第28話 徹夜続き

「あまり続けられると倒れちゃわないか心配です。朝食を食べませんか?」

「うん」


 由宇がテーブルの上に朝食を並べてくれる。

 紅茶と焼きたてのパンのいい香りが漂ってきて、お腹がぐうと悲鳴をあげた。

 

 しばらくもしゃもしゃと舌鼓を打っていると、先に食べ終わった由宇が紅茶のお替りを注いでくれる。

 

「ありがとう。コーヒーが無いんだよなあ。この世界」

「そう言えばそうですね。探せばあるかもしれませんよ」

「だなあ。落ち着いたら探しに行こう……」


 数字と文字の羅列をこの後……また。

 

「え、えっと。ソウシさん、だいたいもう解析はすんだんですか?」

「うん。ここにあるアイテムについては全部終わったよ」

「すごいじゃないですか! たった一晩で!」


 ことさら明るい声で大げさに手を打つ由宇を見ていると、ほっこりとした気持ちになってきて癒される。

 過労死したあの時とは違う。今は俺のことをちゃんと見てくれていさめてくれる人がいる。

 だから、歯止めなくずっとプログラムとにらめっこすることもない……はず。たぶん。頼むよ。由宇。ヤバそうなときは止めてね。

 

「使えるアイテムは一つも無かったんだ。だから、他のものを調べにいかないとなんだよ」

「へええ。どんなアイテムがあったんですか?」

「そうだなあ。ゲーム的にすごそうな武器ならあったぞ。イラつくけど」

「え……すごそうとイラつくって矛盾してませんか?」

「いや……これがあるんだよな。うん」

「ち、ちなみにどの武器なんですか?」

「美女神の槌なんだけど、こいつはMPの消費無しで最強魔法『メテオ』が放つことができる」

「す、すごいじゃないですか!」

「あー、うん、そうだねえ」


 遠い目をする俺へ由宇の顔が固まる。

 美女神の槌は確かにメテオが使用可能なのだが……発動条件がうざいことこの上ない。

 

「えっとな。メテオを使うためには、『女神様、お美しい!』と十回唱えないといけない」

「……それはちょっと……自意識過剰では……確かにお美しい方でしたけど」

「えー、そうかなあ……中身がアレだからな……」


 お互い無言になってしまった……。

 あ、そうか。ここで、「由宇の方が可愛い」とか言えばよかったのか! メガネならしれっと言うに違いない。

 んー、やっぱ言わなくてよかった。メガネの真似はしたくねえ。あいつはえむりんを妄想して口元を緩めておきゃいいんだ。ふん。

 

「あ、他にも酷いのがあったぞ」

「え、ええ。そうなんですか!」


 微妙な空気を払うように小瓶を二つ机の上に置く。

 

「これは、『女神の吐息』と『女神の秘薬』になる」

「なんか中に入っている液体の色が毒々しいですね」

「うん、吐息が蛍光イエロー。秘薬が蛍光ピンクという絶対に飲みたくないような色をしている」

「ですね……」

「色以上に効果が更に酷く、由宇。絶対に飲むんじゃないぞこれ」

「ど、どんな効果なんですか?」

「『女神の吐息』は飲むといけない気持ちになると書いている」

「……それって……」

「みなまでいうな……由宇。秘薬はもっとすごい」

「は、はい」

「秘薬は性転換薬だ。試してみたかったらここに二本あるから飲んでもいいぞ」

「い、いえ……男の人になりたいと思ったことはないですし……」


 どっちもお断りだー。

 これ、命知らずの勇者たちが試してみようと飲んでしまったら、阿鼻叫喚の地獄絵図になるぞ。


 自分が飲むのはまっぴらごめんだけど、女神の吐息はどれくらいの効果があるか誰かで実験してみたい気はする。

 タチアナに飲ましてみるのもいいかもしれん……ぐふふ。いや、俺は彼女へ指一本触れる気はないから。うん、そんな邪な気持ちでいるわけないじゃないか。

 反応を見て、楽しみたいだけだ。あの色気の無いひんぬーが色っぽくなったら、それはそれで楽しそうだろ?

 

「そんなわけで、目的のアイテムは無かったんだよ」

「怖いアイテムが沢山で驚きました……」

「一応ラストダンジョンにあるアイテムだから、レアなんでいろいろな効果があったんだろうな……斜め上過ぎるけど」

「そ、そうですね……ソウシさん、次はどちらへ? 天国の階段とか海底神殿ですか?」

「ん、一度、メガネさんに会ってみる。彼もアイテムを集めてくれているはずだから」

「分かりました。お昼ご飯はここで食べられますか?」

「んー、夕方まで戻らないかも」

「はい。お気をつけてくださいね!」

「うん」

 

 ちょうどここまで喋ったところで、朝食を食べ終えた。

 食後の紅茶を頂き、ふうと息を吐く。

 

 ◆◆◆

 

 メガネと酒場で落ち合うと、彼は近くの広場まで来てくれと俺を誘う。

 噴水のある王都の中央広場に来ると、彼は次から次へとアイテムを何もない空間から出していく。

 

「アイテムボックスですか?」

「うん。そうだよ。勇者の持つ能力の一つさ。知らなかったのかい?」

「はい。勇者によって持っている能力が違うので、全部を把握しているわけじゃあないんですよ」

「なるほど。確かにそうだね。前衛向きの勇者もいれば、後衛向けの勇者もいる」


 今更だが、勇者は勇者なら誰もが持つ基本能力……「言語能力」「頑健(病気をしない)」「復活」「レベルとステータス」「ステータスオープン」「コマンドの使用」などは誰しもが持つ。

 それ以外に勇者一人一人が特殊能力を持っているんだ。

 メガネの場合はどれだけ入るのか分からないけど、アイテムボックス。まさひこならバーニングといった感じで。

 

「アイテムボックスは女神に願ってもらったんですか?」

「うん、そうだよ。あの女神は本当に嫌らしい。何か一つ『特殊能力』をもらえるってことは告げないんだ。勇者個人個人が気が付き、願わなければもらえない」

「相変わらず嫌らしい……。てことは特殊能力を持っていない勇者もいるってことですよね」

「うん。持っていない勇者が大多数だと思う」


 なるほど。俺が把握していないだけじゃなくて、そもそも特殊能力を持つ勇者が少ないのか……。

 あの女神……こっちが言いたいことを言えばそれなりに検討はしてくれる。俺のように。

 記憶が定かじゃないけど、俺の自宅だってそうだ。

 「家と広い庭まで付いてきます」と女神が言ったのを俺は「広い庭付き一戸建て」と言い返した。その結果、女神は俺を乗せるために「スローライフができる」と言ったんだ。

 彼女はこちらから引き出さないと何も希望を叶えてくれないが、口に出した言葉は守る。

 その結果、スローライフができる道具に加え、スローライフが味わえるように現代的な家具までついたってわけだ。

 俺の場合、たまたま女神と言い争いになったからよかったものの、素直に勇者になると決めていたら何も得ぬまま異世界に放り出されていたかもしれない。


「女神は誰にでも嫌らしいのは分かりました……」

「その方が倒しがいがあるってものじゃないか」


 メガネはメガネをクイッと上げて気障ったらしく微笑むが、アイテムを取り出す手は休めない。

 どんどんアイテムが積み重なってきているんだけど……どんだけあるんだ?

 

「メ、メガネさん、まだあるんですか?」

「あと三つほどだよ。今回は海底神殿と天国の階段、そして店売りのアイテムが全てだよ」

「短期間でそこまで……ありがとうございます」

「なあに。僕一人でやったことじゃあないさ。後は腐魔城とか、他のところのアイテムも集めて来るよ。君は解析を」

「分かりました!」


 全部で三百以上あるアイテム群を見やり、変な汗が背中から出て来た……。

 

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