第33話 めでたしめでたし
魔王と相談した結果、世界の理……つまりOS部分には手を加えないことで意見が一致する。
しかしながら、女神アプリについては魔王に仕様を確認してもらってやむを得ないと判断した場合に限り、改変を加えることになったのだった。
差し当たり手を加えたのは二つ。
一つ目は異常に死にやすい勇者たちのステータスをいじること。彼らは女神によってワザと死にやすくなるように一部ステータスだけが異常に低くなっていたのだった。
彼らのスタータスを整えることで、これからはまともに動くことができるようになるはず。
もう一つはイルカのことである。イルカは女神アプリの端末的な物体だったんだけど、手を加えてイルカから女神アプリへアクセスできるように変えた。
というのは、女神がいた昭和館漂う部屋に問題があるからだ。
あの部屋にあるパソコンから女神アプリが自由にいじれてしまうからな。いわば、あの部屋がアプリを動かすIDとパスワードになっていた。
女神から権限を取り払った時は、例外設定で女神のみ権限を与えないようにアプリへ上書きしただけなんだよ。
あの部屋の問題を根本的に解決するには、OSから改変しなければならかなった。OSには触れないと魔王と取り決めをしたので、部屋そのものへ入れなくするよう道筋を閉じたってわけだ。
そうなると、アプリを触れなくなってしまうのでイルカに手を加えた。
イルカは俺以外が触れてもコマンドが開くことがないので、セキュリティも担保されていてちょうどいい。
女神はいろいろ無茶をやっていたけど、彼女自身がいなくなって隕石みたいな天災が起きることは無くなった。なので、今後アプリが必要になることも少なくなると思う。
もちろん他の部分には改変を加えてないから、そのまま残る部分もいろいろある。例えば、女神が魔王討伐のために準備したアイテムや勇者たちなどなど。
宴が終わり自宅に戻ったのだが、由宇は既にラブホ部屋で完全に寝入っていた……。
ぐ、ぐうう。逃した魚は大きいぞ。
いや、ダメだ。薬の力に頼って彼女といい事しようなんて、彼女の意思を無視しているのと変わらない。
頭では分かっていても、彼女のあられもない姿を見た後となっては悶々としてしまう。
煩悩を捨て去るように首を大きく振るい、メガネたちへ状況報告に向かうことにした俺なのである。
――メガネたちと
メガネたちはちょうど一日の冒険を終えて、いつもの居酒屋で一杯やっているところだった。
「ソウシくんじゃないか。いい案は浮かんだのかい?」
「いえ、それがですね。チャンスがあって女神を無事にこの世界から追い出せたんですよ!」
メガネは驚きで目を見開く。
彼の様子に気が付いたゆうけんら彼のパーティメンバーもお喋りをとめて、固唾を飲み俺の言葉を待つ。
「えっと、いろいろありまして、女神の元へ行くことができました。その結果、女神の権限をハッキングして彼女をこの世界からバンしたんですよ」
「それは痛快だ。自分で作った権限で墓穴を掘ったんだね」
「そんなところです。権限管理が甘いのなんのって」
「ははは。あの女神らしい。君が言っていたことだけど、彼女は管理が杜撰で場当たり的だってね。肝心なところもそうだったってわけか」
「しかし、そのおかげで彼女を追い出せましたし。万歳ですよ」
「そうだね」
メガネは立ち上がると、エールを一杯注文する。
「すごいッス。ソウシさん!」
ゆうけんがキラキラした瞳で称賛の声をあげた。
「ソウシくん、乾杯しよう」
店員さんが新たに持ってきたエールを受け取り、杯を掲げる。
「乾杯!」
全員の声が重なり、エールを口に運んだ。
うめえ。仕事の後の一杯ほどうまいアルコールはねえな。うん。
メガネらは今後も冒険者を続け、モンスターを討伐することで金銭を稼ぎながら生活していくそうだ。
手っ取り早くお金を稼げるし、勇者という能力のおかげで死ぬこともないからとのこと。
街で働く数倍の金銭を得ることができるって言うのだから、冒険者を続けるって選択肢にも頷ける。
「モニカたちが近くの酒場にいるみたいなんで行ってきます」
「そうだね。彼女らにも報告してあげた方がいい。またみんなで飲もう」
「はい」
――モニカたちのところ
モニカとタチアナは静かなバーのようなお店のカウンターで二人座っていた。
「ソウシさん」
俺の姿に気が付いたタチアナが顔をあげる。
「あれ? まさひこは?」
「彼は夜が早いのだよ。日が暮れて夕飯を食べたらすぐに寝入る」
「そ、それは健康だな……」
「その分、朝からうるさいのよ!」
「そ、そうか。ははは」
軽い挨拶を交わして、俺は二人へ現在の状況を説明する。
とんでも展開にかなり驚いていた彼女らだったけど、「ソウシさんだし」と謎の納得をしていた。
「……というわけで、勇者たちは責務から解放された。後は好きなように生きて行けばいいってことだ」
「これからどうしようかな……私」
「そうだな。一度、故郷に帰るのもいいか」
二人からそれぞれ思い思いの言葉が口をついて出る。
「まずはまさひこ殿へ状況を伝え、相談してみるか」
「何か協力できそうなことがあったら言ってくれ」
「ありがとう。ソウシさん」
二人とガッチリ握手を交わし、タチアナの隣の席へ腰かける。
「ソウシさん、これがオススメだよ」
「お、そうか。じゃあそれを」
「マスター。ファイアカクテルを一つ」
タチアナがマスターへ注文するとすぐに真っ赤な色をしたカクテルがそっと俺の前に置かれた。
お、おお。透き通ったルビーのようなカクテルだな。美しい。
グラスを近づけると、甘いイチゴの香りが漂ってきた。
飲みやすそうだ。
「いただきます」
グラスを傾け一息にカクテルを飲み干した。
む、むむ。な、なんだこれ……。
「タチアナ……これ……」
「あれ、ソウシさん。お酒に弱かったの?」
「い、いや……そういうわけじゃないけど……これは……」
何だろうこれ。確かにアルコールが強すぎてクラクラしてきたけど、俺はテキーラを多少飲んだ程度では倒れることなんてないんだ。
それが、これだけの量でぶっ倒れる直前まで来るなんて、何かおかしい……。
「タチアナ。ソウシ殿は人族なんだぞ」
「あ、そ、そうだった。ごめん、ソウシさん」
「ど、どういうことだ?」
目の前が霞んできた。
「鬼族用のカクテルなのだよ。鬼族は人と比べてまるで酔わないんだ。私たちにとってちょうどいいものはだな……」
「そ、そういうことか……これ睡眠効果もあるよな……」
「人族ならば、強烈な催眠効果があるはずだ。すまぬ。ソウシ殿」
モニカの謝罪の声が遠くの方で聞こえる。
「ごめーん。ソウシさん」
背中をさすってくれるタチアナの暖かな手のひらの感触も遠のいて……。
◆◆◆
――翌朝。
昨日は確かカクテルを飲んで急速に意識が遠のいて……。
どうやら誰かがベッドまで運んでくれたようで、布団に寝かされているようだけど?
体にひと肌の重みを感じるんだ。
「由宇?」
まさかと思い呼びかけてみると、「ん、んん」とくぐもった声がして両太ももを俺の太ももへぎゅっと絡めてくる誰か。
この感触は女の子で間違いないけど、顔をあげようとしたところで声が。
「由宇さん? ソウシさんは恋人がいたんだ……少し残念かも」
「え、えええ。タチアナ! どうしてここに?」
「だって、ここは私とモニカが住んでいる家だもん」
「あの後、ここへ運んでくれたのか。すまん」
慌てて体を起こすと、タチアナがぶーっとふくれっ面になってペタンとベッドの上に座る。
「え? 俺。ひょっとして……」
「何もされてないよ! 全くこんな可愛い女の子と一緒に寝て、何もしないなんて」
「そ、そうか。ははは」
「当然と言えば当然なんだけどね。鬼族用のカクテルを飲んですぐに意識が覚醒するわけないもの」
こ、こいつ。からかいやがったな。
ペロっと可愛らしく舌を出すタチアナへ「ぐぬぬ」と思ったが、ベッドで寝かせてくれたんだ文句を言うところじゃあないな。
「野ざらしにならず、助かった。ありがとうな」
「えー。それだけ? 由宇さんって誰なのお?」
「い、いいだろ別に」
「ねーねー。教えてよお」
「君はメガネみたいなイケメンがいいんじゃないのか」
「えー。私は面食いじゃないんだってば! そ、そらメガネさんはカッコいいけどさ。それはそれ」
「全く……」
首を回し起き上がろうとしたところで、タチアナが後ろから抱きしめてくる。
「ソウシさんもちょっとだけ、ちょっとだけだけどカッコいいよ!」
「ははは。王様のところへ行かないと。また来るから、その時に改めて礼をさせてくれ」
モニカにも挨拶をと、部屋を出ようとしたところでタチアナの呟く声が聞こえてきた。
「あーあ。振られちゃったなあ……」
今のは聞こえなかったことにしよう。うん。俺は何も聞いてない。聞いてないのだ。
◆◆◆
「そうか。女神を……」
王様は腕を組み、うむむと声を出す。
彼と女神はやはり一度は手を組み、この世界を牛耳ってやろうとしていた。
しかし、王様は女神の隕石を見て完全に女神と手を切り、俺たちの側へ着くことを決めたんだそうだ。
まあ、その手前の段階で女神のウィンドウ攻勢のとばっちりを受けてから、彼に職の斡旋とか協力はしてもらっていたけどな。
「それでですね。王様。お金が大量にあるんですよ」
「なぬ?」
「勇者は死ぬとお金が半分になるんですよね。そのお金はどこに消えていたと思います?」
「お主が持っているんじゃないのか?」
「消えたお金の半分は俺が持ってます。残りは女神の手元に渡っていたんですよ」
王様の収入になるかと思っていたんだけど、彼は無償で復活の役目を果たしていたんだよ。
まあ、彼の場合、報酬はモンスターのいなくなった世界を提示されていたわけだけど……。
「なるほどのお」
「このお金を使って、勇者たちに住居を作っていただけませんか? 土地とかその辺の国の事情が分からないので相談しようと思いまして」
「いいじゃろう。その程度なら協力しよう。勇者らはいい労働力になっておるからな」
「ありがとうございます」
王様と書面を交わし、王城を後にする。
まだメガネやモニカたち以外の勇者に事実を伝えてはいないけど、いずれ伝わるだろうし彼らはほとんど女神のことも知らないから放置でいいだろう。
そんなわけで、俺は自宅に戻ることにする。
◆◆◆
自宅に戻るとちょうど由宇が畑の作業を終えたところだった。
「ソウシさん。おかえりなさい!」
「ただいま。事後報告はだいたい終えてきたよ」
「そうですか! やっと、ソウシさんもスローライフができるんですね!」
「うん。ようやくだよ。過労死してこの世界に来て、また過労死しそうなほど動いて……長かったなあ」
「はい! 新しいハーブティを作ったんですよ。中で一緒に飲みませんか?」
「うん」
由宇と共に家の中に入る。
すぐにハーブティを準備してくれた由宇が、テーブルの上にそれらを置く。
「おいしい。ありがとう。由宇」
「いえ」
椅子に座ってから彼女は何か言いたげで落ち着かない様子だ。
あ、やっぱり、そのまま流せないか。そうだよな。うん。
「由宇。昨日のことは……」
俺の言葉を遮るように彼女は言葉を重ねる。
「ソ、ソウシさん、昨日は……そ、その……」
カップを両手で掴んだまま、耳まで真っ赤になる由宇。
「あ、いや。あれは薬のせいだし……」
「み、見ました……? そ、その私が一人で……」
「……う、うん。ごめん」
「う、ううう……」
「薬のせいだから、気にするなって!」
どうしよう。真っ赤になったまま固まっちゃったよ。
こんなシチュエーションに慣れていないから困る……。
「ソウシさん、そ、その。したいですか?」
「あの部屋は女神の差し金で……」
「そういうことを抜きにして……そ、その」
「そら、俺だって男だからさ、気になっている子とそら、うん、まあ……」
「え!」
由宇は突然顔をあげて、目を見開く。
何故そこで黙ってしまうんだよ。
「したいはしたい。でも、薬はダメだ」
「嬉しいかも……です。ソウシさんがハッキリと求めてくるなんて」
「でも、その前にだな。由宇」
「はい。私も言いたいことが……」
「じゃあ、せーので」
「はい」
俺と由宇は二人そろって息を吸い込む。
「俺と付き合ってくれ」
「私と付き合ってくれませんか?」
言い方まで同じで、笑いがこみ上げて来た。
ひとしきり笑うと、ふうううと息を吐き出して、由宇の目を真っ直ぐに見つめ立ち上がる。
彼女も俺と同じように立ち上がり……二人の距離は近づき――。
「まさひこが死亡しました」
「スペランカー先生が死亡しました」
「★セフィロス★が死亡しました」
おおおおおい!
安心しきったところで視界に割り込んだウィンドウへ頭を抱える俺であった……。
おしまい
ゲーム的異世界でのんびり勇者回収業のはずが、超ブラックなんすけど〜おお、勇者よ。お前また増えたのか〜 うみ @Umi12345
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