第17話 疑惑

「もう人の生活は限界近くまで来ているのかもしれないってことですか」

「何年後に破綻するのか僕には到底予測がつかないけどね。女神様はそれを見越して、勇者を派遣したのかもしれないね」


 女神様か。そんな神々しいもんじゃねえと思うんだけどな……。回転ベッドを準備するくらいだし。

 ん? 待てよ。

 

 魔物は襲ってくるものだ。勇者は魔王を討伐するものだ。

 女神は勇者を助け、能力を与えるものだ。

 

 本当にそうだろうか。

 「先入観」を捨てて、考えるべきじゃないのか?

 現に「魔物は襲ってこなかった」という事実がある。

 

「メガネさん。今の冒険の進み具合はどんな感じなんですか?」

「そうだね。モンスターを素通りできると分かった今、『三つの紋章』を集めることができそうだよ」

「何ですか? それ?」

「君はドレッドマウンテンなら知っているよね?」


 ドレッドマウンテン。もちろん知っているさ。

 ドレッドマウンテンには洞窟があって、そこを抜けると魔王城のあるエリアへ行くことができる……と思う。

 実際に洞窟を踏破したわけではないけど、出口が魔王城のあるエリアにあるからな。

 何で詳しいのかというと、俺の家があるエリアと同じだから。最初に周辺環境を調べたしね。

 

「はい。魔王城へ繋がる洞窟があるんですよね」

「その通り。まあ、実際に行ったわけじゃないし、王様から聞いた情報ではあるけどね。それはともかく……ドレッドマウンテンの洞窟へ入るには扉を開けなければならない」

「その扉を開けるために『三つの紋章』が必要と」

「うん。実際に洞窟の中に入って、扉の様子も確かめてきたから間違いないと思う。現に一つだけだけど、紋章を取得した」


 メガネは腕をまくると、俺に見えるように掲げる。

 意外にもよく日に焼けたお肌に赤い文様が浮かんでいるな。これが紋章か。某作品の令呪みたいだ。

 

「これが三つ体に刻まれるんですか?」

「おそらく……今のところ取得したのは『腐魔城』のものだけだ。残りは『天国の階段』と『海底神殿』にある」

「へええ」

「なあに踏破するだけだから、モンスターさえいなければ大丈夫だよ」

「モンスターが強いんですか?」

「それもあるけど、海底神殿はある島に存在する転移門から海底神殿に移動した上に中が広大で……天国の階段は君も知る通りだよ。どちらも深層まで進むとモンスターがかなり厳しい」

「なるほど……物資やMPももたないかんじですね」

「そうだね。全力で戦わないと打倒できないくらいだから」

「ありがとうございます」


 メガネの話を聞いて、ますます疑問が深まった。

 彼らのパーティは充分にレベルが高い。でも、最終一歩手前の洞窟へ入場するための紋章集めでさえ苦労しているんだ。

 この分だと、レベル九十九になってもせいぜい魔王城の前辺りが限界じゃないだろうか。

 勇者を大量に増やし、数の暴力で押し切ろうってことなのかな? しかし、人数が多けりゃいいってもんでも……。

 

「メガネさん、一旦自宅に戻って考えを整理してきます」

「うん。何か分かったら聞かせてくれると嬉しい。貴重な情報をありがとう。他の勇者にもできる限り共有しておくよ」

「助かります」


 ◆◆◆

 

――自宅。

「ソウシさん?」

「あ、うん?」

「お、おいしくなかったですか……」

「いや、とてもおいしいよ!」


 由宇渾身の一作であるコロッケはとてもおいしい。

 だが、俺はさっきから上の空。

 考えが喉元まで出かかっていて出てこない。だから、ずっと思考の海に沈んでいたのだ。

 

「本当に大丈夫ですか? なんだかぼーっとしちゃって……」

「うん。気になることがあってさ。体調は特に問題なし。いたって健康だよ」

「それならいいんですが……『回収』がお忙しいといつもおっしゃってたんで……」

「心配してくれてありがとう」


 うん。今も勇者死亡のウィンドウが増えた。

 勇者が増え続けているから、研修をしても減らない。なんてえブラックなんだよお。

 普通、勇者が増えたらシステムも増えるだろ。

 

 ん、何か引っかかる。


「由宇。なんでこんなに勇者の数が必要なんだろうな」

「え、考えたことも無かったです。えっと、私のような……へ、へっぽこを……」

「それ以上は言わなくていい。すでに涙目になってるぞ」


 でも、由宇のヒントで考えがまとまった。

 勇者一人の力だけだと、とてもじゃないが魔王討伐は難しいと分かった。

 だから、物量作戦で魔王を討伐するためじゃないかと思ったのだ。しかしだな、物量作戦を行うのなら、システム側も増やさないと片手落ちなんだよ。

 効率よく大量の勇者のレベルを上げるのだったら、死んだら即回収。そしてまた冒険に向かわせる。

 もう一つ、勇者たちに徒党を組ませるように女神から仕向けていないことも、物量作戦を否定するんだ。現状、大半の勇者たちがパーティを組むようになったのは、俺やメガネが研修を行っているから。

 

 女神のやり方は、勇者を魔王討伐へ一人で向かわせ、死んだ時の回収も時間がかかってもよく、最悪回収不可能になってもいいとなっている。

 

 一体何を考えて、大量の勇者を送り込んでいるのか分からなくなってきたぞ……。

 そもそも、俺は必要なのか? いや、必要だったんだろう。

 

 最初、女神は由宇と俺をセットにして魔王討伐を円滑に進めようとしたはず。勇者の傍で回収役が付き従いつつ、勇者が倒れれば即復活。すぐにまた冒険に旅立たせる。

 しかし、由宇はへっぽこだった。だから、幾人かの勇者を呼び様子を見た。

 ここまでは俺の動きにも期待していたたんだろう。

 

 この後、なかなか進まない冒険の進捗を見たからなのか不明だが、急激に勇者の数が増え始めたんだ。

 てっきり物量作戦を狙っているのかと思ったが、そうじゃない。

 逆だったんだよ。

 

 多数の勇者を呼ぶことで、魔王を討伐しうる人材が来るかもしれない。数うちゃ当たる作戦だったってわけだ。

 超越した実力を持つ勇者という当たりくじを引くまで、勇者を増やし続ける。

 つまり、これまでの勇者は全て捨て駒ってこと。

 あんのクソ女神。甘い言葉で「魔王討伐をお願いね」とか言いながら、捨て駒という事実を隠し次から次へと勇者を送り込んでいやがった。


「由宇。俺の推測が正しければ恐るべき事態だぞ。俺たちはとんでもない勘違いをしていたかもしれない」

「な、なんですってえええ!」


 ノリがいいな。ってこのネタが分かる由宇が凄い。 


「由宇。俺は三つの『先入観』について考察したんだ」

「はい」

「それは、『魔物は襲ってくるものだ』『勇者は魔王を討伐するものだ』『女神は勇者を助け、能力を与えるものだってこと』なんだけど、そのうち二つはもう崩れた」

「そ、そうなんですか!」

「魔物は襲って来ず、女神は勇者を使い捨て……」

「いっぱい勇者がいますしね……」

「ああ、今も増えている」


 残すは「勇者は魔王を討伐するものだ」が本当なのか確かめること。

 俺はほぼ自分の推測が正しいと確信しているが、確定するには魔王に会ってみないとだな。

 

 俺の考えが正しければ……女神とひょっとしたら王様も……この世界にとっての……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る