っただけで勘違いするおかしな女とかも居た。
何人かとは付き合ったりもしたけど正直、面倒だなと言うのが俺が女に抱いた感情だった。
俺は特にやりたいこともなくて、昔行ったことがある喫茶店をお洒落で、そこで働いている店長が格好良かった方の出何となく喫茶店でもやってみようかなと思った。
ネットで店の資金を調べた。
結構な額だ。てっとり早く稼ぐ為にホストを始めた。
両親は基本的には放任主義だしどんな仕事でも胸を張ってやれるなら何でも良いと言ってくれたので俺は特に誰かに反対されることもなくホストを始めた。
慣れない接客で最初は戸惑ったが、それでも何とかお金を貯め、喫茶店を開くことができた。
何となくで始めた喫茶店だけど今では俺の天職になっている。
弟の昇も大学が休みの時は手伝ってくれるし、アルバイトの二人とも良好な関係を築けていると思う。
アルバイトは高校生の明菜と柚利愛の二人だけだが。
俺は初めてアルバイトの面接に来た柚利愛を見て驚いた。
彼女の容姿にではない。
確かに珍しい容姿をしてはいるが。
実は俺は何年か前に彼女を一度、ピアノのコンクールで見かけていたのだ。
新雪のような指で奏でられる曲は一音一音に確かな意志が宿っていた。
彼女がピアノを弾いている時だけ、まるでそこだけ切り取られた別空間に居るようだった。
時間が停まったみたいに、息をすることも忘れて俺は彼女のピアノに聞き入っていた。
やがてピアノの音が停まり、彼女が壇上から姿を消して初めて俺は泣いていることに気がついた。
彼女のピアノに感動した涙でもあるが、彼女が奏でるピアノがとても切なく俺の胸に響いたのもあるのかもしれない。
こんな音を奏でられるのはどんな子だろうと思い、俺は結果発表後、直ぐに彼女を探したけれど彼女は既に会場には居なかった。
コンクールの主催者に聞いても個人情報は教えられないということだったので俺は結局、彼女に辿り着くことはできなかった。
それから何年かして再び彼女に会えるとは思わなかった。
面接に来た彼女は俺が想像していたよりも美しくて、けれどやはりどこか寂しそうな人。
それが彼女の印象だった。
あまり自分のことを話したがらなず、口数も多い方ではない彼女はどこかミステリアスなところがある。
けれどふとした表情や不意打ちで見せてくれる、小さいけれど、でも確かに口元に刻まれている笑みがとても可愛らしい子だった。
それにとても優しい子だった。
明菜はおっちょこちょいでよくドジを踏むけれど、直ぐにフォローしてくれる。
これは俺の私情も挟んでいるかもしれないが、それでも俺はこんなにいい子を『アルビノ』だからとかいうふざけた理由で彼女を傷つけようとする者を許さない。
例えば、今目の前に居るこのふざけた男とかな。
「取材ぐらいいいじゃないですか」
よれよれのスーツを着て、手帳とペンを片手に持った三〇代後半の男とカメラを構えたこっちはびっしりと皺ひとつのない黒のスーツに青い色のネクタイをつけた二〇代ぐらいの男が一人、閉店したシャノワールに押しかけて来た。
ちょうど柚利愛と明菜を送ったところだったから、奴らが居ない時に来てくれたのは良かった。
「うちはそういうの、していないんで」
「記事に載ったらもっとお客さんが来ると思うよ」
ふざけんな。
これ以上客増やしたら手が回らないし、店に入りきらねぇーよ。
ただでさえ、うるせぇ女の客が多いってのに。
第一、こいつの目的はシャノワールでも元ホストである俺でもない。
「生憎、間に合っているんで」
「ここにアルビノの子がバイトしてるんでしょ」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべて三〇代後半の記者が言う。
「きっと記事にしたら直ぐに人気者になると思うよ。
『アルビノが働く店』ってな。
俺以外の記者も来て、メディアに引っ張りだこだ」
「ふざけるな。ここは喫茶店だ。
お客様がほんのひと時、憩いの場として使う所だ。
だから俺は常にリラックスできる空間を目指してる。
人気者になる必要はどこにもない。
アイツに関してもだ」
俺は目を細め、殺気と怒気を孕ませた目で男を睨みつけた。
男の後ろに居る若い男は顔を青褪めさせ、ガクガクと体を震わせて、俺の視線を直で受けた三〇代の男は僅かに体を退いたが、それでもジャーナリストの意地か、その場から逃げ去ることはしなかった。
これだから記者はしつこくて嫌になる。
「ですが、彼女のことを記事にすることで『アルビノ』という存在をより多くの人に知ってもらえますよ。
そうすれば理解者も増え、偏見の目が減る結果となります。
これはその為にも必要なことではないかと思いますが」
一理ある。だが。
「だからって彼女の日常をその犠牲にしていいわけがない。
そういうのは望んでいる人がすればいい」
それにこの男は信用できない。
正論を語って人を騙してどんな捏造記事を書かれるか分かったものじゃない。
「今はSNSだってある。
ネットが充実している世の中だ。
お宅に頼らなくてもやり方は多種多様だ。
お引き取り願おうか」
もう一度怒気を孕まして言うとここで粘っても無駄だと判断したのか今度は男はあっさりと退いた。
ただし「また来ます」とふざけたことを言い残して。
「昇、塩を撒いておけ」
「了解」
昇は塩を一袋持って店先に全て撒いた。
「彰さんに一応知らせておいたぞ。
ああいいうのはしつこい上に人の迷惑ってのを考えないからな」
「ありがとう、透間。助かるよ」
「おう」
彰さんとはホスト時代に知り合った、まぁ、ちょっとその、人に言えないことをしているような人だ。
警察の偉い人や政治家にも顔が利くそうだからあの人が警察に捕まったって話は一度も聞いたことがないけれど。
彰さんに任せておけば問題はないだろう。
どんな方法を使うかは知らないし興味もない。
シャノワールの日常と柚利愛の望む平穏が守れるのならゴミ掃除ぐらい大したことでもないだろう。
俺は実際に何もしてはいないけど。
あれから一週間が経ったけれどあの記者は一度も俺達の前に現れてはいない。
邪魔者は居なくなり、平穏を取り戻したシャノワール
「なぁ、兄貴。そろそろ模様替え的なことしねぇ」
と、唐突に昇が言って来た。
「開店してから食器もそうだけどずっと何も変わってねぇじゃん」
「言われてみれば」
「じゃあ、折角の休日だしちょっくら買い物にでも行くか?」
と、透間が提案した。
「男三人で?」
「折角なら女子が居た方がいいんじゃねぇ?」
「でも柚利愛も明菜も花の高校生だろ。
高校生の休日は結構忙しいもんじゃねぇの?
約束してたらまだしも急じゃあ予定はつかないだろ」
「じゃあ今日は取り敢えず見るだけにして、どこかで時間作ってみんなで決めるか」
「それにしようか」
と、いうことで男三人で買い物に行くことにした。
そこで偶然、本当に偶然だが友達と遊んでいる柚利愛を見つけた。
私服姿もそうだが友達と笑いながら歩いている柚利愛はちょっと新鮮だった。
そんな柚利愛を通りすがりに見て行く野郎の視線は気に入らないが。
けれど柚利愛はその視線に気づいていない。
喫茶店で働いている時もそうだ。
しっかりしているけれど彼女は危機管理能力がちょっと薄い。
いや、警戒心は強いから全くないわけじゃないみたいだけど。
そんなことを考えていると柚利愛の前に男が三人立ちふさがり、しかもあろうことか一人の男が柚利愛の手を掴んでいた。
「あの野郎」
「ちょっ兄貴!?」
「おい、急にどうしたんだよ」
俺は考えることもせずに柚利愛の元へ駆けて行った。
後ろから慌てたように二人がついて来るのが分かる。
二人も俺が向かう先に視線を向け、状況を察したらしく直ぐに動いてくれた。
でも、あれだよね。
薄汚い手で柚利愛に触れるなんて万死に値するよね。
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