第9話 俺のHPはバグっている

 出現した場所は大海原に浮かぶ帆船の上。

 そう、上であった。高さはだいたいマストのてっぺんから十メートル。

 

 お、落ちるう。

 幸い帆に引っかかってそのままズリズリと甲板へ華麗に着地……はできずお尻からズドーンと。

 い、いた……くない。すげえ。さすがのステータス。

 

「うお」


 思わず声をあげてしまった。

 自分が落下することに気を取られて回りを見る余裕がなかったけど、のっぴきならない状況になっている。

 

 巨大なイカの頭が船の前に立ちふさがり、人の胴体より太い触手が甲板を打ち付けている。

 対峙するは三人の勇者たち。

 な、なるほど。ゆうけんはあの触手に捕まってやられたのか。


「ソウシさん! いいところに!」


 このパーティのまとめ役である知的な雰囲気のするメガネが俺へ顔を向ける。

 メガネはシャープな印象を受ける三十代前半の線が細いイケメンということを除けば、十人いる勇者たちの中では最有望株だと思っている。

 彼はモンスターの特性、マッピング、地形を事細かに分析し、いかにして攻略していくかを理論だててここまで来ているのだ。

 彼はパーティの前衛を務めているんだけど、死亡回数はこれまでたったの一回しかない。それも、仲間をかばってのことだというのだから……イケメン爆発しろ。

 

 つ、つい本音が。

 

「何があったんですか?」 

 

 内心の黒い気持ちを隠しながら、さわやかに応じる俺。

 

「あの化け物……クラーケンに歯が立ちません。迂闊でした……ロケートで退却をさせていただきたいのです!」

「了解です。すぐにこちらへ!」


 メガネはすぐに他の二人を集め、俺の元へ集合する。

 この連携のよさが彼らの強みだな。

 

 しかし、クラーケンがそのまま俺たちを放っておいてくれるわけもなく。

 触手がメガネの背に迫る。

 

「危ない!」


 そう叫ぶと共に無意識に駆けだしていた。

 触手とメガネの距離は僅か十メートル。

 しかし、俺は自分でも信じられない速度でメガネと触手の間に割り込み、両手を広げ仁王立ちする。

 あ、あああ。こんな時どう防御すればあ。

 

 ――ボコン。

 ん、ムチのようにしなる触手が思いっきり胸を強打したけど……なんともない。

 それに、なんだこの音。まるで、柔らかいスポンジでできたバッドが当たったような音は。

 

 別の触手が俺を襲う。

 ――ボコン。

 やはり気の抜けた音だけが響き渡り。まるで痛みを感じない。

 

「今のうちに行きましょう!」


 メガネの腕を握ると、彼らは俺の体をそれぞれ掴む。

 

「ロケート」


 ◆◆◆


 俺たち四人は王様の城の前へ無事転移する。

 

「助かりました。ありがとうございます」


 メガネは丁寧に頭を下げて俺へ感謝の意を述べた。

 

「いえ、ゆうけんさんの回収に向かいますね」

「何もかもすいません。ソウシさんはクラーケンの攻撃でも全く傷がつかないんですね。驚きました」

「防御力には自信があるんですよ! ははは」


 頭をかきながらメガネにそう言うが、内心俺が一番驚いている。

 HPも防御力もバグっていたからさ……。これまでモンスターには無視され続けていて、攻撃をもらう機会が一度も無かった。

 今回はメガネとクラーケンの間に入ったから、きっとクラーケンはメガネを狙って攻撃していたんだと思う。

 

「では、戻ります! ロケート」

「あ、ソウシさ……」


 メガネが何か言ったような気がしたが、俺の視界はすぐに大海原へと切り替わった。

 

 ――再び船の甲板。

 クラーケンは先ほどと変わらず触手を甲板に乗せたまま、巨大な目でこちらを見下ろしている。

 しかし、俺の姿が見えていないかのように完全に無視だ。やはり、俺はモンスターからスルーされる運命にあるのだ。

 その方が歓迎だけどね。

 

 さってと、ゆうけんを探すとするか。

 今度はクラーケンも動かないし、メガネたちもいないから気兼ねせず動くことができる。

 

 ところがどっこい。

 甲板、マストの下、船室まで全て調べたが、ゆうけんがいない。

 

 座標を改めて確認。

 うーん、この付近なんだけどなあ。

 ま、まさか……海の底に沈んだんじゃ……。さっきメガネが俺へ言おうとしたことって……。

 

 船のヘリへ捕まり下を見下ろす。

 波と青い海が……。イルカも視界に入ってきて、お、海とイルカなら似合うな。

 うんうん。

 って、現実逃避をしていても仕方ない。

 

「潜るしかないか……」


 そこで俺はあることに気が付く。

 マップで海の下って見れるのかなあ。

 試しにマップを開き、適当に海へ寄せると下へ移動させてみる。

 ……。

 ……。

 

 ダメだったあ。

 海底神殿って表示されている場所でも、海の中は見ることができない。

 なら、海底神殿とか思わせぶりに施設名だけ海の真ん中に表示するんじゃねえよ……。

 

 まあ、ゆうけんの場所が分かったところで潜るしかないんだよな。

 ひょっとしたら、息がずーっと持つかもしれないじゃないか。そうだよ。うん。俺はシステム。無敵の存在なんだぜえ。

 

 おいっちに、さんっし。

 屈伸して、一息にどぼーんと海に入る。

 

 そのまま頭から海の中へ潜るが、すぐに息が苦しくなってきて……。

 ダメだあああ。

 

 これはそのままだと、ゆうけんを拾い上げることは不可能。

 し、しかし朝から動きっぱなしで腹が減って仕方ない……何か食っておかないと頭も回らなくなってしまうな。

 よっし! 一旦、由宇のところに戻ろう。

 大丈夫だ。俺には彼女を回収する別案がある。俺の考えが正しければきっとうまくいくはず……だ、ダメだ。空腹で目がかすんできた。

 

 ◆◆◆

 

 カルディアの街にあるお店の前に戻ると、由宇が手を振って俺の元へ向かってくる。


「お疲れ様です。ソウシさん」

「いや、まだなんだ。少し食べながら話をしないか? もう、腹が減って……」

「はい! あのお店とかどうですか?」

「おお、いいね。ピザか! ここに来てから初めて食べるよ」

「私もです!」

「ははは」

「えへへ」


 お互いに満面の笑みで頷きあって、涎が垂れそうになりながらレストランに入る。

 せっかくの港町だから、魚介系のピザとパスタを注文し今か今かとオーダーが来るのを待ちながら由宇へ目を向けた。

 

「由宇。ゆうけんという勇者を回収しに行かないといけないんだけど、海の底に沈んでるみたいでさ」

「え、ええええ。それって……潜って行くんですか?」

「うーん、息が苦しくなったからすぐに海から出たんだけど……たぶん苦しいだけで死なないとは思う」

「そ、そうなんですか」


 由宇は引きつった笑みを浮かべ若干引いている。

 

「いや、ひょっとしたらお陀仏になるかもしれないから試さないけどな。だから、別の手を考えている」

「さすが、ソウシさんです!」

「ヒントは海底神殿なんだよ」

「そんなところがあるんですか。一度見てみたいですね!」

「見に行くのはやぶさかではないけど、まずはゆうけんを回収しないとだ」

「もちろんです。お仕事が最優先です。お暇な時に誘ってくださると嬉しいです」


 ここまで話をしたところで、ピザとパスタがテーブルに運ばれてくる。

 うわあ。いい匂いだあ。

 由宇ももう待ちきれないとばかりに顔を輝かせている。


「先に食べよう」

「はい!」

「いただきまーす」

「いただきます」


 手を合わせてからピザにがっつく。うめえええ。

 続いてパスタへ。こっちはボンゴレビアンコのような味だな。アサリ系のダシが何とも言えないうまさを誘う。

 あ、イカが入ってる。おいしいんだけど、さっきのクラーケンを思い起こすな……。

 ある程度、腹が膨れたところでようやく思考力が戻ってきたぞ。

 

「由宇、食べながら聞いてくれ。海底神殿があるってことはさ」

「はい」

「きっとそこへ行く手段がこの世界のどこかにあるってことなんだよ」

「どこからか転移するのでしょうか?」

「その可能性もある。でも、確率は低いと思うんだ」


 海底神殿が海のメインイベントとしても、他にも何かある可能性が高い。

 海の中に重要アイテムが隠されていたりとかさ。

 となると……。

 

 海の中を移動するアイテムがきっとある。女神は必要があれば準備を行うからな。

 だけど……取得手段はあの女神のことだ。かなり嫌らしい設定にしているはず。

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