第14話

「おう! 大変だったな、キョウ!」


 こちらに振り返りながら、鷹揚に声をかけてきたのは、俺の直属の上官であるスティーヴ・ドウェイン大佐だった。歩み寄りながら、手を差し出す。


「大佐!」


 俺は自分も緊張が解けるのを止められず、半ば駆け寄るようにしてその手を握り返した。


「わざわざ来てくれたんですね!」

「まあな。愛弟子に久々に会えると思えば、時間くらい作るさ」


 パチンパチンと掌を打ちつけ合う俺と大佐。

 大佐とは長い付き合いだ。俺たちの出会いは、俺が家族を失って、引き取り手の親族もなく、絶望の淵に立たされていた時のこと。まだ幼年だった俺に、『妹さんだけでも助けてみないか』と打診してくれた。そして俺に訓練環境・学習環境を与えてくれたのだ。

 ユウを助けるという目的で俺が地球に降りる、という事実は、俺と大佐との間の『密約』だ。


 俺は気になっていたことを一つ、尋ねることにした。


「大佐」

「どうした? 急に暗い顔をして」

「俺……じゃない、自分は大佐のご期待に応え得るだけの役割を果たしているでしょうか?」


 本来、あの地下構造物は、俺が一人で叩き潰すつもりだったのだ。そこにアミという超強力な支援要員まで遣わして、迷惑をかけているのではないだろうか。

 だが大佐は、それは俺の杞憂だと一蹴した。


「命令系統に少しゴタゴタがあってな……。本来なら、お前とアミは同時に派遣される予定だったんだ。お前が気にすることではない。それとも、アミの戦闘能力に不満があるのか?」


 純粋に尋ねかけられ、逆に俺は引いてしまった。


「え? あっ、いえいえ! 決してそんなことは。逆に、どれほど彼女に助けられたか」


 ふと、アミの姿にミキの面影が被って見えた。それを、首を勢いよく振って追い払う。

 まあ、本部のゴタゴタが原因ならば仕方がない。それをカバーするのも、前線の兵士の役目だ。事実、アミが来る前までは、俺一人で対処できる敵しか出てこなかったのだし。


「ならば問題あるまい? お前は自分の身の安全だけを気にしていればいいんだ。残りの地下階層は?」

「地下十三階から二十階です」


 大佐は大きく頷きながら、腕を組んだ。


「アミ准尉とは、今後も組んでもらう。コッドにも、定期的な支援を行わせる。他に何か必要なものは?」

「いえ、問題ありません」

「了解だ。仙台支部到着まで、ゆっくり休んでくれ」


         ※


「おう、どうしたんだ、キョウ?」


 座席から振り返るように、アミが声をかけてくる。


「いや、久々に会ったもんでな。積もる話があったのさ」

「ふーん」


 既に飽きてしまったのか、アミはすぐに顔を逸らしてしまった。その向こうには――。

 まず目に入るのは、薄い黄色を帯びた水滴だ。これぞ酸性雨。pH1.2を誇る、強酸性の液体。それが空から、見る度に振ってくる。そのまま見上げると、先ほど同様、濃い積乱雲と、その隙間を縫う雷、それに僅かな隙間から差し込む日光が見えた。しかし、時間も時間だ。日は既に沈み始めている。

 かつては夕焼けといって、太陽が真っ赤に染まり、雲に陰影ができて、実に美しい眺めだったそうだ。それが、雲と落雷のせいでこんな不気味な様相を呈している。

 俺はぼんやりしながら、音のないため息をついた。もうこの星は、人類に微笑みかけてはくれないのだろうか。


 そうだ。貴様ら人類ごときに、住める場所などありはしない。

 そう脳裏に響いてくるのは、ショッキングピンクで彩られた森林地帯上空に入った時のこと。どうして植物が変色したのかは『酸性雨から身を守るため』という、一応の説明がついている。

 しかし、よりにもよってピンクとは。灰色の雲と相混じって、気色悪いことこの上ない。


 まったく、こんな光景ばかり見せられてはため息の一つもつきたくなる。周囲の座席には俺とアミ、コッド、それにスティーヴ大佐が乗っている。ううむ、前者二人はいいとしても、上官の前での無礼は慎まなくては。俺はため息をごくりと飲んだ。


《目標地点到達まで、残り三十秒》

「よし、諸君、もうすぐだぞ」


 スティーヴ大佐が、声をかけながらシートベルトを確認する。俺たちもそれに倣った。

 旋回を始めたパールフロートの中で、俺はじっと外を眺めた。大きな建造物がある。底面が広く、上に行けば行くほど狭くなり、途中で途切れている。ちょうどピラミッドをある地点から真横にぶった切ったような形だ。

 その屋上に当たる部分に、パールフロートは着陸を試みている。軽く振動する船内。ふと、火星での沈没事故が思い出される。この空間からは、逃げられない。俺は僅かに、肩を震わせた。すると、ベルトで固定した俺の手の甲に何かが触れた。人間の手だ。腕の主を見上げてみると、


「大丈夫か、キョウ?」


 アミだった。俺は短く『ああ』と答えてぎゅっと拳を握りしめた。幸い、コッドも大佐も前席なので、この光景は誰にも見られていない。弱音は禁物だ。ましてや、これから乗り込むのは魑魅魍魎の跋扈する場所ではなく、俺たちの前線基地なのだ。心配する方がおかしい。


「……悪い」

「気にするな」


 こちらに横顔を向けたままのアミ。一体何を考えてるのだろうか。いや、詮索はなしだ。過去の傷の舐め合いをしても仕方がない。

 仙台支部の広大なヘリポートに降り立ったパールフロートから、俺たちはタラップを駆け下りた。ジャンクはコッドが担いでいる。下の階への入り口は、ちょうどパールフロートの右翼の陰になっている。酸性雨に当たる心配はなさそうだ。俺たち四人は、早速GBA仙台支部へ足を踏み入れた。


         ※


 まずは、コッドが先頭に立った。ジャンク解析作業の監督にあたるらしい。先ほどの看護師が二人で、ジャンクの載った担架を運んでいく。


「それじゃ、終わったら連絡するからな」

「了解」


 コッドは恐らく、軍属ではないのだろう。礼はピッと頭を下げるに留め、看護師たちについていった。


 さて、ここでもう一つ、俺の胸中には疑問が湧いてくる。


「大佐」

「ん、どうした?」


 大股で闊歩する大佐に小走りで追いつきつつ、俺は尋ねた。


「どうして俺やアミを連れてきたんです? ジャンクの不自然な挙動についてでしたら、後ほどデータをくださればこちらでも対処できるかと」

「そこなんだよ、問題は」


 歩幅を緩めず、大佐が語りだす。


「まずはここだ。司会は私が務めるから、自分の経験をとくと語ってほしい」

「どういう意味です?」

「こういう意味だ」


 大佐が観音扉を開けると、そこには大学の大教室に似た造りの部屋があった。扇形に座席が広がり、段々畑のように、奥へ行けば行くほど席が高くなっている。段々畑など、地理の勉強をしていた時に見かけたくらいだったが。

 次に気になったのは、人だ。老若男女問わず、席は完全に埋まっていた。立ち見の人もいる。


《紹介が遅くなった。彼が我々GBAのエース、キョウ・タカキ准尉だ》


 大佐がマイクに吹き込むと、皆が一斉に立ち上がり、敬礼した。俺は一瞬度肝を抜かれたものの、まあそういうことか、と納得した。返礼すると、すかさず大佐が『皆、座ってくれ』と群衆を促す。


《ではタカキ准尉、頼む。君の経験談を》


 俺は軽く咳払いをしてから、カプセルに乗ってきた件は省いて、カブトムシとの戦闘の話から始めた。


 連中は、意外なほどすばしっこいこと。

 最期まで闘争心を失わないので、倒したと思っても正しく死亡を確認すること。

 ジャンクを相手にした際の、音響閃光手榴弾に関すること、などなど。


 一通り話すと、案の定、この部屋のあちこちから手が挙がり始めた。


 曰く、やはり通常の弾頭では歯が立たないのか、ということ。

 曰く、クリーチャーとジャンクを相手にする時の差異はあるのか、ということ。

 曰く、耐酸性雨用の装備をしたらやはり戦いにくいのか、ということ。


 俺は、自分の知る限りのことを話した。とりわけ、警戒を中途半端に解くな、という点について。


「自分の身を守ること。そのために全力を傾注すること。この二点に尽きます。他、質問は?」


 全員に、俺が最も言いたかったことが伝わったらしく、あたりは再び静まり返った。

 大佐の方へ振り返ると、大きく頷いてみせてから大佐がマイクを手に取った。


《あー、諸君! これにてタカキ准尉への質問受付を終了する! 尋ねそびれたものは、総務課を通して准尉へ申し出ること! 分かったか?》


 すると、海辺に波が打ちつけるような音を立てて、全員が立ち上がった。ザッ、と敬礼する兵士たち。俺はそれに返礼してから、大佐と目を合わせる。小声で『ご苦労』と言われたので、少しばかり休むことにした。

 廊下で出会った研究員に場所を尋ねると、


「キョウ・タカキ准尉ですね! お連れ致します。こちらへ」


 と親切丁寧に対応してくれた。さて、ひと眠りだ。

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