第25話

 俺は叫びながら突進。しかし、コッドはひらりと身を振って、俺の銃撃をかわした。奥へ、奥へと進んでいく。ちらりと見えた奴の得物は、どうやら自動小銃のようだ。対ジャンク用の、大口径のもの。

 俺がスライディングでコンソールの陰に隠れた直後、自動小銃が火を噴いた。頭部を抱きしめるようにして、安全を確保。キリキリという、金属同士の衝突音が鼓膜を叩く。


 だが、待てよ。俺は自分に『冷静であれ』と命じながら、コッドの狙いを考えた。

 ここまで喋ってしまった以上、奴は俺たちを生かしておくわけにはいかないだろう。そしてコッドは自分の死を、最早なんとも思っていない。と、いうことは。


 俺はコンソールの台座から転がり出て、後ろ向きに匍匐前進を開始した。俺の頭上を、コッドの銃弾が通過していく。パタタッ、パタタッと短いスパンで撃ってくる。明らかに場慣れした挙動だ。

 俺が後退するのには理由がある。このまま前進しては、コッドの策、すなわち全員死亡という事態に陥るだろう。だが、後退しすぎてもだめだ。アミやユウを人質に取られる可能性がある。

 どうしたらいい――?


 拳銃二丁と自動小銃。対人スキル。それに、この戦いにかける覚悟。それら全て、コッドの方が俺を上回っている。

 では、俺に残された戦略は一つ。不意を突き、一撃で仕留める。


 俺はさっとあたりを見回した。リロード中なのか、コッドからの銃撃は止んでいる。

 何か、何かないか? ただの銃撃ではなく、敵を混乱させ、意識を逸らせるような戦い方はできないか?


「さてキョウ、もう話すことはないか? 訊きたいことはないのか?」


 カチャリッ、と新しい弾倉を叩き込む音がする。なんともあからさまな挑発だ。いや、時間稼ぎと言うべきか。


「お前の方こそ、最後に俺と話しておきたいことはないのか、コッド?」


 こちらも時間稼ぎをする。返答はどうでもいい。この研究施設内で、なんとか有利に戦えないか? そのヒントを求めて、俺は周囲に視線を走らせる。

 そして――見つけた。


「どうした、キョウ? 急に黙り込んじまったな。何かあったのか?」

「ああそうだ、見つけたんだ。面白いもんを、なっ!」


 俺はコンソールの陰に隠れながら、思いっきり足を伸ばした。その先にあったのが、非常ドアロックの開閉ボタン。連続で足の裏をバンバンと叩きつけ、俺は次々にボタンを押し込んでいく。

 ストン、ストンと独特な音を立てながら、扉が封鎖されていく。ユウが電力を供給してくれていて助かった。


「おおっと、どうしたんだ、キョウ? ビビったのか? 俺を締め出すなんて、素っ気ないじゃないか?」


 そうとも。俺はお前をここで足止めする。無駄弾を使わせるために。

 俺は配線を銃撃して、コッドの側から開閉できないようにした。


「ん? チッ、開かねえじゃねえか!」


 生憎、この扉はスライドドアだ。叩いたりぶつかったりしても、そう易々と開くものではない。

 もちろん、銃撃で開閉ボタンを破壊し、こじ開けることはできる。だが、それには当然ながら弾が要る。俺がさっき確かめた時、コッドは予備弾倉を一つしか携行していなかった。今なら奴の弾切れの見込みが立つ。なんとかして、そこまで戦いを長引かせなければ。


 ただし、こちらにも時間制限がある。爆撃まで二時間というタイムリミットが。

 だが、コッドがいる先に行く必要にも迫られていた。何故なら、コッドは俺たちが来たのとは反対側からここにやって来たからだ。爆撃から逃れるには、コッドがここに来るのに使った手段に頼らなければ。


 どうあっても、俺はコッドを倒さなければならない。


「畜生! 開けやがれ! ぶっ殺してやれねえじゃねえか!」


 突然キレ始めるコッド。どうやら、薬が切れてきたらしい。

 以前から気になっていたのだ。コッドが栄養剤と称して、左腕に何を注射していたのか。やはり、栄養剤というのは嘘だ。家族を失った悲しみに耐えきれず、麻薬にでも手を出していたらしい。


 それでも、こちらが有利かといえばそうとも言い切れない。コッドの場慣れした戦闘スタイルからして、彼にとって、戦闘行為とそれ以外の行為の境界線は明確だ。戦闘モードに入った彼が、どれほど冷静さを取り戻すのか、そのあたりは計り知れない。


 ドン、ドンと鈍い音が響く。コッドが懸命にこの扉を開けようとしている。俺は扉一枚を犠牲にする覚悟で、扉の端に手榴弾を貼りつけた。


「皆、伏せてろ!」


 ピンを抜き、再び物陰に身を隠す。次の瞬間、二つの音が響き渡った。ドォン、という短く重い爆発音と、ガァン、という硬質なものが吹っ飛んで衝突する音。前者は手榴弾のもので、後者は、扉が吹っ飛んで床や天井に衝突していく音だ。

 さて、今の爆発にコッドを巻き込むことはできただろうか? そっとコンソールの陰から向こうを窺うと、やはり煙は少なかった。しかし、人影は見えない。否、見えなくなったのだ。吹っ飛んだ扉が、照明の配線をズタズタにしてしまったのだろう。


 ここで先に動くのは禁物だ。死体が転がっていない以上、コッドはまだ生きている。暗闇から狙われては、勝てるものも勝てやしない。手榴弾はもう一つ残っているが、できれば使用は控えたい。この先に何があるのか、見当がつかないからだ。


 俺はコンソールに背中を押しつけ、息を整えた。ああ、また呼吸を止めてしまっている。相変わらず悪い癖だ。だが、スティーヴ大佐に見放されてしまった以上、俺が軍務に復帰することはないだろう。悪い癖も、今回が最後だ。


 ひんやりとした空間に、焦げ臭さが漂い、嫌な汗が背中を伝っていく。さて、どうしたものか――。

 などと考える余裕は、俺には与えられなかった。視界の下方に、何かが入ってきた。

 手榴弾だ。コッドが投げてきたに違いない。

 

 この場合、息を止めてしまう俺の癖が出るのもやむを得ないところだろう。俺は声を上げることもできなかったし、咄嗟に離れることもできなかった。代わりに、手榴弾を蹴り返した。

 コッドほどの対人戦闘のプロなら、手榴弾を爆発直前に放り投げることは容易いだろう。俺に投げ返す隙を与えないために。だが、今のコッドは負傷しているかもしれないし、たまたま手榴弾が外れてしまっただけかもしれない。

 いずれにせよ、俺には手榴弾を蹴り返すだけの時間的猶予は与えられていた。


 バアン、と生々しい音が、フロア中の空気を震わせる。再びコンソールから顔を出すと、左右に並んでいた膨大な数のカプセルのうち、下段のカプセルのほとんどが損傷していた。床面は培養液でびしゃびしゃだ。

 その通路の中央に、コッドは寝転がっていた。まるでボロ雑巾のように。四肢は手榴弾の破片でズタズタにされ、自ら圧迫を試みている腹部には、穴が空いているようだ。顔はと言えば、他の部位に比べればまだマシだった。だが、恐らく失明はしているだろう。口からは、ヒューヒューという荒い呼吸音が聞こえてくる。


「コッド……」


 俺は彼のすぐそばにひざまずいた。

 クリーチャーに家族を奪われた彼。あまりの悲しみに耐えきれず、薬物依存に陥った彼。半ば自暴自棄で、家族の元へと旅立とうとしている彼。

 俺はコッドの呼吸音が完全に聞こえなくなるのを待って、両目を閉じ、両腕を胸の上で組ませてやった。


 まさにその時、


「お兄ちゃん、避けて!!」


 ユウの絶叫が響き渡った。コッドに覆い被さるようにして、俺は頭を下げる。すると頭上から、小さな何かがシュンシュンと空を斬る音が連続した。それらは俺の頭上を通り越し、あるポイントへ向かっていく。そこにあったのは、ユウの身体を培養するのに使ったのと同型のコンソールだった。

 さっきまで俺が隠れていたのとは違い、こちらは稼働している。


 直後、凄まじい恐怖感が、俺の体表を駆けずり回った。汗腺という汗腺から、ぶわっと汗が噴き出す。

 まさか――!


 その答えは、上段のカプセルの培養液が、手順通りに奥へと吸い出されていくことで明らかになった。

 コッドだ。コッドのクローンが、カプセルに入っている。それも一体だけではない。各カプセルに一体ずつ。落ち着いた目で確認すると、ざっと五体のコッドのクローンが生み出されていた。ユウの身体を造った時より、ずっとペースが早い。おそらく、進化の過程をすっ飛ばしているのだろう。


 だが、六体目が製造される前に、コンソールは停止した。先ほどシュンシュンと俺の頭上を掠めていった投擲武器、手裏剣。それに着けられていた爆薬が火を噴いたのだ。それでも、今数えたように、コッドの人数は五体。

 一番奥、真っ先に身体が構築されたコッドが、軽く跳躍して、ガラス片と培養液に浸された床面へと降り立った。

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