第15話【第三章】

 あっという間に眠りに落ちてから、しばしの時間が経過した。昼間っから爆睡してしまったが、今は何時だろう。


「ん……」


 俺は、ご丁寧にも枕元に置かれた時計に目を遣った。午後七時四十六分。まあ、睡眠時間としては妥当なところか。

 起床後の指示は特に受けていない。一旦スティーヴ大佐の元へ訪れるべきだろう。その前にシャワーか。


 改めて部屋の中を見回す。八畳ほどの個室だ。飾りっ気のない、しかし穏やかな薄いブラウンの壁、床、天井は、どこか俺に落ち着きを与えてくれた。人体心理学に基づいてのことだろう。


「よっと」


 ベッドから跳ね上がるように立ち上がり、ぐっと伸びをすると、シャワールームへの扉を見つけた。すげえ、流石に個室だとは思わなかった。


「有り難いもんだ」


 そう呟いて、着替えを箪笥から取り出し、シャワールームへ続く蛇腹状のカーテンを引き開ける。


「……」

「……」


 さっと閉めた。何故だ。何故アミがここにいる。しかも一糸まとわぬ姿で。

 俺が取り得る手段はただ一つ。アミが正気に戻る前に、可能な限り距離を取ることだ。取るものも取り敢えず、俺は一直線に自室の出入り口へと向かった。眼球の網膜上にある毛細血管が鍵の代わりだ。《スキャン中》の表示が浮かぶ。急いでくれ!

 ピコン、と音がしてドアがスライドし、慌てて俺は身体を滑り込ませようとする。だが、空を斬る気配とシュトッ、とドアに刺さった手裏剣を見て、諦めた。逃げきれない。


「ひ、ひぃ……」


 俺はその場にぺたんとへたり込み、審判が下されるのを待った。ただし、目を閉じようとはしなかった。たとえ最期の瞬間になったとしても、敵から目を離すべきではい。そんな軍属根性が作用したようだ。


 アミは鎖骨のあたりからバスタオルを巻き、浴槽に立てかけていた刀を手にして 一歩、摺り足で距離を詰めてくる。まさか味方に殺されるとは思わなかった。直後、ヒュッと空を斬る音がして、俺は思わず『ぐっ!』と声を出してしまった。


 しかし。


「あ、あれ……?」


 振りかざされた刀は、ポコン、と俺の頭を叩く程度の威力しかなかった。鞘から抜かれていなかったのだ。


「ど、どうしたんだ、アミ?」


 するとアミは、その場に膝をついて正座し、手先を綺麗に合わせて頭を下げた。


「すまなかった、キョウ」

「な、何が?」


 って、その前に服を着てくれ。この角度からだと、見えるか否か際どいぞ。

 すると俺の心の叫びが通じたのか、アミはぼそりと一言。


「少し向こうを向いていてくれ。服を着る」


 どことなくデジャヴを感じつつ、俺はあぐらをかいて背を向けた。


「もういいぞ、キョウ」


 振り返ると、いつものライダースーツのジッパーを閉めるアミの姿があった。


「じゃ、じゃあ説明してもらおうか。どうして俺の部屋のシャワーを使っていたんだ?」

「本当は、お前が起きているうちに話しておくべきことだと思ったんだが、あたしが訪れた時には施錠されてもいなかったし、お前自身も爆睡していた」


『なんだか起こすのも気が引けてな』とアミは続ける。


「なんだ、だったら俺を叩き起こせばよかったじゃないか」

「そうもいかなかったんだよ」


 アミは微かに頬を染めてから、


「お前の寝顔、なんだか可愛かったから……」

「は?」


 ザ・爆弾発言。俺は自身の身体が灰になって消え去っていくような錯覚に見舞われた。

 なんて威力だ。俺は廊下にまで、後ろ手に廊下に引き下がった。廊下の壁にへばり付き、アミを見つめる。


 そうか。俺の寝顔がどんなものなのか、自分では想像がつかないが、とにかくアミも身体を洗っておくべきだと思ったらしい。だからって、俺の部屋のシャワーじゃなくてもいいだろうに……。


「と、とにかく出てくれ。俺もシャワー使いたいからな」

「分かった」


 アミは俯き加減のまま、俺とすれ違うようにして部屋を出ていった。


         ※


 二十分ほど後のこと。

 ゆっくり湯に肩を沈めていた俺は、風呂から上がって制服に着替えていた。そういえば、アミは今の服装でいいのだろうか? 上官を訪ねるのにライダースーツというのは。

 まあ、叱責されるのは俺ではあるまい。気にしないことだ。俺はそのままスティーヴ大佐のところに向かうことにした。


 この施設にいる限り、ノックという動作は必要ない。各部屋ごとにインターフォンが設置されているのだ。俺はボタンを押し込み、小型マイクに口を寄せた。


「スティーヴ大佐。キョウ・タカキ准尉、アミ・カヤマ准尉、参りました」


 するとスピーカーからは、


「おう、入ってくれ」


 という声がした。いつものように朗らかな、と言いたかったが、今の声音にはどこか、濁りがあるように聞こえた。


 スパッ、と勢いよくスライドドアが開き、大佐の執務室が露わになった。

 内装の素っ気なさは俺の部屋と同じ。だが、広さは十畳あり、ソファやらテーブルやら緊急回線用のケーブルやらがところどころに配されている。睡眠器具はない。どうやら、飽くまでここは『執務室』であり、プライベートルームではないということか。


「失礼します」


 俺とアミは、ゆっくりとブラウンの硬質な床に足を踏み入れた。

 大佐はと言えば、一番奥の執務机で無煙煙草を吹かしながら、ある資料に見入っていた。今時珍しい、紙製の資料だ。よほど気密性が高いものと見える。


 上の空状態の大佐に向かい、もう一度俺とアミは名乗った。すると、大佐ははっとして『おお、すまない』と一言。資料を置き、飲み物を勧めてきた。俺たちは有難く、アイスコーヒーを所望する。


「さ、適当に座ってくれ」


 俺とアミは、低いテーブルを挟んで配されたソファの、同じ側に腰を下ろした。

 旧式のコピー機が唸りを上げる。印刷が完了するまで、大佐は栄養ゼリーパックに口を遣っていた。口調から察した通り、しかめっ面で。


 やがて、コピー完了の通知と共に、大佐は俺とアミの元へ、一組ずつ資料を滑らせた。同時にカタン、カタンとアイスコーヒーのグラスを置く。


「恐れ入ります」

「気にするな、キョウ。それよりこいつだ」


 大佐はまた一層と眉間に皺を寄せながら、資料の表紙を叩いた。

 タイトルはずばり、『現在正規活動中の戦闘ロボットの有無に関するGBAの見解』。


「まあ長いタイトルだが、要はこういうことだろう? キョウ」

「はッ。おっしゃる通りです」


 ふむ、と頷く大佐。


「私もつい先ほど目にしたばかりの資料だ。コッド・ウェーバーが持ち帰ったジャンクの残骸から、今の時点で分かったことをまとめてある」


 要点はこうだ。

 確かに、ジャンクにならずに済んだ戦闘ロボットの存在可能性は十分あること。

 しかし、相手が嘘をついている可能性も捨てきれないこと。

 嘘だった場合、ロボットたちに協力しなければこちらが殺されかねないということ。


『これは私見だが』と前置きして、大佐が語り出した。


「戦闘ロボットたちと異なり、君たち戦闘員は二人として同じ人物を鍛え、創り出すことのできない存在だ。ジャンク共のブラフに引っ掛かるのを、みすみす見逃すわけにはいかん。となれば、一個小隊を君たちと共に潜入させ、一気に殲滅を図るのが無難かと思うが、どうだ?」


 俺は顎に手を遣り、唸った。

 確かに、大佐の理屈には隙がない。そもそも、ジャンクの隊長機が突然言い出したことなのだから、簡単に信用することはできないだろう。だが、だったら俺たちを生かして帰したのは何故だ?

 まさか。


「より多くの人員をこちらに裂かせた上で、自爆するなりなんなりして、被害を大きくするという腹では?」

「確かに、ジャンク共はクリーチャーと人間の両方を敵視している。もしAIが生きているジャンクだったら、そのくらいは考えるだろうな」


 しばしの沈黙が、大佐執務室を満たした。


 それを破ったのは、今まで言葉を発しなかったアミだ。


「大佐、一つ考えついたのですが」

「何かね? アミ准尉」

「もしかして、ジャンクの残骸をここに持ち込んだこと自体が罠では?」

「どういう意味だ?」


 俺はアミを小突いたが、無視された。


「この仙台支部は、北半球極東部の司令塔です。そこになんの目的もなく、自分たちの味方を運び込ませるとは考えづらいかと」


 次の瞬間、俺と大佐の両方が、口を開けたまま固まった。


「!」


 大佐は勢いよく机に向かい、その上のヘッドフォンを自ら取り付けた。


「戦闘ロボットの解析はどこまで進んでいる?」

《……大佐殿、現在はまだAIとその補助システムしか解析できておりません》


 ダン! と大佐は両手を机に着いた。


「戦闘ロボットの残骸は、思考部分も含めてすぐさま放棄しろ! いや、跡形なく破壊しろ!」

《そ、それはどういう――》

「責任は私が取る! 急げ!」

《は、はッ!》


 この場にいる三人の胸が、焦燥感に焼かれていく。その直後だった。別回線からの非常警報が鳴り響いたのは。                                                                                                                     

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