第16話 お酒は二十になってから

 「まさひこ、まさひこはいねえか。ついでに不穏な奴もー」とナマハゲのモノマネをしながら進んでいくと、すぐにまさひこがいる座標までやって来た。

 彼が沈んでいたところは、膝くらいまでの深さしかなく、彼がうつ伏せに倒れ伏していたので姿が見えなかったようだ。うーむ。膝をついた状態ならマップからでも水深が浅いことがわかったんだけどなあ。

 今更言っても仕方ないことだから、気持ちを切り替えいつもの回収作業に取り掛かる。

 棺桶を出し、まさひこをよっこらせっと棺桶に放り込んだ。

 棺桶はまさひこを入れた状態でも水に浮かんでいるから、やりやすい。もし、水に沈むようだったら……やる気が二百パーセントくらい削がれることは確定だ。

 

 一旦まさひこを王様の元へ送り届け、彼を回収した場所に戻る。

 ★セフィロス★は……あああ、頭の先だけ沼から出ている。不気味だ、不気味過ぎる。死体に慣れた俺でも近寄りたくないほどに。

 きっとここまで回復しながら進んできて深いところにハマったんだろう。迷子もここまでくるとすがすがしい。

 

 棺桶を船のようにして手を沼の中に突っ込み、彼の頭から体を外へ引っ張り上げる。彼の体はもちろん泥だらけで、おまけにマントも水を吸っていたものだから俺までドロドロになってしまった……。

 無事、棺桶の中に彼を入れた俺は王様の元へ彼も届ける。

 

 すぐに鬼の双子のところへ取って帰した俺は彼女らへ報告を行う。

 

「まさひこは無事送り届けたよ」

「ありがとう。ソウシさん、そのまんま毒の沼を歩いて行くから少し面白かった」

「ソウシ殿、ご協力感謝する」


 二人からお礼の言葉をもらい、心が少しほっこりする。

 孤独な仕事だから、誰かから労われると嬉しいものなんだ。でも、働きたくないってのが本音だけどね。

 

「あ、王都まで送ろうと思っているんだけど、その前に一つ協力して欲しいことがあるんだ」

「ソウシ殿にはいつも世話になっている。できることなら協力しよう」

「ありがとう。やってもらいたいのはモンスターのことなんだけど……王都の前でもいいかな。弱いし」

「その顔、何か面白いことを考えたようだな。ソウシ殿」


 モニカと頷きあい、悪い笑みを浮かべる。

 ふふふ。

 

「ちょっとお。何二人で分かりあってるのよお。私にも説明しなさいよ」

「まだ説明してないけど?」

「……それならそう言いなさいよ」


 タチアナはぷくううっと頬を膨らませ分かりやすいくらいに頬を真っ赤にした。

 

 ◆◆◆

 

「――というわけなんだ。俺の考えが正しければモンスターは襲って来ないはず」

「まさか……そんなことが……」


 王都を出てすぐの草原で、俺は二人へ由宇と試したことを説明する。


「戦う気が無いってところが盲点だったと思う」

「面白そう。やってみるね」


 タチアナが小鬼に向かってスタスタと歩いて行くが、小鬼は彼女が見えていないかのようにぼーっとしたままだ。

 お、おお。

 彼女の様子を見たモニカも狐につままれたように首を振るも、彼女と同じように小鬼の前を歩く。

 

「こ、これは誠か……まさか、そんな……」


 モニカは愕然とその場で膝を落とし、ワナワナと震えている。


「思った通りだったか……」

「一体これはどういうことなのだ。ソウシ殿」

「俺もまだつかみ切れていない。でも、何か裏がありそうだ」

 

 しかめっ面のモニカにつられるように、俺も眉間にしわを寄せ「うーん」と唸った。


「難しいことはソウシさんやモニカに任せるとして。私も含めて勇者くんたちにとっては、喜ばしい事実よね!」


 あっけらかんと笑みを浮かべて陽気に両手を広げるタチアナ。


「そうだな。このことは出会った勇者たちへ伝えることにしよう。思わぬところで大ダメージを受けることも少なくなる」

「うんうん。それに、行き帰りもラクチンよね!」

「俺はメガネのところに行ってくるよ。彼なら顔も広いし」


 二人にそう告げると、彼女らも「うんうん」と頷く。

 

 ええと、メガネはっと……お、ちょうど街の中だ。

 といっても王都ではない。彼は港街カルディアにいる。

 この街には由宇と買い物に何度か行ったが、活気のある商店街と遠くから聞こえる波の音。それに、魚介料理のおいしさから俺のお気に入りの街なんだ。


 すぐにロケートを唱え、カルディアに移動したら宿屋の前に出た。

 中にはいると……いたいたメガネたちだ。

 彼ら四人は宿屋付属の酒場で一日の疲れを癒すためか、酒と肴を楽しみながらゆるりとしているところだった。


 カウンターでエールを注文して、メガネたちが囲むテーブルへ向かう。


「ソウシさん、こんなところで会うなんてお食事すっか?」


 ゆうけんがふにゃあと弛緩した笑顔を向け陽気に手を振る。

 ほんのりと頰が赤いけど……飲んだな?

 彼女は身長が百四十センチ代半ばくらいで、ツインテールのくりくりとした目が特徴なのだが、十代半ばほどに見える。


「ソウシくん、君はゆうけんさんが未成年だと思っているかもしれない。だけど、その心配はしなくても大丈夫だよ」

「日本じゃないですものね」


 ピンと人差し指を立てるメガネへ俺も無言で頷き返す。

 うん、ここは異世界。無粋なことは言わないぜ。少し驚いただけだ。

 異世界にはお酒を飲む年齢制限なんてないものな。


「ソウシさん。自分はこーみえて二十一っす!日本でも問題ねえっす!」


 え?

 いやいやまさかー。まあ、未成年の頃は背伸びしたくなるもんだよ。うん。


「ソウシくん……これ以上踏み込まないことを勧める」

「はい……」


 メガネの態度をかえりみるに、ゆうけんは本当に成人しているみたいだ。

 となると、見た目の幼さを気にしているかもしれないからこれ以上突っ込むのは野暮だな。

 

「ソウシくん。君のことだ。何かあってここに来たんだろう?」

「その通りです。実は一つ気が付いた事実があります」


 先ほど鬼の双子に試してもらった検証結果をメガネへ伝えると、彼は顎に手を当て考え込む様子を見せる。

 エールを飲みながら彼が顔をあげるまで待つことにしようか。いや、単に酒が飲みたいだけではない。

 メガネは頭の回転が速いから、いろいろ他のことも考えているんだ。うん、邪魔したらダメ。

 

 エールがうめええ。冷えていたらもっとおいしいと思うんだけどなあ。

 もう一杯頼みに行こうかなあ。

 

 カウンターに向かうべく踵を返したところで、メガネの声。

 

「ソウシくん、君の『検証結果』が事実だとすると……気になるところが出てくる」

「俺もいくつか不審だと思うことがあるんですよ」

「ざっと考えたところですぐに一つ疑問点が出るくらいだからね」


 メガネは人さし指を立ててメガネをクイっとあげる。

 彼の考えは、勇者たち以外にダンジョンやフィールドへモンスターを倒しに向かう者を見かけることが無かったこと。

 こういった世界観……つまり魔王と勇者が戦う構図の世界だと冒険者や勇者の仲間になる戦士などがいたりするものだ。

 しかし、ここでは勇者以外に魔王討伐はおろか、よくある冒険者ギルドで魔物討伐ってお仕事もない。

 ひょっとしたら、武器や防具の素材を集めに行く人はいるのかもしれないけど……。それはまた別の話だろう。

 

「なるほど。メガネさんも女神や王様から聞いているかもしれませんが、女神は『私の世界は魔王の恐怖にあえいでいるの』と言っていました」

「君の言いたいことはそれで察したよ。現状維持をするのなら、この世界は『平和』だと僕は思う」

「ですよね。特に勇者が出張らなくても、人と魔王が干渉し合わなければいいだけのこと」

「うん。『今は』だね。でも、将来はどうだろうか? 国土は今のままで足りるのだろうか? 農地は? と考えるのかもしれない」


 確かに、メガネの言うことは一理ある。

 モンスターの蔓延はびこる地域の方が、人の住む領域より遥かに多い。農業のやりやすい平地だけに限定したとしても、七割以上はモンスターの領域だ。

 人の住むことができるエリアは格段に少ない。

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