第16話
ヴーン、ヴーンとスピーカーが絶叫する。この基地全体の壁を、床を、天井を震わせるような勢いだ。それだけ耳を圧するような警報音だった。
「畜生!」
警報に負けじと、大佐が叫ぶ。執務机のコンソールを操作すると、背後の壁が展開し、多数の銃器がラックに掛けられているのが見えた。
「お前ら、武装は?」
唾を飛ばしながら、再び叫ぶ大佐。これは偶然かもしれないが、俺もアミも、自分の得物は既に身に着けていた。大佐はバレルの長い自動小銃を手に、専用の円形弾倉を身体に巻きつけた。
「キョウ、弾丸は?」
「予備弾倉が五個!」
「アミ、遠距離武器は?」
「手裏剣が八つ!」
「よし!」
確認を終えた大佐は、すぐさま執務机のマイクを手に取った。
「CICへ、こちらスティーヴ・ドウェイン大佐。警報を探知した。どこで何が起きている?」
《地下のクリーチャー研究フロアより緊急連絡! 謎の巨大生物が地中より出現、研究員たちを襲っています!》
CICとは、情報管理区画のことだ。被害状況は一旦そこに集められるらしい。
「屋内の戦闘員を招集しろ。全員、一人残らずだ。直ちに現場へ――いや、一階の大会議室へ集めろ!」
《CIC、了解!》
大佐の判断は正しいと、俺は思った。相手がどんなクリーチャーであるか、なんの知識もなく突撃するのは愚の骨頂だ。人類はそれを学ぶのに五十年かかった。会議の間に非戦闘員の犠牲が増える可能性もあるが、やむを得ない。
俺たちは、まだ電源の生きているエレベーターで三階まで降りた。そこにあるのが、この施設最大の会議室だ。
「状況は?」
勢いよくドアを開けて入ってきた大佐に、皆が立ち上がって敬礼する。
「情報管理官!」
「はッ! こちらをご覧ください」
彼は両手でウィンドウを広げ、広い壁面にさっと投げ飛ばすような所作を取った。立体映像が、壁面をスクリーンに展開される。
しかし、九つに分かれた映像(違う監視カメラの映像を映しているようだ)は、そのいずれもが砂嵐状態だった。
「何も見えんじゃないか!」
怒声の中に冷静さを込めて、大佐が言う。
「二分ほど前に、一斉にダウンしました。恐らくは外部からではなく、内部からの干渉と思われます」
「なんだと?」
アミは正しかった。きっと解析中だったジャンクは、解析機器からこの施設の回線に侵入し、監視カメラを塞いだのだろう。それが内部からの干渉というやつだ。そこにクリーチャーを誘導し、パニックを広めるつもりなのか。人類はまたも、遅きに失した。
人類最後の砦、というにはあまりに大袈裟だが、世界中に配されたこのGBA支部の場所がジャンク共に知られたのはマズい。すぐにあの構造物の地下十二階に戻り、ジャンク共を一掃すべきだ。が、その前に、ここに攻め込んできた謎のクリーチャーを駆逐しなければ。
待てよ。おかしい。この施設の場所を知ったのはジャンク共のはず。何故クリーチャーが攻め込んでくる? もしかしたら、ジャンクがクリーチャーを操っているのか?
俺はアミに肩を叩かれ、はっとして振り向いた。
「何ボサッとしてるんだ、キョウ! 一階が占拠された! 奴ら、ここまで上がってくるつもりだぞ! あたしたちが食い止めなきゃ!」
「お、おう!」
俺は我ながら見事な手捌きで、二丁の拳銃と手榴弾、それにコンバットナイフの状態を確認した。
※
結局、俺たちはクリーチャーがいかなるものか、全く不明のまま立ち向かうことになった。
「廊下の照明は当てにするな! 各員、銃器のライトを使え!」
ジャンクの破壊作業は、既に完了している。しかし、遅効性コンピュータ・ウィルスが仕込まれていて、施設内の照明が一斉に消される可能性もある。大佐はそれを危惧したのだ。
俺たちは、地上二階への階段を駆け下りていた。非常階段だけあって、クリーチャーの姿は目に入らない。
「B班、二階を探れ。A、C両班は地上一階へ突入する」
大佐がマイクを通し、小声で告げる。誰もわざわざ『了解』と応答はしない。
一階の扉の前に着いた俺たちは、皆が異臭に顔をしかめることになった。間違いない。クリーチャーが、いる。
先頭の隊員が手信号を送る。一斉に足を止める俺たち。ごくり、と唾を飲む音がする。
俺たちは銃口を扉に向け、援護準備完了の意志表示をする。俺の隣で、アミが手裏剣を取り出す鋭利な気配がする。
突入隊員が足を思いっきり振り上げ、足の裏を扉に叩きつけようとした、その時だった。
「ぐは!?」
隊員の背中から、槍が飛び出してきた。
「この野郎!」
両脇の隊員が、扉に向かって銃撃する。しかし効果は皆無。腹部を貫通された隊員が、上下左右に振り回される。すると唐突に、扉がこちらへ弾き飛ばされてきた。慌てて伏せ、頭部を防御する俺たち。
その扉のなくなった向こうに、ぬらり、と不気味な光を照り返すクリーチャーの姿が見えた。超巨大なタコのようだ、と俺は思った。だから粘液で身体を覆っているのか。乾燥を防ぐために。
すると、意図的に合わせたかのように、照明がいっぺんに消えた。俺たちの自動小銃や拳銃に取り付けられたライトが、暗闇をくり抜く。その頃には、すでに銃撃は始まっていた。
すると、タコは串刺しにした隊員をずるり、と床に押しつけ引きずった。そして、のしかかるように覆い尽くし、八本足の中央にある口を押しつけた。アダムを連射していた俺には、見えてしまった。牙だ。このタコには牙がある。
既に事切れていたことが、件の隊員にとっては幸いだっただろう。ぐちゃりぐちゃり、と生々しい音を立てながら、タコは隊員に食らいついた。粘液に混じって鮮血が飛び散り、床に広がっていく。
マズルフラッシュが瞬くが、効果が現れない。その間にも、数名の隊員が首を絞められ、引きずり回され、あの凶暴な牙の犠牲となった。
「止むを得ん、手榴弾! 手榴弾だ!」
大佐が呼びかける。距離を取り、牽制射撃をする隊員たちの後ろで、俺は手榴弾のピンに指をかけた。
「投擲!」
俺はピンを抜いてから、思いっきり投げつけた。急いで、しかし冷静に後ずさる。人間の姿がなくなったのを怪しんだのか、タコが触手を伸ばしてくる。その付け根で、手榴弾が炸裂した。足が数本、千切れ飛ぶのを俺ははっきりと見た。
手榴弾によるダメージを目にして、俺は愕然とした。今使用したのは、GBA規格の無煙手榴弾。すなわち極めて高い打撃破壊力を有する兵器だ。にも関わらず、タコの足が、弾き飛ばされた部分から生えてくる。異様に硬度化した爪状の部分も含めて。
「おい、いい加減毒が回ってくるはずじゃないのか!?」
誰かが叫ぶ。その声に、俺はじっとタコの体表を見た。そして再び、今度は絶望をもって驚嘆した。
弾丸は、粘液の膜に食い止められていたのだ。これでは毒素が回らない。
すると、アミが腰を上げた。俺と同じことを考えていたらしい。しかし、次にアミが取った挙動は予想外だった。刀を、両方共鞘から引き抜いた。見上げると、苛立ちと怒りの混じったような表情をしている。
「アミ、お前まさか――」
「援護しろ!」
そう言い捨てて、俺たちを置き去りにする勢いでアミは駆け出した。
『大佐の指示を待て!』と言いかけた。だが、大佐はそれも計画の内であったかのように、『総員、カヤマ准尉を援護しろ!』と一言。
アミはかつて見せたように、しかしそれよりも圧倒的な気迫で、身を回転させながら突っ込んだ。タコの足は二刀流でバシリ、バシリと斬り飛ばされ、呆気なくアミの接近を許していく。
クリーチャーの倒し方は二つ。毒素が回るのを待つか、脳を破壊するか。前者に見切りをつけたアミは、後者に懸けたらしい。
「はあああああああ!!」
身を捻りながら、あれよあれよという間にタコの足を弾いていくアミ。最早、誰もが援護を諦めて呆然と見つめている。
アミは左腕の刀を投げつけ、タコの頭部に突き刺した。そのまま接近し、
「とっ!」
と勢いをつけて跳ぶ。刺さっていた刀の柄に足をかけ、二段目の跳躍。そして、右腕に握らせていた刀を両手に持ち替え、
「くたばれえええええええ!」
急転直下、アミの刀は滑ることなく、タコの脳天を貫通した。
ギイッ、と短い悲鳴を上げて、タコはのたうち始めた。アミは滑り落ちそうになりながらも、その手足を踏ん張って、ジリジリと刀を深く、深く刺し込んでいく。
「くっ!」
アミは無理やり、柄まで刺さった刀を捻った。仕留めたと判断したのか、粘液で全身ベタベタになりながらも、こちら側に滑り落ちてくる。先ほど投擲した刀を引き抜き、バックステップで距離を取ってから両手で構え直す。
その呼吸は今までになく苦し気だったが、俺たちがより注目したのは、そんなアミの身体能力だった。
「す、すげえ……」
俺が呟いた直後、大佐が叫んだ。
「アミ准尉、後退しろ。後の処理は任せてくれ」
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