第26話

「なるほど、これがクローンか」


 床に飛び降りながら、コッドのクローンが答える。クローンとはいえど、性器や体毛は存在しない。皮膚で覆われていない部分もある。その不気味な容貌に、俺は苦い唾を飲んだ。


「お、お前は、誰だ?」

「何を言ってるんだ、キョウ。俺はコッドだ。コッド・ウェーバー」


 さも単純な問いかけをなされたかのように、軽々しく答えるクローン体。

 そしてなんの前触れもなく、俺に向かって突進してきた。片手を突き出しながら。俺は上半身を捻り、その手をかわして足払いをかける。

 本来ならそのまま蹴りつけるところだが、残念ながらクローン体はあと四体残っている。そちらにも注意を払わねば。


 と、その時になってようやく気づいた。さっき飛んできた凶器は手裏剣だ。アミが無事なのだろうか?

 それを確かめる間もなく、俺の目前に迫ってくるクローン体。しかし、その額、心臓、右足元の計三ヶ所に手裏剣が突き刺さり、敵は呆気なく倒れ込んだ。

 残る四体はバックステップし、距離を取る。

 この手裏剣による援護は、間違いなくアミによるものと察しがつく。アミが大丈夫なのかどうか、声をかけたいのは山々だ。しかし、今はそれどころではない。


「援護しろ!」


 俺はサイドステップして、銃口を残る三体に向けた。対するクローン体は、思いもよらぬ速度で俺を捕えようとする。俺は咄嗟にアダムを連射したが、敵の勢いを殺しきれない。わざと横転してのしかかりを回避するが、クローン体は、その屈強な腕で俺の肩を掴み込んだ。その腕力たるや、万力で締めつけられたかのようだ。奥歯を噛みしめ、悲鳴を噛み潰す。


 その背後では、残り二体のクローン体がアミの手裏剣を回避している。それを確かめたのが、敵に機会をもたらすこととなった。ついにクローン体が、俺に馬乗りになったのだ。


「がッ!」


 両腕で俺の首を絞め、後頭部を背後の壁に打ちつける。一発一発に、俺の脳髄はぐわんぐわんと揺さぶられた。

 俺はなんとか右腕を上げ、アダムを連射。スライドが停止するまで撃ち切った。その頃には、既にクローン体の首から上は原型を留めていなかった。しかし、俺を揺さぶる腕は止まらない。

 だんだんと意識に靄がかかってくる。ここまでか――。


 その時、揺さぶられていたのとは違う、別な衝撃が後頭部に走った。


「!?」


 べたり、と俺の上にうつ伏せになるクローン体。俺が後頭部を押さえながら敵を避け、上半身を上げると、そこには誰あろうアミが立っていた。


「アミ、大丈夫なのか!?」


 俺はようやく、この言葉を口にした。

 アミは口と鼻から出血し、端整な顔立ちが台無しだった。真っ黒いライダースーツの前面には、未だに固まらない血液が流れを成している。

 それでも、アミは来てくれたのだ。そしてクローン体の両腕を斬り捨てた。


「あたしの心配はいらん! 残り二体を始末するぞ!」

「お、おう!」


 すると、敵も同じ考えだったらしい。俺の前に一体、アミの前に一体が立ちはだかる。俺は弾切れを起こしたアダムをホルスターに収め、素早くイヴを抜いた。だが、発砲はしない。敵は両腕を頭部の前でクロスし、防御態勢に入っている。そのままダッシュで一気に距離を詰めてきた。俺に拳銃を使わせないつもりなのだろう。


 上等だ。俺とて、伊達に身体を鍛えてきたわけではない。白兵戦に持ち込もう。と、思いつつも、俺はイヴを思いっきり敵の額に向けた。僅かに敵の接近速度が低下する。俺は堂々とイヴを見せつけた上で、放り投げた。

 こんな荒っぽい芸当は、アダムではできない。だが、敵は上手く引っかかってくれた。視線をイヴの方へ取られたのだ。その隙に、俺はしゃがみ込んで敵の懐に入り、思いっきりストレートを叩き込んだ。

 ユウのクローンを造った時とは異なり、コッドのクローンは急造品だ。やはり脆い。胃袋が破裂し、肋骨がひしゃげる手応えを得て、俺はローキックを見舞い、一旦距離を取った。しかし、


「ッ!?」


 敵は身体の損傷を無視して、大きく踏み込んできた。敵の鉄拳が、俺の横っ面を捉える。


「ぐぶっ!」


 一気に鉄臭さが鼻腔を駆け抜け、吐き気まで感じさせられた。口内を切ったことを悟り、赤い唾を吐き捨てる。

 敵は両の拳を顎の高さに上げ、ボクシングの体勢に入った。いや、これはフェイクかもしれない。だが、今の俺にできるのは、ひたすらに敵を倒そうとすることだけだ。

 俺は敵の得物たる拳に注意を払っていたが、注目しすぎたのが仇となった。敵は大股で一気に接近、俺の足を踏みつけた。身体が硬直し、ステップを取ることもままならない。


 敵の射程圏内で停止することは、接近戦における大きなミスだ。しかし、強制的にこんな状態に持ち込まれるとは。俺は歯を食いしばり、上半身を下げて再び胃袋に打撃を与えんとする。が、敵は二の轍を踏むようなことはしなかった。

 思いっきり膝を突き上げてきたのだ。慌てて身を反らすが間に合わない。鼻先を、敵の膝が掠める。


「ぶっ!」


 辛うじて鼻骨の骨折は免れたが、視界は涙で滲んでしまった。慌てて目を拭うと、ちょうど敵の鉄拳が頭部側面に向かってくるところだった。偶然目元に掲げた腕から、防御態勢にシフト。しかし、手首のあたりからミシリ、と嫌な音がした。

 俺は激痛に、顔が歪むのが分かった。しかし気にしている場合ではない。踏みつけられていた足先が解放されたので、僅かにバックステップし、俺は敵の頭部を掴み込んだ。

 一瞬息をついて、今度はこちらが膝打ちを喰らわせた。すると、大型拳銃で撃ち抜かれたスイカのように、敵の頭部が粉砕された。


 頭部を押さえてのたうち回るクローン体。バックステップし、距離を取った俺はイヴを拾い上げ、脊椎に沿って三発叩き込んだ。ようやくバタつきを止め、痙攣しなくなった死体を見下ろしてから、俺はもう一つの戦場に振り返った。すると、ちょうどカラン、と刀が床に落ち、こちらに滑って来るところだった。


「アミ!」


 油断した。胸中で舌打ちしながら、俺はアミと最後のクローン体の戦いに目を向けた。

 アミは腰から上を折って、荒い息をついている。弾き飛ばされたのか、奥にはもう一本の日本刀が転がっている。そちらに駆け寄り、拾い上げて素早く構え直すだけの余裕はない。

 対するクローン体はといえば、左腕を斬り落とされ、右足の腱を損傷しているが、苦し気には見えない。そもそも表情がないのだから、当然ではあるが。


 ふっと、敵が俺に視線を走らせたように見えた。俺は手にした日本刀を投げつけようとしていたのだ。すると敵は、思いもよらない速度でアミに迫った。まるで今まで手加減していたかのように。

 いや、事実そうなのかもしれない。敵の目的は、ここが爆撃されるまでの時間を稼ぐことなのだから。

 今やアミは、後ろから羽交い絞めにされていた。俺は自分の無力さを呪った。俺がもっと早く刀を敵目がけて投げつけていたら……!


 アミの容態を見るに、出血は止まっていない。止血作用が働くのと新たな傷口が開くスピードが拮抗している。

 俺の手元には、刀という慣れない武器が一つ。アダムにリロードする隙はないだろうし、イヴを拾いに向かうこともできまい。


 葛藤の中で、俺は思いもかけない光景を目にした。アミがふっと微笑んで、片目を閉じてみせたのだ。自分を捨てて逃げろということか。それともまさか、自分ごと敵を串刺しにしろということなのか。

 だが、俺はアミの特性を忘れていた。彼女はアンドロイドだ。四肢が切断されても、自力で接続することができる。あとは、アミの自己修復能力を信じるしかない。


 俺は刀を持ち替え、槍投げのようなフォームを取った。ぴくり、と敵の頭部が揺れる。

 名も知らぬ刀という武器に、内心語りかける。頼むぞ、アミを救ってくれ。

 そして、俺は一息ついてぶん投げた。


 ザシュッ、という、生々しいというより響きのいい音が反響する。

 俺が狙ったのは、敵の左足だ。元から右足を損傷していた敵は、もうまともに反撃できまい。

 アミが前のめりに倒れ込む。それに引っ張られるように、敵も倒れ込む。そしてその時には、俺はサイドステップからしゃがみ込んで、イヴを拾い上げることに成功した。撃鉄を上げ、アミの頭頂部と接している敵の顔面目掛けて一発、叩き込んだ。

 敵はびくり、と一瞬痙攣した後、他のクローン体同様、動かぬ肉塊と化した。

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