第7話 もしもしー回収です

 そうだ。忘れていた。

 ダンジョンは日の光が差し込まない。

 つまり、真っ暗闇である。うーん。

 しっかし、暗くて何も見えないんだが、ウィンドウだけはスマートフォンの画面を暗闇で見るかのごとくハッキリと確認できる。

 

 システム役だと言ってたのに案外不便だな。

 松明を買うにも金がない。自作すりゃいいけど……どうすっか。

 

 何か見逃しがあるかもしれないと思って、イルカに目をやりつつコマンドを確認。

 

『マップ

 ステータス

 勇者一覧

 道具

 コンフィグ』

 

 コンフィグ? こんなコマンド無かったよな。

 コンフィグってのはゲームだとよく見るコマンドだ。ボタンの配置を変えたり、BGMやボイスのオンオフとかを調整したりする。

 開けてみると、その中に「明度」ってのがあった。

 

 今はONになってるけど、これをOFFにしてみたら……。

 

 うおお。ダンジョンの中が明るくなった!

 分かり辛い表現だけど、明度をOFFにするってことはどこにいても同じ明るさで見えるようになるってことか。本来の明るさを無視する意味だ。

 

 む。更にメッセージが出て来た。

 

『チュートリアルを終了します』

 

 コマンドを全部開いたからチュートリアルも終わりってことなのかな。

 しっかし、最後のコンフィグは通知が無かったから、気が付かないといつまでたっても使うことが無かった。ところどころで嫌らしい仕様だよな……。さすが女神。

 ともあれ、これで進みやすくなった。先に進もう。

 

 ◆◆◆

 

 何が「最初のダンジョン」なんだよ! 楽勝楽勝と思っていたら、思いのほか入り組んでいて一旦外まで戻ることになってしまった。

 次からはダンジョンへ入る時には紙とペンを持ってきてマッピングしよう……。

 コマンドのマップは外から見下ろすことはできるけど、建物の中まで映すことはできないからダンジョンだと地味に歩くしかないんだよなあ。

 ブツブツ文句を言いながら、モンスターの横を素通りしていく。試しにモンスターへ手を振ってみたけど、やはり無視されたことは割愛しよう。

 

 よし、着いたぞ。座標によるとモニカはこの部屋の中にいる。

 扉はボロボロで今にも崩れ落ちそう。通路の外壁はしっかりしているけど……。


「もしもしー。モニカさんを助けに来ましたー」


 声を張り上げて中に向かって叫ぶ。

 そこに人がいるのは分かっている。勇者一覧によるとモニカと同じ座標にタチアナってのもいたからな。

 

 しかし、予想に反して中からの反応が無い。

 

「すいませんー。開けちゃいますよお」


 更に叫ぶ。

 

「大声を出さないで! モンスターが来ちゃうかもしれないじゃない」


 中から少女の声がする。

 あ、そうか。俺だけなのかな? モンスターが襲って来ないのは。


「大丈夫です。近くにはモンスターはいないですって」

「警戒心が無さ過ぎるわ。でも、その言葉で安心した。そんなに間抜けな強盗なんていないものね」


 あ、それも言われてみればもっともだ。

 突然怪しい男が来てあの発言だものな……。

 しかし、随分と慣れているなこの世界に。平和な日本で育ったとは思えん。

 

 ガチャガチャと扉を開けようとする音が響いてきたけど、錆のせいか中々開けることができないようだ。


「蹴り飛ばしますか?」

「何言っているのよ。ダンジョンの扉が壊せるわけないでしょう。どんだけ見た目がボロボロでも……ってあなた何も知らないのね」

「とりあえず、少し扉から離れてもらえます?」

「……聞かない人ね……」


 何言ってんだ。こんなボロボロの扉なんかちょっとアタックしたら壊れるだろ。

 

 数歩下がり、腰だめに構え勢いをつけて扉にショルダーアタックをかます。

 すると、あっさりと扉が壊れて床に落ちる。もちろん、大きな音と共に。

 ほら、簡単に壊れたじゃないか。

 

「ど、どうも……」

「な、何なのよ……あなた……ダンジョンの扉は絶対に壊れないようにできているのに……」

「そ、そうなの?」

「……ええ、そうよ……」


 茫然とペタン座りしたままピンク色の髪をした少女は口元をひきつらせてありえないとばかりに首を左右に振った。

 この子、本当に人間か? 地球にはいないタイプに見えるんだけど……。

 ピンク色のお団子頭や赤系のスリットが美しいチャイナドレスっぽい服はともかくとして、頭のつむじの辺りから三角形の角が生えている。

 アクセサリーだろうと思ってまじまじと見つめてしまったが、しっかり頭皮から生えているようにしか見えない。

 

「な、何……やはりあなた、私を……」


 少女は自分の体を抱くようにして、顔を横に向けた。


「あ、いや、すまない。その角……本物?」

「え、ええ。もちろんよ。私たちは鬼族だし」


 物珍しさから俺が見つめていると分かった少女は安心したように息をつく。

 そっかあ。鬼族かあ。そら角が生えていても不思議じゃあない。

 

 ってんなわけあるかあ。

 自分で自分にノリ突っ込みしてしまった。

 

「え、えっと、君は勇者だよね?」

「そうよ。私たちは女神様からお告げを受けて勇者になったの」


 お告げって? 転生じゃないってこと。

 つまり、この子は。

 

「この世界の人……?」

「何言っているのよ。世界って……他にも世界があるとでもいうの?」

「あ、うん」


 なんと現地人の勇者もいるようだ。

 ひょっとしたら、転生特典で見た目を変えることができて角が生えているのかと思ったけど、違ったらしい。

 でも、言われてみれば納得だ。警戒心があるのも現地人だからこそだろう。

 

「あなた、さっきモニカを助けに来たって言ってたわよね」

「うん。俺は『勇者の運び人』なんだ。王様のところまで死んでしまった勇者を運ぶためにいる」

「勇者は死なない。何度でも復活する。本当の本当よね?」

「うん。さっきも二人、復活させてきた。でも、復活するには王様のところに行かないといけない」

「女神様から聞いていた通りだわ。でも、いざこうなると……モニカ……」


 この反応は新鮮だ。転生の場合は一度死んで実際に復活して勇者になるわけで……。現地人は死んだことないものな。

 彼女は赤い目をしているからよく見ないと分からなかったけど、泣きはらした後が見て取れる。


「大丈夫。連れて帰ればすぐに復活するから」

「絶対……だよね。モニカは産まれた時からずっと一緒なの」

「双子の姉妹ってことかあ」

「うん」


 彼女と会話を交わしつつも、棺桶を取り出して蓋を開ける。


「私がやるわ」

「任せた」


 少女は死亡したモニカを抱き上げそっと棺桶の中に寝かす。

 双子と聞いていたけど、モニカは銀髪の腰ほどまであるストレートヘアで角が頭に二本生えている。

 

 しゃがんで蓋を閉じた少女は立ち上がり、じっと棺桶を見つめていた。

 そういや、このダンジョンに二人で来てモニカが死亡してこの部屋に立てこもっていたんだよな。

 

「タチアナ、一つ聞いておきたい」

「あれ、私、あなたに名前を言ったっけ?」

「それは、俺が『勇者の運び屋』だから分かるんだ」

「そう。で、何?」

「一人で帰還できる? ダンジョンの外まで」


 俺の問いかけに少女――タチアナが「うっ」と声を出しうつむいてしまった。


「一つ提案がある」


 タチアナの態度ですぐに察した俺は人差し指をピンと立て、棺桶をもう一つ取り出す。

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