第3話 おお。勇者よ。死んでしまうとは

 王の間に移動すると、王様が椅子に腰かけたまま棺桶を悠然と眺める。

 そして彼は、錫杖を一振りして口を開く。

 

「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」


 その言葉と共に、棺桶が光って蓋が開き勇者が目を覚ますのだった。

 勇者が起き上がると共に、棺桶は光の粒子となって霧散する。

 

『報酬として三ドールを手に入れました』

『チュートリアルを終わります』


 メッセージが更新され、これにてチュートリアルが完了した。

 女神にしてはなかなかちゃんとした説明だったと思う。あの適当な様子からは想像がつかないほどの丁寧さだった。

 

 王様が勇者を復活させたらお金が入り、任務完了ってわけだな。

 ステータスを見てみると所持金のところが三に変化していることを確認。

 お金はどうやって使うのか分からんが、クレジットカードとか冒険者カード的なものを身に着けているのかもしれない。

 

 勝手にまさぐられていたとなるといい気分はしないけど、一応ボディチェックをしておくか。

 ってすぐに発見した。スーツの胸にある裏ポケットに昔よく見た家電量販店の会員カードみたいなものが……ふにゃふにゃで銀色の下地にポイント数が出ているアレだ。

 そこに三ドールって書いている。

 

 うわあ、安っぽくてすんごい微妙……。

 

 ともあれ、いつまでもここにいても仕方ない。

 仕事の内容は分かった。ならば次はお楽しみの広い庭付きの家とやらに帰るとしますかあ。

 腕を頭の後ろに組み、口笛を吹きながら上機嫌でロケートを唱えようとしたが……。

 

 家の位置がどこか分からねえ。

 俺は女神の悪意を感じ歯ぎしりするのだった。

 

 ◆◆◆

 

 マップを見ながら城の外に出る。城は街の中央にある小高い丘の上に建っていて、丘の周囲には堀があり水が張られていた。

 城から外に出るには跳ね橋を渡って進むことになる。

 

 ここからだと街の様子を一望することができて壮観だ。まずは自分の家を探さねばと気ばかりが焦っていたんだけど、じっくりと景色を眺めたら映画の中にあるような建物や石畳の道に心が躍る。

 中世ヨーロッパ風だけどどこか違う、赤レンガ屋根の多い建築物。教会らしき高い塔のような建物や活気がありそうな噴水広場。行きかう人は貫頭衣の人もいれば、鎧に身を固めた人もいたりここから見ているだけでも楽しい。

 

 せっかくだから楽しもう。

 俺は街へと向かう。

 

 一時間ほど経過――。

 俺は噴水のそばにあるベンチに腰掛けため息をつく。

 三ドールじゃあ、リンゴくらいしか買えないじゃねえか。露天で一番安い昼食ならなんとか、これで宿に泊まるなんてもってのほかであるという。

 所持金の少なさに暗い気持ちにはなったが、お金の価値はだいたいわかったぞ。一ドールで百円程度だな。

 

 もう一つ分かったことは、三ドールと書かれたこのカードを直接使ってモノを買うことはできない。なんとこれ、軽く振るとウィンドウが出て、現金をカードから引き出す価格を決めることができたんだ。

 試しに一ドールにすると、コインが一つ出て来た。現物の一ドールコインってわけだ。カードにコインを近づけると、コインがカードに吸収され記載されている金額が増える。

 このカードは、重たいコインを持ち歩かなくていい便利アイテムの役割も持っていたのだった。

 

 噴水の水の上で水流に流されるままになっているイルカを眺め、そのまま噴水の下に落ちてしまえなんてくだらないことを思いながらマップを開く。

 やはり、自宅を見つけねばならぬ。報酬が少ないのはあの女勇者の所持金が少ないからに違いない。

 ゲームでいうところの「始まりの街」を出たところで死亡するような彼女からは今後も報酬金額は期待できないだろう。

 でも、問題ない。家さえあればね(インテル風)。

 

 っち、イルカの奴、噴水の端まで来たところで真ん中に戻りやがった。

 なんてことを見つつも、マップをどんどん俯瞰していく。

 

 マップは大陸全体が映るまでの拡大率になったが、ふと、この世界は球形なのかそれともファンタジーによくあるまっ平なのか知りたくなりさらに画面を引く。

 だがしかし、大陸が小さく見えるところまでいったところでこれ以上俯瞰できなくなる。

 ん、右下の方に座標が出ているな。ひょっとして……。

 

「ロケート」


 ビンゴだった!

 

 ◆◆◆

 

 マップには全ての地形が映るだけでなく、街やダンジョンの名称まで表示される。

 もちろん魔王城も例外ではない。蔦に覆われた古風で広大な城にそう表示されていたから間違いない。

 

 魔王城は簡単には侵入できないエリアにそびえ立っている。四方を山に囲まれ、おそらくだが山の麓にあるダンジョンを幾つか抜けてようやく到達することができるのだろう。

 ん? 何故突拍子もなくこんな話を始めたのかって?

 

 先に言っておくと、俺は自宅を発見した。

 マップを俯瞰できなくなるまで引っ張った時に表示された座標こそ、俺の自宅に繋がる道だったのだ。

 だが、場所が……魔王城のあるエリアだったのだあ。

 山に囲まれたエリアのうち魔王城があるのは北西辺りで、俺の家があるのは南東……魔王城とはかなり離れてはいるが秘境も秘境なことには変わりない。

 

 さて、肝心の庭付き一戸建てなのだが……。

 敷地が広ーい。家の前から敷地を囲う柵が見えないぞ。ところどころに巨木がそそり立ち、雑草も生え放題。もちろん低木もいっぱいだぞお。

 歩いてどこまでが庭なのか確かめに行くのもいいのだが、トゲとか枝とかに引っかかってスーツが破けたりするのも嫌だなあと思い、マップを開く。

 

 さあ俺の庭はどこまでかなあ。あんまりな庭の状況に乾いた笑い声が出て、逆にテンションが上がってきたぜ。

 探したが柵なんていいものは存在しなかった。そのかわりといってはなんだが、東西南北に朽ちかけた木の棒が刺さっていてそこに、「ソウシの家」とやる気のない文字が書かれている。

 わざわざ俺へ分かるように日本語で書いているところに気遣いより、嫌がらせだろうと悪意を感じた……。誰の? そらもちろん女神のだよ。

 

 ええー、次はお待ちかねの住居です。

 なんと、石壁で出来た二階建ての別荘風お屋敷でございますことよ。

 石壁は苔むし、蔦が生い茂っている。元は鮮やかな赤色の瓦屋根だったんだろうけど、色褪せ昔日の面影はまるでない。

 正面の入り口前にはテラスがあり、片側の紐が切れた一人用ブランコに枯れた葉っぱがこれでもかと乗っかったハンモック……。木製の椅子が二脚あるが、腰かけるとそのまま椅子じゃなくなりそうだった。

 

 こいつは酷い。

 家の扉に続く三段ある木製の階段を踏むとギシギシと音を立ててたわむ。

 いつこの階段が壊れるのかドキドキだが、気にしてはいけない。俺はまだ中に入りさえしていないのだから。

 

 扉に手をかける。べちゃーと泥とコケが手に付着するが、そんなこと気にも留めずに扉を一気に開く。

 

 な、なんだと……まさか、こんな……。

 扉口で俺は茫然と立ち尽くし、開いた口が塞がらなかった。

 な、なんと中は洒落た木のぬくもりを感じさせるナチュラルモダンな部屋だったのだ。

 

 玄関から直接部屋に繋がる作りになっていて、間仕切りがなく上へ続く階段が右手に見える。

 奥はキッチンになっているようで、コンロや冷蔵庫らしき家電製品の姿がチラリと。レンガで囲った暖炉に、ふわっふわの丸い絨毯。

 コの字型の黒い革張りのソファーに同じ材質の一人かけのカウチ……。な、なんだこら。

 外から見たら石壁だったんだけど、中は明るい茶色の木の板が張られていて新品同然だ。床も同じ木の板のフローリングになっている。

 

 玄関で革靴を脱ぎ、中に入った。

 電化製品らしきものがいっぱいあるけど、どう考えても電気は通ってないよな。

 ま、まさか。

 これも嫌がらせか? これまでと変わらない快適な室内での暮らしができると見せかけて、電気がないから使えませーんとぬか喜びさせるつもりなのか?

 ま、まさか……ありそうで嫌だ。

 

 とりあえず一旦休憩をしようとソファーに寝っ転がろうとした時、ダイニングテーブルの上に一枚の紙が置いてあることに気が付く。

 何だろうと思い、その紙を手に取る。

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