23話

 「へぇ~、君が柚利愛ちゃんか」

 「・・・・あの」

 「朔の奴が気に入るのも分かるな」

 「店長のお知合いですか?」

 「ああ。あいつがホストしてた時のな」

 そう言って気さくに話しかけて来た顔に傷のある男。傍に黒スーツの善人とは程遠い顔つきの男を控えさせているその筋の人にバリバリ見える男が店内に居た。

 「初めまして、シャノワールでバイトをさせて頂いてます。神山柚利愛です」

 「おっ。いいね。俺好きよ。そういう礼儀正しい子」

 「はぁ」

 「東雲さん。店内で、うちの従業員を口説かないでください」

 「何、妬いてんのか?朔。心配しなくともお前の物を盗ったりしないよ」

 「・・・・・・そういうことを言ってるんじゃないですけど」

 風俗店とはその筋の人と密接な関係にあったりするので店長とそういう人たちが顔見知りでも別に不思議ではない。

 見た感じ店長とは親しそうだし、理不尽に暴力を振ることもしなさそうだ。

 こちらがきちんとしていれば普通の人みたいだし、何も問題なさそうだ。

 「ご注文はお決まりですか?」

 普通に話しかけてみたら、というか仕事として接したのだが、そうしたらその男、東雲さんは少し驚いた顔をしてでも直ぐににっこりと笑って「じゃあ店長のオススメメニューで」と言って来た。

 「はい。あの、お付の人は?」

 「ああ、こいつらは良いの。水でも出してやって」

 「分かりました」

 私が下がった後。

 「見た目的にヤクザだって分かるのに普通に接して来るなんて度胸があるね」

 「柚利愛は見た目で人を判断する子じゃない」

 「うちの組に欲しいぐらいだ」

 「東雲さん」

 「冗談だよ」

 という会話がされていた。

 勿論、そんなこと私が知る由もないが。


◇◇◇

 柚利愛と朔の一緒に買い物に行っている写真を見て、柚利愛と仲たがいをした緋紅。

 他にも友達が居るからと手当たり次第にアタックをかけたが思い通りの結果は出なかった。

 「何でよっ!」

 誰とも連絡が取れず、取れても「友達何て断固拒否」、「えっ!まだ友達だと思ってたの?とっくに縁が切れてると思ったわ。まぁ、今更友達何てごめんだけど」、「あんたがまるっと性格を矯正してくれるなら考えてやってもいいけど」などの緋紅にとっては有り得ない、けれど彼女達にとっては当然の対応をされて、緋紅は思わず携帯を床に叩きつけた。

 当然だが、精密機器だ。そんなことをすれば壊れるに決まっている。

 だが、緋紅は気にしない。

 だって壊れたらまた新しく買ってもらえば良い。

 緋紅の家は所謂中流家庭のようなもので、家自体は江戸時代から続く老舗旅館を経営しているのでそこそこの余裕のある暮らしをしている。

 緋紅には上に姉が一人いるので家を継ぐことはない。だから姉のように特別な教育を受けることもなく、甘やかされて育っていた。

 「みんな性格悪すぎ。私がせっかく友達になって#あげる__・__#って言ってるのに!」

 小さい頃は周りには旅館関係の子供ばかりだった。だから自分が何をしても誰も咎めなかったし、笑顔で何でも言うことを聞いてくれた。

 それが緋紅にとっては当たり前だった。

 彼女達は親から緋紅の機嫌を損ねないようにされていたので逆らえなかっただけだが能天気?な緋紅がその事実に気づくことはなく、友達とは自分の言うことを聞いてくれる便利な道具だという認識を持ってしまったのだ。

 「ああ。もう、本当に面倒」

 今までは自分の思い通りにならないことなんてなかった。でも、中学校に上がったあたりから自分の言うことを聞かないどころか逆らう人間が増えて来た。

 それは中学からはいろんな小学校の人が合流して緋紅の人間関係も広がったためだが、その違いに緋紅が気づくことはなかった。どこかで気づいていればこんなことにはならなかったが、気づけずに来てしまった為に緋紅は今、クラスメイトから完全に孤立してしまったのだ。

 「宿題もあるのに」

 誰とも連絡がつかないから宿題を見せてくれるに人間の目途がついていない。

 「仕方ない、柚利愛に頼むか」

 誰とも連絡がつかないのなら仕方がないから柚利愛を許して#あげる__・__#か。


◇◇◇

 翌日

 「柚利愛」

 学校で緋紅がいつものように何事もなかったかのように話しかけて来た。

 これには私もそうだが、隣に居たみどりを始め教室に居たクラスメイト達も驚いていた。

 「宿題見せて」

 「・・・・・は?」

 昨日まで私に嫌がらせと言うにはしょうもない嫌がらせを繰り返していたのに、そんなに人間に対して『宿題を見せて』は普通ないだろう。

 「緋紅、あんた何言ってんの?」

 緋紅との付き合いが長いだけあって、みどりは直ぐに回復して呆れた顔をした。

 「だって、宿題するの忘れちゃったんだもん」

 緋紅の回答はズレていた。

 みどりが言いたいことはそういうことではない。

 普通に話しかけられる状態ではないのに、何を普通に話しかけているのだということだ。

 昨日のことをもう忘れたのだろうか。

 近くに居た小夏達も我が耳を疑っていた。

 昨日、柚莉愛のことを『男に色目を使っている』とか『教師に目を付けられている』とか散々貶していたくせにあっさりと態度を変える緋紅に対して軽蔑の眼差しを向けた。

 そのことに当然だが緋紅は気づかない。

 あからさまな反応をしているのに気づかない緋紅の鈍感さには呆れを通り越して感心できるレベルだ。

 「緋紅は店長のことで私を怒って、仲たがいしたんじゃなかったけ?」

 「そのことに関しては許して#あげる__・__#。それに、私、もう店長のことどうでもいいから」

 「あれだけ私に食って掛かってたのに?」

 「だって、昨日会いに行ったら酷い目に合わされたんだもん。店長があんな人だとは思わなかった」

 昨日、緋紅来たんだ。店長、何も言わなかったから知らなかった。

 「それに柚利愛も朔さんとあまりお付き合いしない方が良いよ。ヤクザみたいな人とお付き合いがあるみたいだし」

 それは東雲さんのことだろうか。

 「緋紅、柚利愛の次は今度はシャノワールの店長を貶めるようなことを言うの?」

 みどりの眉間に皺が寄る。

 成り行きを見守っていたクラスメイトも今までの緋紅の言動を知っているので嫌悪を露わに友人同士でヒソヒソと話し始めていた。

 店長は確かにそっち系の人と親しいけどこの分だと緋紅が何を言っても誰も信じなさそうだし、店長は見た目は人の良い、実際に優しいけど。だから余計に緋紅の言うことを信じないだろう。

 「だって本当のことだもん。勘違いしないでね。私は柚莉亜の為を思って言って#あげてる__・__#んだから」

 「・・・・・あげてる、ね。悪いけど頼んでない。店長は優しい人だよ。アルビノだからって私を差別にしない」

 「私だってしてないじゃん」

 どの口が言うのだろう。

 「『アルビノだからモテる』。これも立派な差別だと思うよ」

 本人にその自覚はないのは分かっている。

 でもよいしょよいしょで感じる言葉には確かに緋紅本人も気づいているのか分からないけど、差別用語と思われる物が入っている。

 私がそういうのに敏感になりすぎているだけかもしれないけど。

 「柚利愛、気にしすぎなんじゃない?」

 自分でもそうかもと思っていることを人に言われるのって結構腹が立つね。

 「・・・・・緋紅には分からないよ」

 「だって言わないと分からないじゃん」

 「言っても分からなかったじゃん」

 「柚利愛、訳分かんない。自分がアルビノだからってそんなに自慢すること?

 結局さ『差別されてる』って自慢してるだけじゃないの」

 その言葉に誰もが目を見開いて、そしてそこから緋紅を責める言葉が周囲から投げられ、それは当事者である柚利愛も、間接的ではあるが関わって来たみどりにも止めることができず、先生が来てそれでもどうにもできなかったので他の先生も引っ張り出して何とか収集を付けた形だ。

 後で私と緋紅が呼ばれて校長先生、教頭先生、生活指導教員、担任の先生となぜか保健医と(まぁ、ことが大きくなったし、この保健医はカウンセラーも兼ねているのでそういう面での意見もということだろう)校長室での事情説明になった。

 「また、あなたなんですね、神山さん」とは担任の田口の言葉だ。

 それににやりと緋紅が笑う。ここに来て味方を得たことが嬉しいのだろう。

 「この場合、神山さんには何も問題はないと思いますよ、田口先生」と、擁護してくれたのは保健医の大谷先生。

 「では何が問題だと言うのですか、大谷先生。神山さんに援助交際の疑いがあり、それがこのような大事を招いた結果ではありませんか?」

 「いいえ、田口先生。この場合、一番の問題はアルビノに対する認識不足です。田口先生、それに生活指導の宮前先生は神山さんに『髪を不適切だから染めろ』と言ったそうですね」

 「何も間違えたことは言っていません」

 「では、あなた方は日本国籍を持った外国人が入学してきた場合も同じことを言うんですか?」

 「・・・・・それは」

 田口は言葉に詰まり、宮前は視線を逸らした。

 「アルビノは肌が弱く、髪を染めることはできません。『不適切だから髪を染めろ』。これは立派な差別発言です」

 「私達はそんなつもりは」

 「なくとも、そうです。自覚がないから罪もなくなるわけではありません。教師の中にもそういった発言をする者はいます。ですから、同じようにアルビノである彼女を差別する発言をする生徒が出てくるのではないのですか?」

 「私達に原因があると?」

 「原因の一つになっていると言っているつもりです」

 「分かりました、それは認めます。ですが、援助交際の件は」

 「証拠はありません。それにそれを告発して来た生徒は一人、であり常々勉強のことで神山さんに突っかかっている現場を目撃した生徒も、我々教師も少なからずいます。

 それが嫉妬からのでっちあげではないと言えますか?」

 「・・・・・それは」

 田口は自分よりも若い先生に追い詰められ、けれど校長や教頭の前で不用意な発言をするわけにもいかず、悔しそうに唇を噛み締めて沈黙した。

 「成程。今回の件は我々教師側にも問題は大いにあったようですね」

 今まで黙っていた校長が大谷と田口の会話に終わりが見えて来て口を開いた。

 「神山さん、アルビノがどういうものかというのを今度の朝会で話しても大丈夫かな?」

 「はい。問題ありません」

 「分かりました。生徒の中にも教師の中にもアルビノに関する認識が足りていないようなのでその説明も踏まえて話をしましょう。神山さん、教師を代表して謝罪します。不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」

 そう言って校長先生は頭を下げ、それを見た教頭も慌てて頭を下げた。二人の長に頭を下げさせた事実にその要因の一つとなったことを理解した田口は顔を青くさせた。

 「今回のことは二人に対してお咎めはありません。子供の喧嘩に大人が出るのはおかしいでしょう」

 確かにこれは子供の喧嘩だ。大事にはなったが下手に介入しても周囲がうるさいだけだ。

 「ですが、今回のことは人権の侵害であり、大人社会に出れば罪に問えることも可能だと言うことを認知してください」

 これは緋紅に向けられた言葉だった。

 さすがに分が悪いと思ったのか、緋紅は黙ったまま頷いた。

 校長室での話はこれで終了した。


 翌日、校長が全校生の前でアルビノに対する説明を行った。

 入学前に一度行われているものだが、それだけでは足りなかったと改めて認識した校長先生は再度強く差別に関する問題も合わせて生徒に説明を行った。

 生徒の中には私を見てひそひそと話す人も居たが、これを気に少しは難癖をつけられる回数が減ればいいと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る