第18話

 俺は半ば任務放棄で、階段を駆け上がる。踊り場に立ち、片手を壁につきながら、ヘッドセットのマイクに怒鳴りつけた。


「ユウ! 一体何をやっている!?」


 すると、冷えた調子でユウは答えた。


《お兄ちゃんのヘッドセットに無線でハッキングしてる。それから、各チームの隊長が着けたヘルメットのカメラ映像も》


『助かったでしょう?』と、落ち着き払った調子を崩さないユウ。


「お前……。お前は、一体……」


 俺は戦慄していた。俺が知る限り、ユウはジャンクのボディと、居住フロアの照明や映像機器の操作しかできなかった。飽くまでも、戦闘に関わることはできなかったはずなのだ。

 それなのに、今やユウは、俺たちの作戦を誰よりも俯瞰的に、広域的に、しっかりと把握している。


 ユウは、進化している。それも、俺の知らぬ間に、とんでもないスピードで。

 俺は恐れた。このままでは、ユウは機械と一体化してしてしまうのではないか。


「ユウ、今すぐ回線を切れ。作戦に干渉するな!」

《どうして? 私はお兄ちゃんたちの手伝いを――》

「お前はどうなる!?」


 拳を壁面に叩きつける。


「俺は、お前の身体を元に戻すために戦ってきたんだ。それなのにお前は、どんどん機械に呑み込まれてる! 俺の戦いはどうなる? それに、お前だって血の通った身体に戻れなくなるぞ!」


 僅かな沈黙。階下から響いてくる銃撃音が、徐々に収束していく。それは分かったが、俺は今すぐ部隊に戻ることができなかった。ユウの返答を受け止めなければ。

 しかし、それは呆気ないものだった。


《お兄ちゃんがそう言うなら》


 するとブツリ、という断絶音がして、ユウの声は聞こえなくなった。

 自分でも、息が上がっているのが分かる。それはもちろん、戦闘による疲弊からではない。


「タカキ准尉!」


 呼びかけられた。生身の人間の声に、思わずびくりと肩を上下させた。


「何をしている? 作戦は未だ継続中だ、すぐに戻れ!」


 チーム・ブラボーの隊長に怒鳴りつけられ、俺は慌てて身を翻し、地下十二階に戻った。


         ※


 それから数時間後。

 俺とアミを残して、チーム・アルファ、ブラボーの隊員たちはパールフロート経由でGBA支部に戻っていった。負傷者には、パールフロート内で緊急処置が為されるらしい。


「お兄ちゃん、お疲れ様」

「ああ……」


 俺は心ここにあらずの体たらくで、アダムとイヴを弄びながらぼんやりしていた。アミはガラクタの山から引っ張り出したソファに腰を下ろし、俺とユウを見つめている。


「ほら、お兄ちゃん」


 ユウはただ気分で声をかけてきたわけではなかった。夕飯の載ったトレイが、俺の目前に差し出されている。


「おいキョウ、晩飯食わないのか? あたしが食ってやってもいいぞ」


 とうに自分の分を平らげたアミが、ふざけ半分、苛立ち半分といった気配で問うてくる。


「悪い。後で食べる」

「分かった。冷蔵庫に入れとくね」


 聞き慣れた駆動音と共に、遠ざかっていくユウ。俺ははっとして顔を上げ、彼女の背中に声をかけようとした。咄嗟のことだ。俺を独りにしないでくれと叫びたかった。しかし、結局俺の声は音にならず、誰にも察せられることなく空気中に霧散した。


 その後しばらく、同じような状況が続いた。こんなに傍にいながらにして、これほど沈黙し続けたのは初めてかもしれない。アミはベッドに横になり、穏やかな寝息を立てている。

 その沈黙を破ったのは、このフロアに仕掛けられた通信機器だった。音声が天井の四方から響き、立体映像受像機が、等身大のスティーヴ大佐の姿を表示した。


《キョウ准尉、アミ准尉、先ほどはご苦労だった》


 視界の端で、アミが立ち上がる気配がする。いくら味方(すなわち俺)の考えを掴めていないとはいえ、上官の話を座して拝聴、というわけにはいかない。


「こちらの被害は?」


 俺に先んじてアミが尋ねる。


《死者六名、負傷者七名だ。チーム・ブラボーに被害が集中している。アルファは盾を装備していたからな、上階から爆弾を投げ込まれても、なんとか被害を抑えることができた。だが、ブラボーを襲った重量級ガトリング砲は止められなかった》


『これから追悼式典の日程を決めるところだ』と述べた上で、大佐は話題を切り替えた。


《ところで、隊長機と思しきジャンクを確保するのに成功した。会話機能は失われているが、解析はできる。今現在分かっていることを伝える》


 俺はぼんやりとした頭の中を、大佐の言葉が通過していく感覚を得ていた。それでも頭に残った情報は、『あのタコ状のクリーチャーは、ジャンクに生体チップを組み込まれて、基地への襲撃に使われた』ということだ。


「生体チップ?」


 訊き返したアミの方に頷いてから、大佐は説明を続けた。

 今、ユウのデータを搭載しているのは電子チップ。機械にデータを読ませるものだ。それに対し生体チップは、一度搭載されると、その生物の死と共に崩壊する。だからタコからチップは発見されず、『どうやってジャンクがクリーチャーを誘導したのか』がなかなか分からなかったのだ。


 その時、ある希望的観測が俺の脳裏をよぎった。

 もし、電子チップと生体チップに互換性があった場合、電子チップから生体チップに情報を丸写しできるかもしれない。そうすれば、ユウを生身の身体に縛りつけ、機械化を防ぐことができるかもしれない。

 生身の身体に戻してやれば、ユウだって今までの機械の身体よりも愛着を感じるはず。

 

 ユウはユウだ。唯一の俺の家族だ。このまま機械でいさせていいわけがない。

 最早、スティーヴ大佐の言葉など耳に入らない。俺は振り返り、自分の三次元映像投射機から、この構造物の地図を呼び出した。


《どうしたんだ、キョウ?》


 不思議そうに俺に声をかける大佐。だが、そんなことは気に留めない。気に留める余裕がない。アミも興味本位だろうか、俺と一緒に映像を覗き込んだ。


「何をしている?」


 そう言えば、アミには伝えていなかったな。


「俺がこの構造物の制圧に、たった一人で挑戦していたのは何故か、分かるか?」

「いや、あたしは聞いてない」

「大佐が提供してくれたんだよ、ある情報を。俺を兵士にする代わりにな」


 黙り込む大佐。俺は、緑色の映像を下へとスクロールさせる。そこには、地下二十階までしかなかったはずの構造物のさらに下に、地下二十一階が存在した。そこは何に使われていたかと言えば――。


「見ろ。地下鉄だ」


 無言のままの二人、いや、ユウも聞いているだろうから三人か。とにかく俺以外の面々が、俺が何を考えているかを測りかねている。

 俺は説明してやった。この構造物の地下二十階は、極秘の研究施設になっている。かつての大戦において、生物兵器開発の資料収集のため施設だ。ユウの身体を培養し、電子チップを搭載させることで生き返らせるというのが俺のプランだった。


 だが、俺はその目的を上方修正する。

 地下二十一階の地下鉄。これほど深くを、民間の地下鉄は走っていない。つまり、研究員たちが使っていた地下鉄である可能性が高い。今までは注目していなかったが。


 では、そんな地下鉄を使う研究員たちの研究対象とはいったい何か? 

 それこそが、生体チップであろうと俺は目星をつけた。


「大佐、俺に隠してましたね。生体チップのことも、その研究施設がこの構造物からそう遠くない場所にあることも」

《……》

「どうするつもりだ、キョウ?」


 神妙な口調でアミが尋ねる。


「まずは地下二十階を制圧し、研究成果を見せてもらう。それから二十一階の地下鉄に乗り込み、その終点をさらに制圧して、どんな手段がユウにとって最善か決める」


 今度はアミまでも黙り込んでしまった。

 俺は不思議と、大佐に対して怒りが湧いてこないことに気づいた。彼は俺を育ててくれた恩人であり、ユウ蘇生のための鍵をくれた人物だ。

 だが、そう思えば思うほど、どうして地下鉄や、その先にある研究施設のことを教えてくれなかったのか。


《いい推測だ、キョウ。だが、根拠はあるのか?》


 今更何を言うのか。昔の刑事ドラマで、犯人が必ず口にする言葉ではないか。


「根拠も証拠も必要ありません」


 俺はバッサリ言い捨てた。


「俺が行って、確かめれば済む話です」


 俺は改めて、地下構造物の立体画像を睨みつけた。


「大佐、地下鉄とその先にある研究施設のマップを追加してください」

「キョウ・タカキ准尉。上官として命令することもできるんだぞ? いくらでも、お前を妨害することだって――」

「やりたきゃやればいい」


 俺は我ながら、驚くほど落ち着き払った口調で言った。


「これらの施設を潰すことは、あんたたちには不可能だ。大戦後、再び生物兵器が開発された場合の対策を練るためにな。あんたの階級をもってしても、俺が無視すればそれまでだ。あんたにできるのは、裏口から刺客を送り込むことだろうが、俺を止められると思うなよ。こっちにだって作戦がある」

《キョウ、貴様……ッ!》


 俺は無造作にアダムを抜き、無造作に一発。通信装置を破壊した。これで、基地から俺の位置を探ることは不可能になった。


「本気か、キョウ?」

「アミ、お前はここでユウを守ってくれ」


 そう言って階段へと向かおうとした俺の背中に、ユウの声がぶつかった。

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