第24話

「かはっ!」


 肺から強制的に空気が排出される。するとアミは、再び刀を抜いてコッドに向けた。その切っ先がギラリ、と妖しげに煌めく。ここでのコッドの登場は、アミにとっても予想外だったらしい。にも関わらず俺が引き離されたのは、恐らく今の俺では、まともに他人と会話することが困難だと判断されたからだろう。


「おおっと、そう剣呑にしないでくれ、アミ。俺は君たちに重要な情報を伝えに来たんだ」


 両手を掲げ、ひらひらさせながら、コッドは鷹揚にそう言った。

 

「恐らく君らには伝えられていないだろうな、こんなことは」

「これ以上もったいぶると、あんたの耳を斬り落とす」


 すると、コッドは急に真顔になった。あまり話す機会がなかったとはいえ、彼の真顔には、危急の事態を伝えんとする緊張感が漲った。


「スティーヴ大佐から通告。二時間後、この構造物に対し、地中貫通型爆弾による攻撃が開始される」

「なんだと!?」


 俺は自分の身体を跳ね上げた。


「大佐が? いったい何があったんだ!?」

「この施設内での遣り取りは、ずっとGBA支部に盗聴されていたのさ。少なくとも大佐だけにはな。大佐は知っていたんだろう、キョウ? お前が妹を生き返らそうとしている、ということを」


 俺は沈黙をもって肯定の意を示した。そうか。大佐はコッドにも話したのか。


「キョウ、あんたはまだ若い。時間が解決する、ということを知らないんだ」


 コッドの言うことを理解できず、俺は顔をしかめてみせた。『だろうな』と言って一息つくコッド。


「俺の妻と息子、それに娘は、クリーチャーに襲われて死んだ」


 唐突な独白に、俺は虚を突かれた。


「家を出て、火星行きのシャトルに乗り込むまでの道中だった。生憎、家は山中を通らざるを得なくてな。キメラに襲われたよ」

「キメラ?」


 尋ね返すアミ。だが、誰も補足説明をするつもりはないようだ。

 キメラとは、ギリシャ神話に出てくる化け物の一種だ。様々な動物の手足や頭部を備えており、当然ながら人間にとって大きな脅威だった。


「車体の横腹が一瞬で食いちぎられてな……。娘は即死、女房は腕を食いちぎられて大パニックだ」


 俺とアミは、黙ってコッドの言葉に耳を傾けた。


「幸いエンジンや操作パネルはやられなかったから、俺はとにかく車を飛ばした。だが、今度は肉食コウモリの巣の真下を通る羽目になった。連中が俺たちを見過ごすことは決してない。あっという間に女房は引きずり出された。四肢がもがれる音が聞こえたよ」


 そんな話、いや、話どころか映像体験はいくらでもしてきた。だが、こうして真剣に、遺族の言葉を直接聞くのは初めてだった。大佐の演説よりも、遥かに生々しい。


「俺は息子の名を呼んだ。だが返事がない。振り返って見たら、上半身がなかった」


 その後、どうやって自分がその窮状を脱したのか、詳しくは覚えていない。それがコッドの話の〆だった。

 目の前にいる小男にそんな過去があったとは。俺は足から根が生えてしまったかのように、呆然と突っ立っていた。


 俺より立ち直りが早かったのだろう、アミが尋ねた。


「ジャンクには襲われなかったのか?」

「後になって、車体に銃痕があると指摘されたよ。病院の関係者にな」


 なるほど。だからコッドは、クリーチャーを憎み、ジャンクに頼るのを止めて、GBAに入隊したわけか。


「GBAには世話になった。だから、俺は自分に課された任務を全うする」


 そのあまりの自然な所作に、俺とアミは反応が遅れた。コッドが拳銃を取り出し、一発を発砲。弾丸は見事に、アミの胸部に吸い込まれていった。

 僅かに遅れて聞こえてくる、パン、という軽い銃声。

 アミは短い呻き声を上げた後、片膝をついて胸の穴に手を遣った。真っ黒い血液が、指をすり抜けて小川のように流れていく。


「アミ!!」


 俺は大声で呼びかけながら駆け寄った。


「あ、あたし……撃たれ……た……?」

「コッド! お前、何をしてるんだ!」


 俺は肩で空を斬りながら、振り返ってコッドに詰め寄った。だが、コッドは俺を傷つけるつもりはないらしく、素直に拳銃をホルスターに収める。そんな彼の襟首を、俺は思いっきり引っ掴み、壁に叩きつけた。


「おい! アミは味方だ!」

「そうとも」


 この期に及んでも、コッドは淡々と言葉を繋げた。


「アミ・カヤマ准尉は立派にその任務を果たした」

「任務、だと?」

「そう、任務だ。アンドロイドの実戦導入における、プロトタイプとしての任務だ」

「彼女は俺の命の恩人だぞ!」

「だから言っただろうが、実戦導入用のプロトタイプだと。量産の目途がつけば、不要になるだろ?」


 こいつに何を言っても無駄だ。俺はコッドを思いっきりぶん殴り、彼の防弾ベストをバンバンと叩きまくった。だが、救急救命セットは装備していないようだ。俺も、止血テープと消毒スプレー、それに無痛縫合キットしか持っていない。こうなったら、手で傷口を押さえてやるしかない。アミは自分の胸元を抑え、口からも血を溢れさせている。


「アミ、一旦横になるんだ」


 俺はアミの手をどかし、自分の手でアミの胸を押さえた。やましい考えは全く浮かんでこない。柔らかな感触の間から、噴水のように血が噴き出してくる。


「心臓を撃ち抜いた。いくらアンドロイドとて、回復は間に合わん。その前に失血死する。心配するな、アミは大佐の狙い通り、立派に任務を果たしたんだ」


 その冷え冷えとした無感情な声が、俺の心をじりじりと炙り焼きにした。

 微かにアミの目が見開かれる。そしてその瞳は訴えていた。『自分はもうもたない』と。


「きっ……き、き、貴様あああああああ!!」


 俺は瞬間的に拳銃を抜き、コッドに向かって発砲した。が、それは見切られていたのだろう、コッドはくるりと身を翻し、別なカプセルの陰に入った。


 俺の頭は、すぐさま戦闘モードに切り替わった。カプセルに当たった弾丸が跳ね回るが、これでは戦えない。俺はアダムだけでなく、イヴも抜いて『二刀流』になった。

 だが、コッドの話は終わっていなかった。


「訊かないのか?」


 俺は無言。背中をカプセルに押し当て、耳を澄ます。


「どうしてお前や俺がいるにも関わらず、大佐がこの施設を破壊するのか、気にはならないのか?」

「……」

「ユウがいるからだよ」

「なんだと!?」


 流石にユウの名前を出されて、俺は声を上げてしまった。狼狽のあまりに。


「俺が今、ここに派遣されてきたのは、ユウを確実に抹殺するためだ」


 何故? ユウが何をした?


「だったら俺を殺せ! ユウの気持ちを踏みにじってまで、彼女を生き返らせようとしたのは俺だ!」

「甘いな」


 ククッ、と喉を鳴らす音がする。


「ユウ・タカキは進化し続けている。この施設にまでハッキングの手を伸ばし、お前たちをバックアップしている。果ては、GBAにハッキングを仕掛けて、我々の計画に支障をきたす存在になることが想定される」


 俺はようやく、冷や汗がうなじを流れていくのを感じた。


「ここまでの通信インフラを占拠してみせたユウのことだ、GBAがハッキングされるのも時間の問題といえる。それは脅威だ。ジャンク共にGBAの情報を広められたとしたら、我々では対処できなくなる。エリアごとの緊急停止装置もECMも、破られるだろうからな」


 だから物理的に破壊する、というのがコッドによる理由付けだった。

 俺は咄嗟に、脱出することを考えた。コッドのことだ、きっと脱出口の一つや二つ、把握しているに違いない。こうなったら、半殺しにして訊き出すしかない。だが、そんな俺に投げられたのは、思いがけない言葉だった。


「俺が逃げると思っているのか、キョウ?」

「何?」

「俺は随分と任務に忠実な男でね、キョウ。俺は大佐からの最後の命令――ここでお前らを足止めする、という任務に殉ずるつもりだ」

「ッ!?」


 コッドの奴、まさか死ぬ気でいるのか? 命を投げ出すことが平気なのか? ユウは、『あんな思いは二度としたくない』と言っていたのに?

 いや、大人と子供では考え方が違うのだろう。それは分かる。だが、『どちらが正しいのか』ということは分からない。


 アミは言った。『命は繋いでいくものだ』と。コッドは二人の子宝に恵まれたものの、その両方を失って、繋いでいく『命』を失ってしまったのだ。

 そのアミは虫の息で、俺はコッドと生と死の渡り合いをしている。ユウはといえば、生きているのか否か、とても確定できない状態だ。

 先ほどからスピーカーが沈黙しているところを見るに、元々の電子チップを搭載しているユウは、こちらの様子を窺っているのだろう。もう一人のユウは、未だに気を失ったまま。横たわっているので、銃撃戦に巻き込まれる恐れはないだろう。


 微かな気配を感じて、俺はカプセルの陰から飛び出した。


「コッド……。コッドおおおおおおお!!」

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