第6話 勇者が増えた

 自宅に戻り、採ってきた果物類をシンクに入れて水で流す。

 食器が一切ないため手づかみになってしまうが、昨日と異なり由宇のナイフがある。

 

 ひゃっほーい。ナイフがあるだけでも、全然違う。

 メロンを真っ二つへ割るにも、栗のイガイガを取るのにも大活躍だ。

 といっても栗はまだ食べることはできない。鍋がないとな……。

 

 明日は鍋を作るとしよう。斧やらがあるから何とかなるだろ。

 

 ダイニングテーブルに由宇と向い合せに座り手を合わせる。

 

「いただきまーす」

「いただきます」


 しばらく無言でむしゃむしゃ食べていたが、由宇が何か考え事をしているようで時折「うーん」と唸るような声を出していた。

 

「どうした?」

「明日見てみないと分からないですけど、この分だと芋などの根菜類やホウレン草のような野菜もあると思います」

「それは喜ばしいことじゃないか」

「そうなんですけど。季節感も産地もバラバラなんですよ」

「そういうことか。いざ畑を作った時に気候条件やらがまるで地球と違うかもしれないってことだよな」

「そうです。土壌の調査を先にした方がいいかもしれません」

「りょーかい」


 こと自給自足に関して言えば、由宇はとても頼りになりそうだぞ。

 いずれ勇者を辞めてもらい俺も何もせずニートを満喫できると思って誘ったんだけど、畑のこととかを彼女へ特に期待したわけではなかった。

 こいつは思わぬ収穫だ。

 

 食べ終わった後、二階へ彼女を案内する。

 

 階段を登ったところは踊り場になっており、中央、左右に扉がある。


「左の部屋を俺が使っているから、由宇は右を」

「分かりました」


 右の部屋の扉を開け、彼女へ中を見せる。


「街の宿屋とは比べ物にならないです!」


 由宇は満面の笑みを浮かべて大はしゃぎだ。

 俺はそんな彼女をよそにクローゼットを開く。

 

「由宇。服が無いだろうから、今着ている服を洗っている間はこれを使えそうなら使ってくれ」

「スーツ……」

「下着もあるが……」


 クローゼットの下にある引き出しを引っ張る。

 もちろん全部男物だけどな。

 

「ありがとうございます……」

「すまんな。無いよりはマシだと思って」

「もちろんです!」


 ハンガーにかかっているワイシャツを一枚取り出して胸に抱き、ふるふると首を振る由宇。

 今まで着替えさえ無かったんだろうなあ……。

 

「じゃあ、順番に風呂に入って寝るか」

「はい! その前にお部屋を全部見させていただいてもいいですか?」

「うん。自由に見てくれ。地下もある」


 右の部屋から出た由宇は、中央の扉に手をかける。

 

「あ、そこは、見ない方がいい」


 言うより早く由宇が扉を開けて中を見てしまった。

 

「あ、あの……」


 彼女は顔を赤らめてマゴマゴしてしまう。

 中央の部屋は天蓋付きのベッドがある「女神のいたずら」部屋だ。

 いかにもあの施設な雰囲気を醸し出しているから、見せたくなかったんだよ。反応すると女神が喜びそうでイラつくし。


「だから見るなって……」

「あ、あの……これってやっぱり」

「想像の通りだよ。全く……」

「ソウシさんが希望されたんですよね。や、やっぱり……そ、その」

「希望はしたけど……」


 こんな部屋は頼んでない。俺の趣味だと思われるのは心外だ。

 踵を返し、階段を降りようとしたところで後ろから声がかかる。

 

「住まわせていただくのに、しないとだ、ダメですよね。で、でも、心の整理が……今日会ったばかりの人となんて」

「待て待て。勘違いしないでくれよ。俺はそんな外道じゃない!」


 臆病で勇者としての仕事を果たせない由宇を誘い、自宅という餌を見せて期待させた後に「体を提供しないと分かってるな?」とかどんだけ鬼畜なんだよ。

 ちくしょう、女神め。

 

「で、でも。この部屋は……そういうお部屋ですよね」

「これは、女神が勝手に作った『お遊び』なんだよ。気にしないでくれ。他にもそれ系の本があったが、燃やした」

「そ、そうですか……。そう言えば、小屋で見たあの手紙も」

「そういうこと。下に降りよう」

「はい」


 ◆◆◆

 

 一週間が過ぎた。

 由宇の裸ワイシャツという悩殺モノのシチュエーションがあったくらいで(今は黒の下着を帯状にしてサラシにして胸に巻いている)、何事もなく穏やかに暮らすことができた。

 道具もいろいろ作って、由宇が頑張って土壌調査をしてくれている。

 しかし、俺は失念していたのだ。

 

 振り返ってみると、すぐに気が付くことだったのだ。

 一つ、由宇は俺より前に転生していた。

 二つ、俺は女神から当初「勇者」になるように勧められた。

 三つ、コマンドには「勇者一覧」と書かれている。

 

 そして今、俺の視界には三つのウィンドウが開いている。

 気にしないようにしていたが、イルカは相変わらず俺の足元をふよふよしていた。由宇にはイルカが見えないこともあり意識の外に放り投げるようにしていたが、イルカはトイレに行っていてもずっと俺の傍に浮かんでいる。

 何が言いたいかというと、俺の勇者の死体を運ぶシステムとしての役割はそのままだし、勇者は続々と増え続けるってことだ!

 

『まさひこが死亡しました』

『★セフィロス★が死亡しました』

『モニカが死亡しました』


 無視し続けていたが、三つ目が出た所で諦める。このまま増え続けたら、俺の視界がウィンドウで埋まってしまう。

 カウチに座って頭を抱えながらも、彼らのレベルをチェックすることに。

 まさひこがレベル三。真ん中の不穏な奴がレベル二。モニカがレベル八か。由宇と違ってちゃんと戦って勝てるようだな……レベルがあがっているから。

 

「どうしたんですか?」


 ただならぬ俺の様子に由宇が眉をひそめる。

 

「仕事だ」

「それって棺桶の?」

「うん。勇者が増えたんだよ。この一週間で」

「え、えええ! 私がここにいるからでしょうか……」

「それは違う。由宇はここで暮らしていて大丈夫だ。勇者が増えるのは既定路線だったんだよ」

「そうなんですか……」


 俺は先ほどの考察を由宇に伝える。


「それで、勇者が三名になったんですね」


 ナチュラルに自分を外してくるところがよいぞ。由宇。

 でもな、違う。あくまで現在死亡している勇者が三名に過ぎない。

 

「いや……十名だ……まだ増えると思う……」

「……」


 あんのクソ女神めええ。

 憤っていても仕方ない。視界が埋まる前に動かねえと。

 

「由宇。畑の準備とかその他もろもろ、任せて大丈夫か?」

「はい! お任せください!」

「ありがとう。じゃあ……行ってくるよ……」

「お気をつけてくださいね!」

「うん……ロケート」


 まずはまさひこのところから行くか。

 

 ◆◆◆

 

 まさひこと不穏な★セフィロス★とか言う奴は街からそう離れていないところで転がっていたのですぐに回収し、王様に届けた。

 残りのモニカが多少面倒だ。

 

 唐突ではあるが、この世界には定番のダンジョン、迷宮を初め、塔や海底神殿といった大規模建築物まである。

 そして、それら多くは転移魔法の効果を打ち消す魔法みたいなのがかかっているらしく、直接ロケートで中に入ることができない。

 

 何でこんな話をしたのかっていうと、俺の目の前にはダンジョンの入口がぽっかりと穴を開けている。

 マップによると「始まりのダンジョン」という名前だったから、初心者向けのダンジョンだな。うん。

 座標を見るにモニカはこのダンジョンの中にいる。ここからは歩いて助けに行かねばならない。めんどくさい……もちろんモニカを棺桶に入れた後、歩いて戻ってこなきゃならないし……。

 

 はああとため息をつき、ダンジョンに足を踏み入れるのであった。

 

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