第17話

「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 荒い息をつくアミに、大佐がそっと近づく。後ろからアミの肩に手を載せながら、『大丈夫か?』と尋ねると、アミはぐっと頷いて振り返った。


「キョウ、お前はアミを護送しろ。念のためだ」

「はッ」


 俺は短く敬礼してから、アミに改めて無事を確認しようとした。が、それは大佐の役割だし、既に終わってしまった。仕方ない。


「肩、貸すか?」

「いや、問題ない」


 まあ、本人が問題ないというのなら本当に問題ないのだろう。だが、俺には気になる点が一つ。


「なあアミ、難癖をつけるつもりじゃないんだが……。お前、どうして最初から突入しなかった? もしそうしていれば、犠牲者も少なくて済んだかもしれないし」

「……お前には関係ない」


 関係ない、だと?


「あるだろう!」


 俺は階段の踊り場で、アミの前に立ち塞がった。


「人が死んでるんだぞ?」

「それはそうだろう。これは戦争だ、違うか? キョウ」

「でも、お前がもう少し早く突入していたら――」

「黙れ」

「ッ」


 俺は思わず、後ずさりした。視界に入るもの全てを斬り捨てるような殺気が、アミから発せられている。


「これはあたしと大佐の問題だ。お前は首を突っ込むな」


 そう言われて、俺は黙り込むしかなかった。


         ※


 翌日。

 俺たちはパールフロートに乗っていた。件のジャンクたちを制圧するため、俺、アミ、スティーヴ大佐を含めた一個小隊が派遣されることになったのだ。総勢二十名。俺とアミ以外の全員が、同規格の自動小銃を手にしている。弾倉は主に通常の徹甲弾が籠められているが、念のために対クリーチャー用弾頭の弾を準備している者もいる。


 作戦はこうだ。

 まず、チーム・アルファが、俺たちが以前踏み込んだのと同じ扉から突入する、と見せかける。

 ジャンクたちの注意がそちらに向いた瞬間を狙って、チーム・ブラボーが地下十二階の床から十三階の天井までを爆破・貫通し、降下して周囲のジャンクたちを駆逐する。

 二段構えの作戦だ。


 カプセルに横たわった俺たちは、例の地下構造物の上空から投下された。もうこの感覚も慣れたものだ。パールフロートが百八十度回頭するのを見上げながら、俺たちは緩やかに地面に吸い込まれていった。ちなみに、コッドは先行して、俺たちの到着を待っている。


「着陸誘導を頼むぞ、コッド」

《大佐とはちゃんと打ち合わせしてある。心配するな》


 交わした無線はこれだけだが、コッドがきちんとユウに配慮してくれたであろうこと、すなわち、俺の妹属性を上手く隠しておいてくれたであろうを、俺は確信していた。まあ、これは妹『属性』ではなく、本物の妹に対する愛情だと思うのだが。


 しばらくして、《着陸準備》の立体文字が表示される。次第に頭が上に、足が下にと姿勢が調製され、構造物の地上一階からゆったりと入っていった。いつも通り、中和剤が濃い泡でカプセルを覆う。それが晴れた頃には、数名の隊員たちに混じって、コッドが大佐と作戦の詰めの協議にかかっていた。


 他の者たちは、皆無言だった。自動小銃に加え、拳銃のカバーの滑りを確かめている。

 カプセルから降りると、足を踏み出すのがちょうどアミと一緒だった。カプセルは離発着時、周囲を防壁で囲まれるから、互いが隣同士にいたことが分からなかったのだ。


 アミは何故か、昨日タコのクリーチャーを倒した頃から機嫌が悪い。彼女も若くして地球に派遣された身なのだから、きっと語りたくない過去があるのだろう。そう思って、俺はアミとの無用な接触を避けることにした。微かに胸が疼いたが、それを情けないと叱責する自分もいる。色恋沙汰にボケている場合か、キョウ。


 最後の隊員がカプセルから降り立ち、拳銃の扱いに支障がないことを確認する。その終了を見届けてから、大佐は口を開いた。


「諸君、今日の殲滅目標はジャンク約二十機だ。そのうちの一機は隊長仕様だから下手に仕掛けるな。頭部に広域情報受信用のアンテナを装備している奴だ。発見次第、距離を取れ。分かったか?」


『了解』という復唱が響き渡る。それに満足気に頷いてから、大佐は『突入開始』と告げた。

 俺たちは駆け足で階段を降りていく。地下十階から先は、音を極力立てないように警戒を怠らなかった。

 俺とアミはチーム・ブラボー、すなわち天井から降下する方だ。


 地下十一階での、ワニとの戦闘を思い出す。が、今立ち向かうべきはジャンク共だ。過去に、既に駆逐したクリーチャーのことを考えても仕方がない。何しろ犠牲者が出なかったのだから、それでいいじゃないか。


《キョウ、アミ、聞こえるか?》

「はッ、大佐」


 チーム・アルファを率いる大佐から連絡が入った。


《せめてジャンクの一機や二機は生かしておいてくれ。いろいろと尋ねたいことがある》

「承知しています」


 そう、これについては、どうしてもジャンク共から尋ねなければならない。俺は頭部だけを狙うようにと、改めて自分に言い聞かせた。胸部のメインAIを生かしておけば、ジャンクから情報は引き出せる。

 そのまま地下十二階に降り立った俺たちは、乱雑に玩具の散らばったフロアの中央から離れ、壁に背をつけた。


 発破担当の隊員が、床面に爆薬を仕掛けていく。爆薬には疎い俺でも、その手際が極めて洗練されていることは察しがついた。

 すると、隊員は親指を立ててみせてから壁沿いに走り、掌をパーに大きく開く。カウントダウンだ。親指から段々と折り曲げていく。ちょうどグーの形に拳を握り込んだ直後、ゴォン、と地面が揺れた。


 砂塵の舞う中、ゴーグルを装備した俺たちは、床に空いた穴に殺到した。すぐに降下することはせず、上方からの銃撃を加える。

 一方の壁に向かい、戦闘体勢を整えつつあったジャンク共は、突然の天井崩落に虚を突かれた模様。こちらを見上げる前にハチの巣にされていく。

 かと思えば、最初の爆破で地下十三階から突入してきたチーム・アルファが、機銃掃射を始めた。作戦は上手く進行しているようだ。


 これなら人間に分がある。誰もがそう思っただろう。俺でさえそうだったのだから。

 そんな余裕をぶち破ったのは、俺の鼓膜を猛烈に震わせた絶叫だった。


《お兄ちゃん、避けて!》


 それが聞こえたのは、頭部に装着した野戦用ヘッドフォンからだ。誰の声なのかも分からずに、俺は慌てて、しゃがみ込んだ状態からバックステップ。ついでにそばにいたアミを引っ張り倒す。

 すると、数秒前まで俺たちがいたところが突然崩落した。下の階、すなわち地下十三階か銃撃を受けている。それも、天井を貫通するような大型銃器によって。

 ヴウウウウウウウン、とガトリング砲の甲高い音がする。アミの足元を掠めたのと同じ口径の弾丸が、直下から隊員たちに襲いかかる。


 地下十二階に展開していたチーム・ブラボーは、一瞬で混乱の極致に陥った。あちこちで悲鳴が上がり、怒号が飛び交い、ひたすらに下方へ向けて銃撃が為される。だが、こちらの銃器に階層をぶち抜く威力はない。

 上方、すなわち極めて有利な立地にいるにも関わらず、俺たちは一方的に下方からの攻撃を受けている。


「そういうことか!」


 俺は一つの可能性に思い当たった。ジャンク共は、光学センサーを潰される以前に、既に熱源探知センサーを当てにして戦っていたのだ。天井越しに人間の体温を読み取り、銃撃する。明らかに、こちらの手の内を読んだ戦闘スタイルだ。


《お兄ちゃん、聞こえる?》

「ああ! お陰で助かった」


 この時になって、ようやく俺は先ほどの『避けて!』という声がユウのものだと知った。


《そこから二時の方向、そこから爆弾を落とせばガトリング砲を止められる!》

「確かなのか?」

《信じて!》


 視線の先に、指示された穴があるのを確認した俺は、急いで発破担当の隊員に近づいた。すでに腹に一発喰らい、苦し気に呻いている。

 俺は『借りるぞ!』と一声かけてから、彼のバックパックに入っていた爆薬を抱え、爆破を五秒後にセット。これ以上動き回ることはせず、ユウに指示された穴に投げ込んだ。


 爆薬が地面に落ちたかどうかは定かでない。もしかしたら、ちょうど最大効果域だったのかもしれない。とにかく、あちこちの穴から熱風が噴き出し、それが地下十三階の酸素という酸素を燃焼材にして、ジャンク共を焼き尽くしたことは間違いない。


 そこまで考えが及んだ直後、俺ははっとして自分のヘッドフォンのマイクに怒鳴った。


「こちらブラボー! アルファ、損害は?」

《アルファよりブラボー、我々は突入直前につき、負傷者なし。そちらの損害を報告せよ》


 俺は淡々と自らを律しつつ、死傷者の数を報告した。だが、腑に落ちないこともある。

 どうしてユウは、こちらの状況から俺たちに指示できたのだろう? 無論、その場にいなかったはずなのに。


 まさか――。

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