第2話 チュートリアル
目が覚めると今度は土の匂いが鼻孔をくすぐる。目に映るのは青空とキラキラ輝く太陽だ。
寝転がったまま左右を見渡すと、草、草、草。そして遠くの方に木々が見える。
立ち上がって改めて確認……ここはそうだな。
大草原だ。
一方の俺と言えばオフィスにいた時のままのスーツ姿なのだから、違和感が半端ない。
こんなところに一人でほっぽり出されて一体何をしろと言うのだ。
と憤ると同時に、本当に俺は過労死して異世界に来たのだと実感し少し落ち込んでしまう。
ん?
何か視界の隅に映りこんだ気が。
いや、気のせいじゃあない。
足元にふよふよとバスケットボールくらいの大きさをした青い物体が浮かんでいる。
そいつは、青と白の体にパッチリお目目をしたやたら丸っこいイルカらしき姿をしていた。しかし、これどこかで見たような……。
リアルなイルカじゃなくて、アニメ調のそいつ。そうだ。これ、パソコンの画面に常駐してうっとおしいアレにそっくりだ。
イルカは腰の辺りまで浮かび上がってくると、水から跳ねるような動きを行う。
やべえ。この次のこいつの動きは水の中に飛び込んで消えるんじゃあ。
思わず手を伸ばし、イルカを両手で挟み込むように掴もうとする。
イルカに手が触れた瞬間、不意に視界の中にウィンドウが開く。
『チュートリアルへようこそ』
何だこら……?
チュートリアルって……システムっぽい仕事と聞いていたけど本で読んだVRゲームみたいな感じだなあ。
マウスが無いからどうやって画面の操作をしようかと思っていたけど、意識するだけでウィンドウを動かすことも最小化することもできた。
さてと、さっきからメッセージの内容が変わらないんだけど、どうやったら進むんだこれ?
と思っていたらメッセージが更新された。
『まずは王様のところへ行ってみよう』
ウィンドウにはメッセージの他に「座標」というボタンも表示されている。
これをクリックするといいのかな。
座標をクリックすると、「X111、Y111」と数字が出てきた。
お、メッセージが更新されたな。
『ロケートの魔法を使ってみよう』
使うって言われてもどうすりゃいいんだ?
「ロケート」
反応なし。
あ、そうか。どこへ移動するのか指定しないと動きようがないよな。
えっと「X111、Y111」だっけ……
って、ええええ。
急に視界が切り替わり、目の前には白いひげを蓄えた老年の男がゴージャスな椅子に腰かけていた。
頭に金ぴかの王冠、赤色のローブをまとい手には大きなルビーのはめ込まれた錫杖を持っている。
椅子……いや玉座だなこれは。玉座からは赤い絨毯が俺の足元まで敷かれていた。
左右には全身鎧に長槍を持った兵士がそれぞれ二名。
「おお、勇者よ。よくぞ参った。待っておったぞ」
「王様でしょうか?」
「うむ。余はウィルヘルム三世。テンペスト王国の王である」
王様は直言を許した上に、明らかな不審者である俺へ兵士も差し向けない。
兵士たちは兵士たちで俺には知らぬ顔……。
なんだこの状況。
「あ、あのですね。俺は勇者じゃないんです」
「む……そうか、お主。『運び屋』か。聞いておる聞いておる」
「女神からですか?」
「女神様から直接ではないがな。聖女にお告げがきておる。その場所へ出現できるのだ。お主がお告げの人物で間違いないじゃろう」
「は、はあ……」
「励むがよい。用があればまた来るがいい」
なんだか王様がNPCちっくで不気味だったけど、女神から予め伝えられていたことを喋っただけだからそうなったのかなと思い王の間を後にする。
王の間を出たが、外へ行く道が分からん。
兵士はそこら中に立っているけど、誰も彼も俺へ無関心で……システム扱いなのか俺?
『コマンドを見てみよう』
お、メッセージが更新された。
視界にコマンドってボタンが出ているからクリックしてみるといろいろ出て来たな。
『マップ
ステータス
勇者一覧』
お城の中で試すのもあれだけど、俺はその場であぐらをかき一つ一つコマンドをチェックすることにした。
どれから見ようかと目線を上げた時、イルカがふよふよと左右に動き微妙に視界を遮ってきてめんどくせえ。
まずはステータスからだろう。
これでいろいろ自分のできることとかチェックできると思うのだ。
では、ステータスオープン。
『名前:ソウシ
職業:勇者運搬業(システム)
レベル:あ四E
HP:え八七
MP:う六八
攻撃力:一
防御力:い九六
魔法:コンパス、ロケート
所持金:無』
突っ込みどころが満載過ぎて何から考察すればいいのか。
取って付けたような職業は無視することにして、ステータスがバグってる。調整ミスじゃないのかと不安になって来るけど、そのうち分かるだろ。
注目すべきは魔法だ。ロケートはさっき使った転移魔法で、もう一つは予想はつくけど一度使ってみよう。
「コンパス」
『現在の座標はX111、Y112です』
予想通り座標を調べる魔法だな。地味だ。地味過ぎる。なんかこう派手にファイアとかフレアとかぶっ放したかったんだけど、もちろんモンスターを倒したいとかましてや人に向けて撃ちたいってわけじゃない。
単に仕事で溜まり切ったストレスを発散したいだけだ。
勇者ならいろんな攻撃魔法を使えそうだから、いずれ見ることできるはず。その時まで楽しみにしておくか。
マップはグーグルアースみたいな使い勝手で、超俯瞰距離からどんどん縮尺を調整していくことができる優れものだった。女神にしては気が利くじゃないか。
座標も表示させることができるから行きたい場所へすぐ行くことができる。
最後に残った勇者一覧を見ようとした時、新しいウィンドウが視界の真ん中に映り込む。
『
由宇とは何者だろう、きっと勇者に違いないけど。
勇者一覧を開くと。一覧には「由宇 レベル一 X114、Y113」と一人だけ表示されているが、文字色がグレーになっている。
一人なのに一覧というコマンド名へ嫌な予感がよぎるが、首を振り気のせいだと思う事にしてロケートの魔法を唱えた。
◆◆◆
出現した場所は王都から出てすぐの街道の傍で、膝くらいまでの雑草が生い茂り、所々に樹木が見える見晴らしのいい場所だった。
勇者はどこだ……お、あれかな。
俺の腰くらいまでの身長をした緑色の小鬼ぽいモンスターの足元で、うつ伏せに倒れている人を発見した。
顔は見えないけど、黒髪に小柄な感じの女の子かな。青いワンピース風の貫頭衣は裾が短く太ももの真ん中辺りまでだと思う。たぶん。
腰には太い皮ベルトを巻いていて、足元は茶色の底がしっかりしたブーツ。
えっとだな。その、裾の長さがたぶんといったのは、裾がめくれあがって横シマの白と青のパンツが丸見えになっているからである。
「ちょっと、失礼しますねー」
緑色の小鬼へ手をあげて間に割り込むが、小鬼はぼーっと立ち尽くしたまま反応を見せない。
彼女は死体だろうから放置されていても納得だけど、俺まで無視なのかよ……。兵士も無関心だし、何だか少しへこむぞ。
いや、モンスターに襲われたいわけじゃあないけどね。
どうやって彼女を運べばいいかなあ……背負って行くか。
彼女の手に触れた時、体温が感じられなかったことで俺は少し動揺する。
すぐに生き返るからと軽い気持ちで考えていたけど、やっぱり気持ちいいものではない……。
そう思った時、ウィンドウにメッセージが。
『棺桶を出してください』
ん。さっきは無かったコマンドが増えているぞ。
追加されたのは「道具」だ。
さっそく選ぶと、棺桶が表示されていた。
これを「使う」にしたらいいのかな。
お、棺桶が地面の上にでーんと出てきた。何もないところから突然出現したものだから、とてもシュールだ。
ゴクリと生唾を飲み込み、彼女を抱え上げると棺桶に寝かせ、蓋を閉じる。
小柄な彼女だが、驚くほど重たい。いや、実際の重量はそれほどでもないのかもしれないけど、なんというかその……気持ちの面でも重くなる。
いずれ慣れるだろうけど、首をぶんぶんと振り嫌な気持ちを振り払って、付属の紐を肩にかけズリズリと引っ張っていく。
十メートルくらい進んだところで、ハッ!となる。
「ロケート」
そうだよ。魔法で転移すりゃいいんだった。
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