第10話 ノーチラス

「ソウシさん、お口が止まったままずっと何もないところを見つめていると……」

「あ、うん。ごめんごめん、考え事をしていたんだ」

「そ、そうでしたか。お食事に何かあったのかと」


 やっと脳みそに栄養が行き渡って頭が回転し始めたからな。

 えっと、なんだっけか。

 海の中を移動するアイテムはあるはず。これまでの女神の準備から察するに、彼女は必要な物は余すことなく準備している。

 きっとゲットするにはとても回りくどく嫌らしい内容を考えるに違いない。

 例えば、アイテムを取るために、洞窟へ行く必要があり、洞窟へ行くにはとある街の老人の協力が……老人の協力を得るには……みたいな感じとか。

 

 だがな、女神。

 その嫌らしさが結果的に仇になるんだぜ。

 

 ニヤリと口元に笑みを浮かべ、リンゴジュースを飲み込む。

 喉にピザがつまっただけだけどな。

 

「ソウシさん……」

「ゲホゲホ……大丈夫だ。今から『マップ』を調べるからデザートを適当に選んでおいてくれないかな?」

「はい!」


 アップルパイかスイートポテトがいいな。

 そうじゃなくて、マップだ。マップ。

 コマンドからマップを出し、世界地図全体を俯瞰する。

 

 想像しろ……まずアイテムのある位置は単純かつ明快のはずだ。

 海だから海。もちろん海中に置いても行くことができないから陸上。

 つまり、絶海の孤島が有力。

 

 孤島が多くて苦戦するかと思ったが、ここだろうというところをすぐに発見した。

 女神よ、策を練るのはいいけどこれはやりすぎだ。

 

 円形の小さな孤島の周りは、海を挟んで岩が突き出る浅瀬に囲まれている。

 かなり難しいが浅瀬に船を停泊させることができたとしても、泳いで孤島まで到達するには不可能。というのは、波が非常に高く距離もあるから。

 

 つまり、船でこの孤島へ行くことができないのだ。

 船と別の手段で孤島まで来る必要があるってのがいかにも女神らしい。

 残念ながら、俺にはそんな事情まるで関係ないがな。ははは。ロケート万歳。

 

 おっと、黒い感情が浮かんでしまった。お上品な俺としたことが。

 話を戻すと孤島にはギリシャ神殿のようなほこらがあって、ビイハブ船長のほこらという名前がついていた。

 

「ビンゴだ!」


 大きな声を出してしまい、由宇がびくううと肩を揺らす。

 

「こ、今度はどうしたんです?」

「海の中へ行く目ぼしがついた。さっそく行ってくる」

「デザートは?」

「う、お持ち帰りできるか聞いてくるよ」


 幸いデザートのアップルパイはお持ち帰り可能だったので、包んでもらいお会計を済ませる。


「由宇。バタバタしてすまん」

「いえ、どんなところなんですか?」

「絶海の孤島だよ。周囲は海ばかりで南国風ってところかなあ」

「ヤシとかも生えてそうですか?」

「うん」

「あ、あの、私も連れて行っていただけますか?」


 由宇と一緒の方が楽しいのだけど……。

 

「モンスターが襲ってくるかもしれないからなあ……」

「そ、それは大丈夫なのでは? ほら、私は戦う気がありませんし?」


 胸をそらして得意気に言ったらダメだろ……一応、由宇は勇者だからね。

 しかし、何が大丈夫なのか話が繋がらない。

 

「戦う気は置いておいて、モンスターはいるかもしれないって」

「ですから、こちらが戦おうとしなければモンスターは襲ってきませんよね?」

「え?」

「え?」


 顔を見合わせお互いにはてなマークになってしまった。


「由宇、えっと、由宇がやるぞーっとモンスターに向かわない限り、相手からは攻撃して来ないってこと?」

「はい。そうです!」


 ん。あ、そうか。

 すんごいゲーム的だけど、モンスターにはアクティブとノンアクティブモンスターがいるんじゃないだろうか。

 ネトゲとかだと、最初の頃に出会うモンスターはプレイヤーが攻撃を仕掛けるまで襲ってはこない(ノンアクティブ)。初心者がゲームに慣れるまでの措置だ。

 逆にゲームが進むとモンスターはプレイヤーを発見するとすぐに襲い掛かってくる(アクティブ)。

 

「由宇。俺の想像だけど、絶海の孤島は戦う気が無くてもモンスターは襲ってくると思う」

「え? そうなんですか」

「確定じゃあないけど、由宇は王都のすぐ近くで一番弱いモンスターとやりあっただけじゃない?」

「は、はい……それでも負けちゃいましたけど……」

「責めてるわけじゃないから、涙目になるな! 何が言いたいかというと最初だから襲ってこなかったってわけだよ」

「な、なるほど。それはありそうです。若葉マークですね!」

「ま、そんなとこ。行ってくるよ」

「はい。もし……よければヤシの実を……」

「うん! 任せてくれ! 買い物ができなくてごめんな。明日にでもまた来よう」

「はい!」


 由宇を自宅まで届けた後、件の絶海の孤島へ移動する。

 

 ◆◆◆

 

 ――絶海の孤島。

 んー。ヤシの木があるような南国の島なんだが、彼方に見える岩礁は不自然な気がする。

 熱帯地域に出来た島はサンゴが積み重なってできることが多く、島の外側に環ができて内海はラグーンになるんだ。

 見た所、岩礁はサンゴには見えん……まさか女神が取って付けたように置いたんじゃねえだろうな。

 

 あいつならやりそうだと頭に浮かぶが、ブルブルと頭を振り中央部へ向かう。

 勇者じゃあここに辿り着こうとしたら、飛行船のような乗り物で空からくるか旅人の扉みたいな転移装置があるかのどちらかだろう。

 しかし、システムの役割を果たす俺のロケートは地上ならどこにだって行けるから、一瞬で到着できる。ははは。

 

 俺が大人しくしていると思ったか、女神。

 上機嫌で歩いているとすぐに祠が見えて来た。

 

 祠の前に転移してもよかったんだけど、ヤシの実を採りたかったからな。たまには歩くのもいい。

 祠はマップで見た通り、ギリシャ神殿風の白い立派な柱が立ち並ぶ見ごたえのある建築物だった。

 

 中に入ると地下へ降りる螺旋階段があり、底まで降りると扉がある。

 扉を開けると中は大広間になっていて、船着き場がある港になっていた。

 そこには……写真でしか見たことがない乗り物が。

 

「これって、潜水艦か!」


 アーモンド形をした真っ黒い船体を持つそれは、甲板もなく上部にハッチが見えていた。ここから船内に入ることができるようだ。

 さっそくハッチを開けて、船内に入る。

 

 ふむ。現実の潜水艦と同じだったらとてもじゃないが扱えなかったけど、この船は操舵輪を回すだけで動くみたいだな。

 操舵輪の隣にあるエレベーターにあるような上下ボタンを押すと深度を調整できるらしい。えっと、あとは前進や後退は足元のペダルで操作するみたいだな。

 操舵室の前方には窓があり、外を見ることができるようになっている。

 お、操舵輪とは別に十字レバーやボタンがいくつかあったのだが、ひとつを押してみたら船体の前の方からアームが出てきて十字レバーやボタンで操作することができた。

 

 船の名前は「ノーチラス」。名前もギミックもカッコいいぜ。テンションがあがってきたあ。

 

 通常ここから深く潜って横穴から外海へ出るのだろうけど……移動がとても面倒だな。


「ロケート」

 

 試しにメガネたちが乗っていた洋上に浮かんだままの帆船の近くへ座標をセットして、ロケートを唱えてみる。

 

 ◆◆◆

 

「お、おお。ノーチラスごと移動できたぞ」


 ノーチラス号の上部ハッチを閉めて、海の中へ潜りゆうけんのいる座標上まで来る。

 そのまま深く潜って行くと……。

 

 いたいた。ゆうけんだ。

 ノーチラス号からアームを伸ばし、ゆうけんを掴み上げるとそのままロケートで洋上まで移動。

 海に潜って彼女の手を掴み、王様の元へ無事運ぶことに成功した。

 

 ふう。今回はタフだったぜ。

 しかし、思わぬところで楽しいおもちゃを手に入れたからよしとしよう。

 

 ホクホクしたまま、自宅に戻り由宇とご飯を食べているところでまたウィンドウが開く。

 

『ジャッカルが死亡しました』


 誰だこいつ……。

 見たことのない名前に嫌な予感がして背筋から冷や汗が流れる。

 

 手先がプルプルしながら、勇者一覧を開くと――

 ――勇者の数が倍増どころか三十人に増えていた。

 

「ふ、増えすぎだろおお!」


 思わず頭を抱えて絶叫した俺の声がむなしく響き渡る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る