第18話 えむりん
日も暮れて来たことだし、今日のところは増えたウィンドウを二つほど処理してから眠りにつくことにした。
「由宇。行ってくるよ」
「ウィンドウがまた溜まっているんですか?」
「今は二つかな。ウィンドウは後回しにして、先に魔王城へ行くつもりなんだ」
「え……。危険じゃないですか……?」
「いや、モンスターがあんなんだから、魔王もおそらく……ちゃんと正面から挨拶すれば平気だと思う」
「危険を感じたらすぐに逃げてくださいね!」
「うん。ありがとう」
由宇へそう言ったものの、俺のステータスだとまず死ぬことは無いと思う。何しろHPも防御力もバグってるからな。
魔王城の位置を確かめるべくマップを開き、俯瞰距離から縮尺していく。
いつ見ても魔王城はカッコいい。金属光沢で黒光りする金属と黒水晶を組み合わせた外壁。内部は二つの塔と城がある。塔は透明なクリスタルでできており、日の光がキラキラと反射して壮観。
城は二階建てで、二階の半分はテラスになっていてこちらは全て黒水晶でできているように見える。
二階までとはいえ、一階部分だけでも高さは十メートル以上あるので内部には巨体を誇るモンスターがいるのだと予想できた。
さあて、行くとしますか。
◆◆◆
ロケートで魔王城正門前まで来たはいいが、どうしたもんかな。
ここから城壁の中に入り、真っ直ぐ続く石畳の道を進むとすぐに魔王城だ。
正門は開け放たれており、そのまま入ることができる状態だったけど……。
勝手にお邪魔すると失礼かなあ。見た所、動いている生物の姿は確認できない。
「すいませーん! 誰かいませんかー!」
虚しく俺の声がこだまするだけで、誰も出てこない。
く、くうう。
入るか、入っちゃっていいのか。
勇者たちの最終目標だと言うのに誰もいないとは何事だあ。
頭を抱えていても仕方ない。
「すいませーん!」
再び叫ぶ。
これで誰も来なかったら魔王城の入り口まで行こうかなあと思っていたら、正門の壁の上から七色に光を反射する粉のような物が落ちてきていることに気がつく。
なんだこれ? キラキラ舞い落ちてきて綺麗だけど。
「そこに誰かいますか?」
「いるよー」
俺の呼びかけに応じて出てきたのは、眠そうな目をした妖精さんが城壁の上からゆっくりと降りて来る。
彼女は俺の頭の上あたりまで来ると、停止しこちらをじーっと見つめて来た。
妖精さんは、若草色のビキニブラジャーに裾がギザギザの三角形になった短いスカートを着ているだけで、他には何もまとっていない。
背中からは一対のアゲハ蝶のような羽が生えていて十歳ほどの少女くらいに見える愛らしい顔をしていた。
「魔王に取次ぎして欲しいんだけど……」
「んー、えむりん、おなかすいたー」
「えっと……」
「えむりん、りんごがたべたいのー」
妖精さんは、空からきりもみして落ちてきて、地面にぐでえと寝っ転がってしまった。
な、なんという脱力系。あまりのマイペースさにおらワクワクしてきたぞ。ってのは冗談で、これはリンゴを食べさせるまでなんともなりそうにない。
他に誰か来る気配もないし……仕方ねえ。
「妖精さん?」
「えむりんだよー」
「えむりんさん」
「だからあ、えむりんさんじゃなくてーえむりんだよー」
「……えむりん。俺の家にフルーツならあるから、来る?」
「うんー。やったー」
「食べたら、魔王に取次ぎして欲しいなあ」
「うんー。いいよー」
「やったー」
あ、口調が移った。
◆◆◆
――自宅。
そんなわけで、えむりんを連れて自宅に戻る。
「ソウシさん、おかえりなさい。はやかったですね!」
俺の姿に気が付いた由宇が雑草を抜く手をとめ、パタパタとドア口まで駆けてきた。
「うん。ちょっと用事ができてね」
「そうなんですか! ソ、ソウシさん! なんですか! この可愛い妖精さん!」
由宇は俺の肩でぐでえと元気なくお座りしているえむりんを指さす。
彼女には見えないけど、イルカも反対側の肩辺りでふよふよしているんだぜ。
「えむりんだよー」
「えむりんさん! お話までできるんですか! うわあ」
由宇は両手を胸の前で組んでぱああっと笑顔になって、えむりんへ熱視線を送る。
「由宇。どうも『お腹が減って力が出ない』状態みたいなんだ。何か食べる物あるかな。できればフルーツがいい」
「アップルパイでしたらすぐにでも出せます!」
「あっぷるぱいー。えむりん、たべたいなー」
ダラダラと涎が垂れて俺のスーツにい。なんてひどいことを。
でも大丈夫。スーツの予備はいっぱいあるし、なんとこのスーツ、洗濯機で丸洗いできるんだぜ!
って俺は誰に向かって言ってんだよ。
自宅に入ってダイニングテーブルへ座るとすぐに由宇がアップルパイを丸ごと大皿に乗せて持ってきた。
えむりんはテーブルの上で体育座りをしながらわくわくした様子でアップルパイへ目をやっている。
「由宇。それは大きすぎないか? えむりんの半分くらいあるぞ」
「切り分けるつもりで」
俺へ言葉を返しつつ、由宇はアップルパイを机の上にコトリと置く。
すると、えむりんが体ごとアップルパイの上に乗っかりガツガツと食べ始めてしまった。
え、えええ。驚きで目を見開き彼女を凝視すると、同じような顔をして口に手を当てた由宇と目が合う。
「ま、まあ。しばらく様子を見よう」
「お腹を壊さないか心配です……」
しかし俺と由宇の心配をよそに、えむりんはものの十分もしないうちにアップルパイを完食してしまった。
体全体がべっとべとになっているけど、彼女は満足そうに自分のお腹を撫でている。
「おなかいっぱいー。おいしかったー」
「お、おう」
「えむりんさん、お風呂に入りますか? 濡れタオルの方がいいですか?」
由宇が尋ねるが、えむりんは「んー」と顎に人差し指を当てて、
「えむりんさんじゃないよー。えむりんだよー」
と的外れなことを答えた。
呼び方にはあくまでこだわるんだな、えむりんよ……。
「あ、え、えっと。えむりん。全身が汚れてますけどどうしますか?」
「だいじょうぶー。ウォーター」
上に片手を掲げると、えむりんの真上からバケツ一杯ほどの水がばしゃーと落ちて来る。
全身を濡らした彼女は犬のように体をぶるぶる震わすとすっかり元通り綺麗な状態に戻っていた。
服までびしょびしょだったのに、乾いているなんて……きっとこれは魔法なんだろうけど、なんていう名前なんだろう。
便利そうじゃないか。
出て来た水もいつの間にか消えているし、後片付けもいらないなんて。素晴らしい。
「えむりん、腹が膨れたところで魔王のところへ案内してくれないかな?」
「いいよー。ええっと……」
「ソウシだ。よろしく」
「うんー。ソウシとあとイルカさんもいくのー? そこのお姉さんは?」
「え、イルカが見えるのか?」
「イルカさんじゃないの? お空の色をしたソウシの肩にいるー」
マ、マジか。俺以外にイルカが見える者がいたなんて。
えむりんにいろいろ聞きたいことが出て来たけど、先に魔王だ。
「由宇。留守番を頼む。えむりん。俺とイルカで頼む」
「わかったー。じゃあ、いくよー」
えむりんはパタパタと羽を震わすと俺の周りをくるくる回る。
「ロケート」
な、何だと。えむりんはロケートが使えるのか。
その証拠に、えむりんの気の抜けた呑気な声と共に俺の視界が切り替わったのだった。
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