第2話

 カプセルの乗り心地は、そうそう悪くはなかった。加えて、雷に打たれても受け流すことのできる設計だったのは幸いだろう。まあ、当然といえば当然か。

 俺の身体は緩やかに、しかし急速度で降下し、地表近くにまで到達した。


 見えた、と思った次の瞬間には、カプセルは減速して着陸態勢に入っていた。俺の目に入ったのは、一本の大きな通信塔。この星がまだ、汚染される前に造られた構造物だ。身をよじって見れば、大きな蛇がうねるような構造物も見える。高速道路か何かだろう。


 だが、それらも残っているのは奇跡と言えた。それほどにまで、クリーチャーとジャンクによる破壊の爪痕は酷いものだったのだ。


「おっと……」


 俺が呟いたのは、カプセルが縦になったため。足先を下にして、速度を落として降下していく。目だけ動かしてそちらを見る。酸性雨の影響を極力避けるため、このまま目標の地下構造物へと降りていくらしい。

 俺の視界は次第に塞がれ、再び開けた時には、頭上から金属の擦れる音がし始めた。同時に、地下のフロアが目に入る。


 それは、広大な空間だった。ほぼ正方形を成しており、高さは十メートル、一辺は二百メートルはあろうか。ところどころに照明が配され、薄暗い外部から来た者にとっては眩しいくらいだ。

 しかし、そんな光景も一瞬で曇ってしまった。どうやら、カプセル表面に付着した酸性の液体を中和する措置のようだ。何かが焼けつくような音と共に、カプセルは白煙に包まれる。


 俺は黙って中和処置の完了を待っていた。すると、カプセルの下部が何かで固定され、やがてガコン、と音を立てて停止した。同時に、真水と思しき液体が四方から叩きつけられ、一気に視界が開けてくる。

『中和処理完了:乗降許可』のサインが目前に走るのを見てから、俺はハッチを確認し、ゆっくりとカプセルを開いた。


 目の前には、ガスマスクを装備した人間が、腕を腰に当てて立っていた。どうやらこいつが俺にとっての『便利屋』らしい。


「あんたがコッド・ウェーバーか?」


 聞かされていた名前を告げると、『おう』という威勢のいい声がした。ごそごそとガスマスクを外す人物、もといコッド。

 そこから現れたのは、浅黒く無精髭を生やした、四角い顔の男だった。やや小柄だが、十分な鍛錬を積んでいることが察せられる。握手のためにと差し出された腕には、逞しい筋肉がついていた。


「あんた、キョウ・タカキだな? 地球へようこそ!」


 ひょうきんな態度で俺の手を握り、腕をぶんぶんと揺さぶるコッド。俺は『ああ』と応じたが、ここで他人と馴れ馴れしくするつもりはない。

 さっと腕を引いた。しかしコッドは気を悪くした素振りも見せず、問うてくる。


「まさかスタンド・アローンで化け物共を狩り来るたあな。しかもまだ二十歳だっていうじゃねえか! 若い若い! 実戦は未経験だろ? シュミレーターは何回やった? 随分と腕に自信があるってことなんだろうな?」

「俺の装備は?」


 白い歯を見せ続けるコッドに、俺は冷たく言い放った。


「おう、届いてるぜ!」


 コッドの背後に置かれている、大きな防弾性キャリーバッグ。俺は許可も取らずに回り込み、顔認証システムで自分の顔を読み取らせた。一瞬、鏡のようになったカメラに俺の顔が映る。

 ぼさぼさの髪に切れ長の瞳、無口さを具現化したような小さな口。左の頬に軽い切り傷がある。古傷だ。完治させることもできたが、俺は敢えて残している。『あの事故』を忘れないために。


 そうこうしているうちにスキャンは終了した。『認証完了』の立体表示と共に、バッグが自動展開する。


「得物はどうだ? ちゃんと揃ってるだろ?」


 素早く、しかし念入りに視線を走らせる。大丈夫だ。運搬中についたと思われる損傷は見受けられない。拳銃も、ナイフも、手榴弾も。


「それと、こいつだ。念のため装填しちまってくれ」


 そう言ってコッドが差し出してきたのは、拳銃用の弾丸が詰まった箱だ。


「状況は?」


 俺はその場にあぐらをかき、カチャリカチャリと弾倉に弾を込めながら尋ねた。


「全くひでえもんさ」


 コッド曰く。

 この下の階からが地下一階とカウントされ、化け物共の巣窟になっているということ。

 地下は二十階層までが存在し、何が潜んでいるのか分からないということ。

 三日に一度、食糧と武器・弾薬の補給のために、地球時間で午後七時前後に参上するということ。


「おいおい、主力が拳銃って、大丈夫なのか?」


 コッドの表情が初めて曇った。

 俺が無言を決め込んでいると、彼は気遣わし気にこちらを覗き込んでくる。俺は顔を逸らしながら、


「人には人の戦い方がある。あんただって、助っ人業をやっていて長いんだろう? 余計な口出しをするな」


 と一喝。するとコッドは『へいへい』と、嫌味を垂れることもなく引き下がった。まあ、これで俺の性分は分かってもらえただろう。

 するとコッドは、自分のバックパックから何かを取り出した。注射器だ。


「悪いな、まともに飯を食ってる暇がなくって。栄養剤なんだ」


 慣れた手つきで、自分の左上腕に差し込む。俺はじっとその様子を眺めていた。


「よし! 元気回復だ!」


 腕を曲げて、筋力を表すようなおどけた仕草を取る。それからコッドは俺の横を通り過ぎ、もう一台のカプセルに乗り込んだ。


「食料品はきっちり四日分、あそこに置いてある。一日分余裕をもたせてあるからな。それと、カプセルの離発着時には、ちゃんと中和処置をかけるんだ。防護壁の展開を忘れるな。そんじゃな!」


 俺のものの隣にあったカプセルが、反重力作用によってゆっくりと浮き上がる。コッドの専用機なのだろう。

 その仕事の性格上、助っ人は常に狩人とペアで行動してくれるわけではない。現場から現場へ飛び回ったり、本部からの物資を狩人たちに届けたりしなければならないからだ。

 一匹狼。その方が俺には合っているさ、と胸中で呟く。そして俺は、防護壁、すなわちカプセルの離発着時に、酸性の液体が飛散するのを防ぐ板が展開される様を見つめていた。


         ※

 

「ふっ、はっ、とっ、やっ」


 コッドが去ってから、俺は一人で身体を動かしていた。ジャブ、ストレート、身を屈めてからミドルキック。踵落としを繰り出す、と見せかけて距離を詰め、フック。


「ふうーーーーーーーっ……」


 まあ、こんなものか。軽く垂直跳びをして肩を揺らす。そんな中、親父の教訓じみた言葉が思い返された。


『火星と地球では重力が違う。のうのうと火星暮らしをしていては、地球に降り立った頃には身体が脆弱になっているだろう。それではいかん。クリーチャーやジャンクと戦うならば尚更だ』


 そして毎回、こう締めくくる。


『我々は、必ずや地球への帰還を果たすのだ!』


 父の父親、つまり俺の祖父は、地球生まれ、火星育ちの頑固親父だったと聞いている。父はその影響を受けながら、変わり果てた地球をじっと見つめていたのだろう。いつか帰ることができると信じて。


「それがあんな事故で呆気なく、な……」


 俺ははっとして口元に手を遣った。誰に聞かれているはずもないとは分かっている。それでも、弱みを露呈することに対する抵抗感は確たるものだった。

 とにかく重要なのは、俺はこの星の重力下でも、まともに動くことができるということだ。父の言葉に従い、身体を鍛えておいたのは、やはり正解だった。『継続は力なり』と昔の人も言っている。


 さて、そろそろ周囲を物色するか。俺は明々とした照明のもと、このフロア全体に目を走らせた。そこには、


「なんだ、あるじゃないか」


 ガラクタの山の中で、一体のジャンクがひょっこり頭を出していた。ゆっくりと引っ張り出す。目立った損傷はないようだ。

 俺は、そのジャンクが完全に機能を停止していることを確認した。それから、腰元に差したコンバットナイフを装甲板の隙間に入れ、跳ね上げるようにして内部機構を露わにした。

 目的の箇所は、すぐに見つかった。


「こいつか」


 戦闘用AIチップを取り外し、先ほどからポケットに入れていた電子チップを読み込ませる。装甲板をはめ直し、起動手順を踏んでから電源ケーブルを壁面に接続する。

 コッドという男は随分と気遣いができるらしい。ちゃんと電気が通っている。戦闘時に、暗闇から奇襲される恐れのないように、ということか。そこまでしてくれていると分かっていれば、あんなに邪険にすることもなかったのだが。


 ジャンクの充電完了を待ちながら、俺は今度は拳銃の取り扱いの訓練に移った。あらゆる体勢からの射撃のポージングや、リロードの手順を確認する。うむ、問題ない。

 ちなみに、俺が使う拳銃は二丁。片方は『アダム』と命名し左のホルスターに、もう片方は『イヴ』で右のホルスターに収まっている。拳銃は、ホルスターとは反対側の手で取り出すから、右手にアダム、左手にイヴといった形で扱うことになる。


「さて、行くか」


 俺はポンと膝を叩いて立ち上がり、フロアの片隅、ガラクタの山の向こうにある降下階段へと足を伸ばした。

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