第19話 魔王
転移した場所は……何というかとても気まずい。
ダーククリスタルの壁が薄紫にぼんやりと光を放ち、床は純白の大理石の上からベルベット調で紫色をしたカーペットが敷かれている。
正面には透明クリスタルでできた背もたれの長い玉座があり、甲冑をまとった大柄な人が座していて微動だにしない。
こ、この人、魔王じゃあ……。
口元に牙、頭からはヤギのような角が一対生えた長髪の老人のようだった。
顔こそ老人ではあるが、青みががった黒の全身を包み込む甲冑を身にまとった堂々たる姿をしている。
両肩当ては円形で中央から角が伸びていて、胸部は金色で意匠を凝らした複雑な文様が描かれており、同じような模様が足先と腕にも描かれていた。
座っているからハッキリとは分からないけど、この人……人間ではないな。この大きさだと立つと三メートル近くあるから。
人間ではそれだけの身長まで成長しない。
甲冑の老人をぼんやりと眺めて現実逃避している場合じゃない。
この場所はやはり……。イルカの背に乗ろうと奮闘しているえむりんへ目を向ける。
「えむりん」
「なあにー?」
「ここって、魔王の間とかじゃ?」
「そうだよー。ソウシは魔王さまに会いたいんでしょー」
「そ、そうだけど……」
チラッと甲冑の老人に目をやるが、やはりまるで動こうとしない。
えむりんの言葉が正しければ、この老人こそ魔王その人だろう。
しっかし、少しくらい表情を動かすなり、手をあげるなりしてくれればやりやすいんだけど……どうしたもんかな。
不愛想過ぎるのは考え物だぞ。
正面から切り込むか、それとも……。
「あー、わかったー。ソウシってえ、人見知りさんなんだねー」
「そういう問題じゃあねえ。どう話かけるか考えてんだよ!」
あ、ついそのまんま言葉が出てしまった。
「魔王さまー。この人、ソウシっていうのー」
おおおおい。
待て待て。魔王って言わば会社の社長みたいなもんだろ、素直に全て話してもらうために機嫌を損ねたくないんだが、えむりんが暴走してしまったものは仕方ない。
もう出たとこ勝負だ。
「うむ。余は魔王セオドア」
「はじめまして、ソウシです」
挨拶をするも、魔王は目を赤く輝かせてじっとこちらの様子を伺ってくる。
何か仕掛けてくるのかもしれないと思い、いつでも動けるよう体を少し浮かす。
しかし、魔王は突如愉快愉快とばかりに笑い声をあげはじめた。
「ククク。ははは。ソウシよ。うぬは何も感じないのか?」
「え、ええ、まあ?」
魔王の目が光っているのは分かるけど、それ以外には特に何も……。
「余の『覇気』を耐えるどころか、感じさえしないとはやるではないか」
「覇気……?」
「そうだ。『覇気』だ。唯の人の身であれば、気絶していてもおかしくないほどのな。魔王の『覇気』とはそれほどのものなのだ」
よくわからないけど、強者のオーラってやつだろうか。
強い人は威圧だけで熊が逃げて行くとかそんな感じかな? たぶん?
残念ながら、俺は何にも感じなかった。
魔王は腹の底を震わすような低い声や貫禄ある佇まい、王者の覇気を感じ取れる人物だ。しかし、彼にいつやられてもおかしくないといった「恐怖」は感じない。
「畏敬の念」なら抱くかもしれないけど……。老練な落ち着きある存在ってのはそれだけで敬意を払おうと思えるからな。
「おお。勇者よ」の腹が出っ張っただけの王様とはえらい違いだ。王様は壊れたスピーカーのようにおんなじことしか言わないし、何か尋ねても意味のある言葉を返してくれることはまず無い。
王様にも魔王くらいの度量があればなあ……あんなんだから王様を尊敬する気にはなれない。
果たして魔王は雰囲気だけなのかそれとも……会話を続けることができればわかるだろ。
「それなりに修羅場をくぐってますし、そのおかげかもしれませんね」
へへっと頭をかきながら、魔王へ言葉を返す。
もし俺が転生する前の俺ならば、恐怖でガクガクしていたかもしれない。しかし、俺はあの頃とは違う。
伊達に死体回収をし続けているわけじゃあないんだぜ。
「面白いやつだ。気に入った」
「ありがとうございます」
結果的にうまくいったぜ。えむりんの無茶振りの後はどうなることかと思ったけど……。
完全に不審者だったからな。俺。
「それに、エムがうぬを直接ここへ連れて来たということは、エムが世話になったのであろう? だからだ」
「は、はい」
やべえ、つい笑いそうになったって。
魔王は極めてシリアスに俺へ語っているんだ。ここで吹き出すとまずい。
エムってのはえむりんのことで間違いないだろう。まさか、えむりんがこれほど魔王に信頼されていたとはと考えたところで、あのぐでえっとした様子が頭に浮かんでさ、吹き出しそうになる俺の気持ちも分かってもらえると思う。
「して、何用だ? うぬは見た所『勇者』なる狼藉者とは違うようだが。余に挑戦したいのか?」
「いえ、戦う気はひとっ欠片もありません。俺は教えて欲しいのです」
「ほう。何をだ?」
魔王は興味を引かれたように、首を僅かに下へ傾け口元を震わせた。
「勇者……いえ、女神はあなたを滅ぼそうと頑張っているみたいですけど、どうも俺にはあなたを倒す必要性を感じないんですよね」
「ふむ。面白いことを言う。うぬは女神の手先ではなかったのか?」
魔王の問いには答えず、俺は自分の考えを語ることを続けた。それが彼の質問に対する回答になると思ったからだ。
「魔王さん、あなたは、人をこの世界を滅ぼそうなどと考えていませんよね?」
「ほう。その結論に至ったのは何故だ?」
俺は魔王へ会いに来ようと思った経緯を伝える。
モンスターが襲ってこないこと。弱すぎる勇者と死体を回収する役目を持つも放置されたていると言っても過言ではない俺のこと。
街の人たちは平和に暮らしているように見えること。
「だから俺は、この世界の人はそもそも勇者なんて必要なかったんじゃないかと思ったんです。いえ、一部の権力者を除きですが」
「王とその周辺は確かに労せず領域を広げることは喜ばしいだろうな。余はそんなもの興味はないが」
「これは確認なのですが、魔王さんは人を滅ぼしたり支配しようなんて考えてませんよね?」
「くだらない。余が世話をする魔族と人の住む地域は相当に距離がある。そもそも奴らと余たち魔族は接することさえ無いのだよ」
ん、んん。
魔王はモンスターではなく魔族と表現した。そして、人と魔族はまるで交わらない距離にいると。
俺の認識を根本からひっくり返すかもしれないことだけど、先に魔王へ俺のスタンスを伝えておかねば。ここへ踏み込めないな。
せっかく魔王が質問へ答えてくれているんだ。ヘソを曲げられたくない。
「魔王さん。俺はあなたと敵対する気はありません。むしろ
「ほう」
「あなたのお話とこれまでの考察から、王やその側近……いえ、彼らを焚きつけ裏で手を引く女神こそが一方的な侵略者でしょう。だから、俺は女神に叛旗を翻すつもりです」
「はははは。それは愉快。女神の使徒たるうぬが勇者を滅ぼすと?」
「いえ、勇者たちは俺と同じ被害者です。彼らは友であり、敵ではありません。敵は女神とその協力者です」
女神に召喚された勇者たちは、自らが平和的に共存していた魔王を侵略者だと知らされずに召喚され死んでもその役目を辞めることを許されない。
各勇者たちそれぞれが何等かの甘言を女神から受け奮闘しているのだろう。
そんな女神の協力者が王様である。彼は領土的野心から勇者復活の役割を引き受け真実を勇者たちに語らぬようにしている。
「よくぞ、少ない情報からそこへ到達したなソウシよ」
魔王は驚愕から目を見開き、その勢いのまま立ち上がると、両手をパンパンと打ち合わせた。
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