第15話 毒の沼地
「由宇……」
「あ、あの……すごく、大きいです……」
「そ、そうか……」
由宇は俺の後ろに隠れ、背伸びして顔だけ俺の肩から出したり引っ込めたりして、対峙する巨大な目玉のモンスターをチラチラと見ている。
しかし、対峙するという表現は間違いかもしれない。少なくともあの宙に浮かんだ目玉――ゲイザーは俺たちと顔も合わそうともせず、完全無視を決め込んでいるからだ。
「襲って来そうにないな」
「は、はい」
怖さからかずっと由宇は俺の背中に張り付いてギューとして来ているものだから、彼女の体のぬくもりと柔らかさでクラクラ来そうだ。
「全く……こっちが襲いかかりそうだよ」
「え?」
「あ、いや。何でもない」
薄い布越しに感じるささやかながらも確かなおもちのような感触に、つい本音が漏れてしまった。
煩悩は捨て去らねば、いや、捨て去る必要あるのか? だ、だがしかし、無理やりはいかん。いかんよ。ちゃんと同意を取ってだな……。
「な、なんだと……?」
由宇がさらにヒシとしがみつき、俺を斜め右に動かすよりに力を込める。
ま、まさか、押し倒……?
「あ、あそこにもモンスターが!」
「そ、そうね。なんかいるね。確かあれはアイアンゴーレムかな。はは」
「ソウシさんは慣れてますね……こんな怖いところに……」
由宇の手に更に力が籠る。
この様子ならとてもじゃないけどこのまま進むのは無理そうだ。
「ごめんな。外に出ようか」
由宇に手ではなく上腕部を両手で痛いほど握りしめられたまま、塔の外に向かう。
彼女には怖い思いをさせてしまったけど、攻撃の意思が無ければモンスターが無視を決め込むのか。
それなら、仲間が死んだ時とか戦意が無くなりモンスターに襲われないと思うんだけどなあ。
しかし、現実は違う。
モニカらもメガネらも、仲間が一人やられると連鎖的に死亡しないよう俺の救助を待つ体制を敷いているんだ。
いや、待てよ……。
そうか。おそらく「先入観」のせいだ。
モンスターは接敵即戦闘だと。人がモンスターと出会うと「どちらかが倒れるまでの血みどろの戦闘になる」んだってことを「当たり前」だと認識しているからじゃないか。
由宇以外の勇者は最初から戦う意思をもって勇者になった。
勇者になったからには、モンスターを倒し、冒険を進め、最終的に魔王討伐を達成する。
塔の外に出た俺は腕を組みうんうんと唸り声をあげながら思考の海に沈む。
「うーむ」
「ソウシさん?」
「うーん、何か引っかかる」
「ソウシさーん」
「由宇以外にも試してもらって……もう一つ確かめたいこともある……いや、でも……ってえええ」
近い、近いから。
息がかかるような距離に由宇の顔があってびっくりした。そんな無防備だと、そのままチューしちゃうぞ。
「何しても反応が無かったんで、どうしたのかなと」
「なんか引っかかるんだよなあ」
「え、どこも引っかけてませんよ」
由宇は自分のスカートをヒラヒラさせてどこも破れたりほつれたりしていないことをチェックしている。
ワザとか、さっきからワザとやっているんだろう。今日は横シマじゃなくて縦シマだ。縦シマは微妙な気が。
そんなことしなくても……気を遣わせてしまったな。
「由宇。和ませようとしてくれてありがとうな」
「え? あ、は、はい?」
「そんな難しい顔をしていたかな」
「そうですね。眉間の皺が消えないくらいには」
「まだまだ心配をかけると思うけど、振り返ってみると気になることがどんどん出てきて」
「そうですか。無理なさらないように……とは言いません。でも、落ち着いたらお話を聞かせてくださいね!」
「うん。じゃあ、戻ろうか」
◆◆◆
戻ったところで見慣れたウィンドウが。
『まさひこが死亡しました』
一番のお得意様がまたしても転がったらしい。鬼の双子とパーティを組んで以来、死亡回数は減ったは減ったが、それでもまだまだトップクラスの死亡率なのだ。
座標は……うわあ。まためんどくさいところで転がっていやがる。
モニカたちも待っているだろうし、行くとするか。
ロケートの呪文を唱えようとした時、更なるウィンドウが開く。
『★セフィロス★が死亡しました』
また野垂れ死にやがったか。メガネ曰く、彼はソロ志向で誰とも群れないとのこと。
それはいいんだけど、毎回毎回。
ん、まさひこと近い場所だな。
ちょうどいい。二人とも回収だ。
「ロケート」
◆◆◆
腐魔城。
彼らが死んでいるのは毒の沼地にそこらかしこが覆われた腐沼に浮かぶ城……ではなく、間抜けにも城の近くの底なし沼にハマり込んだと思われる。
というのは座標の位置をマップで確かめたところ、まさひこと★セフィロス★の姿が見えず、沼だけだったからだ。
首くらいまで沈む深さがあるところなんてほんの一部なのに……別の意味で変な運を持っているな二人とも。
しかし、こうは言ったものの、俺も一度足を取られて沈みかけたので、沼に行く時は慎重に行かねばならない。
マップで確かめたところ、モニカたちが沼地の外側で佇んでいたから、彼女らところへ移動することにしたんだ。
城の中ならともかく、外ならばマップで地形を確認できるから便利便利。
「ソウシ殿!」
「ソウシさーん」
俺の姿を見とめたモニカとタチアナが揃って手を振る。
「やあ。どうしてこうなった?」
俺の言葉に二人は顔を見合わせて気まずそうな顔になった。
ふうううと盛大なため息をつき、そっぽを向くモニカ。一方のタチアナは、困った顔をしながらも経緯を説明してくれる。
「ポイズンリザードを追いかけて行って、毒にやられて倒れたんだけど……最後に『うおおおおお! まだまだああ!』とか言って足を踏み出したところで倒れたの」
酷い。酷過ぎる。
「底なし沼にハマったわけじゃないんだ?」
「ええ。そのまま倒れただけよ。でも私たちもHPがあるからさ」
「なるほど。行って戻るまで往復だもんな」
「そうなの。だから、途中で止まって遠目からまさひこを呼んだんだけど……」
額に手を当て首を振るタチアナ。
毒の沼は歩くだけで体力(HP)が減るのだ。考え無しに突き進むと、そら倒れる。
「薬草とかそんなアイテムはないんだっけ……」
「あるけど、彼が使うと思う?」
「そ、そうね」
人参を追いかける馬じゃないんだから。知性があるなら、回復くらいしろよ。
「まだまだあ」じゃねえよ。そんなこと言っている暇があれば使え、薬草なりポーションなりを。
「じゃあ……やる気が出ないけど行ってくるよ」
「ありがと」
目の前にはずっと毒の沼が広がっている。ええと、座標によるとここから十分くらいかなあ。
底なし沼に注意しながら行くとしよう。
「え、ソウシさん、そのまま行くの? なんか、『回収屋』らしく毒の沼を無効化したりとか?」
「そんなものはない! 俺のHPは……見てみろ」
「え? いいの? ステータスオープン」
『タチアナにステータスを開示しますか? はい/いいえ』
即座に「はい」を選ぶと、タチアナが目を見開いて尻餅をつく。
「ソウシさん、数字が変! 数字がおかしいい」
「ふ、気にするな。俺はただのシステムさ」
ニヒルな笑みを浮かべ、俺はさっそうと毒の沼に入っていく。
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