第5話 待ってください!
「な、何だろう?」
「こ、ここでは何ですので人気の無いところで……」
と言いつつも決して逃すまいと体を離してくれない由宇なのであった。
「わ、分かった。お、落ち着け。ちゃんと話は聞くから」
「ぜ、絶対ですよ?」
必死過ぎる。あまりに切羽詰まった顔なので、彼女に抱き着かれた役得なんて考えることも無く引きはがそうとする。
いくら女の子だからと言って俺が何でも言うことを聞くとでも……ぐう。つい女の子だと意識してしまったら、彼女からふわっといい香りが。
平静を装い彼女から抜け出し立ち上がると、ワザとらしくズボンをパンパンとはたく。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
「大丈夫だって、手を握らなくてもダッシュして逃げたりしないから……」
「……」
縋るような目で見て来ないでくれ。
やれやれと思いながらも、俺たちは城のテラスにまで移動する。勝手に使っているけど、何も咎められないから良しとしよう。
「私は由宇です。初めましてではないですが……」
「俺はソウシだ。よろしくな」
当たり障りのない挨拶をして、テラスの出っ張りに腰かける。
初めて生きている時にじっくりと彼女の姿を見たけど、アイドルかと見紛うほどに可愛いな……。
黒髪の肩口までのショートカットに丸い輪郭。大きな丸い目に低い目の鼻が愛らしさを誘う。唇はぷるるんと潤い、鎖骨がチラリと見え隠れしている。
服装はというと……胸元の開いた青色のブラウスから少しだけキャミソールが覗き、ファンタジーお約束? の短めのヒラリとしたスカートと革のブーツ。
分厚い革ベルトには短剣とポーチが装着されていた。
「あ、あの」
彼女の姿をしげしげと眺めいただけだったんだけど、彼女の方は沈黙に耐え切れない感じで声を出す。
「ん?」
「そのスーツ。黒髪にアジア系の顔……日本の方ですよね?」
由宇も転生者なんだろうか。俺がこの世界に転生した時には既にここにいたような……。
「君も『元』日本人か?」
「あ、あの。私、車にひかれて死んじゃったみたいでして……それで、女神様が転生させてくれるって言うから……」
「勇者になったと」
「は、はい。で、でも……私、無理だよお。怖くて戦えないの」
ペタンとその場で座り込み、涙目になる由宇。
「わ、わかったから、泣くな」
「魔王を倒したら、ゆっくりのんびりと第二の人生を送らせてくれるって言われて……」
あの女神。俺には魔王討伐後の報酬を提示しなかったぞ。ごねておくべきだったか。
いや、必要ないか。
「時に由宇。魔王討伐に向かわない場合、何かペナルティがあるのか?」
「いえ……でも、魔王討伐が勇者の役目なのでは?」
彼女が魔王討伐に行かないからといって、何もないわけか。
ふむふむ。
俺は不安そうに目を伏せる彼女へ向けゆっくりとした口調で言葉を返す。
「いいか、由宇。先入観に囚われるな。君の目的は何だ?」
「ゆっくりのんびりとすごすこと……です」
ほう。それならちょうどいい。
街の入口にいた守衛は暇そうにしていたし、モンスターが街へ押し寄せてくるってことは今のところない。
もし、そのような事態になりそうなら、その時は対処法を考えよう。
彼女の死体を担ぎ上げるのもあまり気分のいいものじゃないしな……。
考えがまとまったところでニヤリと微笑み、彼女の肩を軽く叩く。
「なら、ゆっくりのんびりとすごせばいいじゃないか」
別に勇者をやらなくたっていいじゃないか。
「なるほど!」
由宇はポンと手を打つ。
しかし、すぐに首を振り俺へ目を向ける。
「ダメですよ。お金がないと生きていけません」
確かに、由宇の言う通りだ。
大丈夫だ。手段はある。
「そうだな。手をこっちに」
由宇は不思議そうな顔で手を前にやった。
彼女の手を取り、立ち上がらせると手を握ったまま座標を思い浮かべ唱える。
「ロケート」
◆◆◆
――自宅前。
荒れ果てたボロボロの自宅の前に由宇と共に転移した。
彼女は最初戸惑った様子だったが、きょろきょろと左右を見渡しはじめる。
「ここは俺の自宅で、一応食べるものは庭になっているんだよ」
「ソウシさんのお家?」
「うん、女神に転生の条件でもらったんだ」
「そ、そんなあ。こんな素敵なところを。私も欲しかったですよお」
素敵かな……家の中はともかく、外はやべえぞ。食べ物があるだけ良かったけど。
「ここがあれば、少しばかりのお金があれば生活できるだろ」
「はい!」
なんだかいい感触だ。彼女に協力してもらえれば、俺も助かる。
「そこで一つ提案だ。お金を稼ぐためにちょっとだけ勇者をやってくれないか?」
ここで自給自足ができるようになるまでに、元手が必要だ。
彼女がモンスターを倒すなりして当面の生活費を稼いでくれればなんとかなる。
もちろん、これは彼女にとってもいい提案だろう。彼女だって生きて行くのにお金がかかる。
ここがあれば経費は大幅に削減できるし、何よりこの家は家電製品が揃っていて快適だからな。
「必要ありません! これだけの土地があれば、最初からある木の実で凌いで、その間に食べ物を生産すれば大丈夫です!」
しかし、彼女は必要ないと言う。
「いやいや待て。ここにある物を食べつくせば終わりだし。畑を作るにしても種や道具がいるだろ?」
「私、実家が酪農家だったんです! それに、農業も少しやっていて……自給自足するくらいならなんとかなると思いまして……」
「それは心強いけど、耕すためには道具がいるだろ。それに農業といってもだな、異世界と日本じゃ違うだろうし」
「そうですね……」
しゅんとする由宇の肩をポンと叩き、微笑みかける。
「どうするか一緒に考えよう。ここだとアレだから中にどうぞ」
「ありがとうございます!」
◆◆◆
由宇はひとしきり驚いた後、暖炉の前の絨毯の上にペタンと腰かけた。
「……というわけで本を燃やしたりいろいろしながら、ようやく電気が通ったってわけなんだ」
俺は由宇へこの家の悪意を語っている。
誰かに女神のいやらしさを知ってほしくて仕方なかったからだ。
ついついヒートアップし過ぎてしまったことは否めない。
「ソウシさん。道具の問題は解決するかもしれませんよ」
「え?」
「考えてみてください。女神様は回りくどいにしてもソウシさんとの約束を守ってます。でしたら『畑もできる』ようになっているんじゃないですか?」
「お、おお。確かに。庭を探せば何か見つかるかもしれない」
「探してみましょう!」
「おう」
二人で手分けして庭を探索すると、すぐに小屋を発見した。
蔦が絡まっている上に雑草と木で巧妙に隠されてはいたが……。
中にはクワやスキなど畑に必要な道具に加え、畑そのものを作る為に斧やら整地用の道具まで一式揃っていたのだった。
そして、壁にピンク色の封筒が張り付けてある……目立つようにちょうど俺の目線がある高さに。
「読まないんですか?」
そのまま破り捨ててやろうとしたら、後ろから由宇が覗き込み尋ねてくる。
「読んでも気分が悪くなるだけだと思うけど……」
「何か大事なことが書いてあるかもしれませんよ」
そう言われると読まなきゃいけないと思ってしまう。
確かに発電機について記載した手紙は重要ではあった。
仕方ねえ。開くか。
封を切り、中に入っている手紙を開く。
『いやーん、見つかっちゃったあ。えっちい』
そのまま無言で破り捨てて、踏みつける。
「……」
由宇も絶句し、憤る俺を止めようとはしなかった。
乾いた空気が流れる中、先に動いたのは由宇の方で、
「暗くなり始めましたし、ごはんにしましょうか?」
と取り繕うようにそう言う。
「そうだな……うん」
俺も引きつった笑みを浮かべ彼女へ応じる。
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