第11話 アイキャンフライ

 ジャッカルに続き、数名の勇者が死亡したが王都の近くだったのですぐに回収する。

 まさかこれ以上増えないだろうな……願いつつもなるべく考えないようにして一週間が過ぎた。

 

 結果。

 

 やばい。やばい。やばいってええ。

 勇者の数は五十人にまで増え、みなさんレベルがあがっております。

 いや……レベルがあがり、魔王討伐へまい進してくれるのは嬉しいのだけど……冒険が進んだらダンジョンや遺跡、塔といったロケートで直接入れない場所で死亡することが増える。

 ただでさえ、勇者の数が増えすぎているのに回収にかかる時間が増大すると回収しても回収しきれない事態に陥ってしまうのだ。

 

 ウィンドウが視界を埋め尽くす前に回収に向かっているが、なかなか全てのウィンドウが消えない。

 さっき「始まりのダンジョン」で二名回収し、ようやく勇者全員が生存になった……。

 

 王の間から自宅に戻り、由宇が持ってきてくれたコーヒーをすすり一息つく。


「お疲れ様です。うまくできたかどうかまだ味見してませんが……」


 アップルパイをお盆の上に乗せた由宇がダイニングテーブルの前で俺に声をかける。

 

「お、おお。さっそくいただくよ」


 ソファーでぐたっていたが、いい香りにつられダイニングテーブルにある椅子へよたよたと移動し腰かけた。

 さっそくアップルパイを頂こうとフォークに突き刺したその時!

 

『まさひこが死亡しました』


 ま、まさひこおお。

 

「またウィンドウですか?」

「う、うん。せっかく全部消えたのにい」


 まさひこは相も変わらず死亡回数が多い。

 スローライフに回収にと忙しく、彼のことをストーキングできなかったんだけど……鬼の双子へ一度パーティを組んでもらってどうだったかを聞くつもりだったんだ。

 彼女らは現地人だけに慎重さも持ち合わせているから、まさひこをうまく操ってくれるかなあと期待していたんだけど……これだよ。

 

 まさひこは昼夜問わず死ぬ。多い時は一日に三回くらい死亡する。

 戦闘狂なのか蛮勇なのか知らないが、ソロの割におそらく戦闘回数が全勇者の中で格段に多いと思う。

 その証拠に彼は勇者の中で一番レベルが高い。しかし、進行はメガネや鬼の双子ほど進んでないんだ。もうちょっと考えて行動してくれりゃあなあ。

 その辺の期待を込めて鬼の双子姉妹をパーティに加えるよう説得したのに。

 

 生き返った後の彼にいつも「回収する俺の身にもなってくれ」と言っているのだが、効果がまるでない。

 

 ずっと変わらず俺の足元をふよふよするイルカを見やり、はああとため息が出て来た。

 お前はいいよな。ずっと呑気で……。

 

「由宇。すぐに向かう。ちょっとほうっておけない状況なんだ」

「はい!」


 座標を見ると、彼らは「天国の階段」という名前の塔にいる。

 名前の通り天にも届くかと思うほどの高い高い塔なのだ。

 立派で壮大なのはいいが、「天国の階段」は少なくとも百階以上の階層があり、しかもフロアが広く入り組んでいるという俺にとっては悪夢のような場所なんだよお。

 メガネのパーティを回収しに一度だけ行ったことがあるけど、あの時は機転を利かせたメガネが塔の窓から手を振ってくれたからなんとかなった。

 

 一刻も早く塔へ行かねば……。

 もしこのままタチアナとモニカの鬼姉妹も死体になってしまうと……回収が非常に厄介になってしまう。


「アップルパイ……後で食べるから……」

「……は、はい」

 

 言外に俺が戻るまで食べるなよと目で訴えかけたことが分かったのか、由宇は少したじろいた様子だ。

 お預け、お預けだぜ。俺も我慢するんだから、由宇もな。ふふ。

 

 ◆◆◆

 

――天国の階段。

 自宅から天国の階段へ移動する。

 近くで見ると、よくこんな建物が崩れずに立っているのか不思議だよなあ。

 建材は石材で、円柱を支柱として石壁が間を埋めている。スカイツリーより高さがあるにも関わらず、円柱は一階層ごとに繋ぎ合わされた作りで、一本下から上まで芯となる建材が通っているわけではないのだ。

 魔法なのか何か分からないけど、異世界の神秘だな。これは。

 

「ソウシ殿!」

「ソウシさーん!」


 お、おお。

 塔の入り口から鬼姉妹が手を振っている。

 

「二人とも無事で何よりだよ。まさひこは?」

「彼は……中だ」


 苦い顔で首を振るモニカ。彼女の首の動きに合わせて長い銀髪も揺れ、太陽の光を銀髪が反射しキラキラと輝いてとても綺麗だ。

 彼女は姫騎士といった格好をしており、口調も騎士っぽい。妹のモニカはあっけらかんとした感じだから好対照だな。

 双子だから背格好自体は似ているんだけど……。あらためてモニカとタチアナへ目をやる。

 いかん、いかん。こんな時に。

 

「ソウシさん、またモニカの胸を見てるわよね。全く何をしに来たのかしら」

「あ、いや、これはだな。男として不可抗……じゃねえ。二人がここにいるから焦らなくていいかなと安心していたんだよ」

「へー」


 腕を組んで口を尖らせるタチアナ。


「ソウシ殿。まさひこ殿は貴殿の予想通り、私たちより強い……」

「レベルは三つくらい違うだけだったと思うけど」

「レベル差以上に彼は戦い慣れていてな。それはいいのだが、向こう見ず過ぎる。彼は何だ。猛牛か」

「あー……」


 こら相当不満が溜まっているな。

 この分だと今後まさひこをお願いするのは厳しそうだ。


「すまん。ひょっとしたらとうまくいくかなって思ったんだけど……」

「いや、まさひこがもう少し慎重さを身に着けてくれると大きな戦力になると確信した。彼さえ同意してくれるのなら、もうしばらく一緒に冒険しようと思う」

「そ、そうか。ありがとう」


 これで彼女らが一気に冒険を進めてくれれば大万歳だぜ。まさひこも死なずに済む……はず?


「ソウシさん。まさひこなんだけど、八十六階にいるのよ」

「そんなに登ったのか。今のところ最高到達階だな」

「こことても広いから、八十階の転移を使ってここまで戻って来たの」

「それは英断だよ。全滅されたらさがすのにどれだけかかるか」


 それじゃあ、行くとしますかね。

 俺は塔の外壁に手をかける。

 

「ソウシ殿、一体何を?」

「ここから登るつもりなんだ。塔の中から行くと遠いし?」


 モニカの問いに何気なく答えたら、二人が揃って絶句してしまった。

 

「ソウシさん……そこは」

「ソウシ殿、その壁は一階と二階の境目に見えない壁が……」


 呆れたように揃って「何言ってんだこいつ」という態度をされてしまうが、俺を舐めてもらっちゃあ困る。

 メガネの時もここから登ったんだぜ。中から行くより遥かに楽なのだよ。ふふん。

 

「ま、行ってくるわ」


 よっこらしょっと。

 壁を掴んで、するすると塔の外壁を登っていく。

 あっという間に一階最上部から二階の柱へ手をかけ、そのままよっこいしょーとすると後ろから驚愕の声が。

 

「え、えええええ!」

「ソ、ソウシ殿!?」


 どんな顔をしているかとても興味があるが、高いところから下を見ると怖くなるので、絶対彼女たちの方へ振り返ってはいけない。

 

 えっほ、えっほ。

 階数を数えながら上へ上へ。

 

 八十六階まで来たところで、窓から中に入りまさひこを捜索。無事発見すると今度はまさひこを背負って窓の外に。

 降りる時はこうだ。

 

「アイキャンフライー!」


 気合の声と共に、壁から手を離し勢いよく宙に飛び出す。

 当たり前だが、地面がグングン迫ってきて……よし、このタイミングだ。

 

「ロケート」


 一階部分へ突入した瞬間に、まさひこを背負った俺は王の間へ転移する。

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