第13話
「お帰りなさい、三人共!」
「うわっ!?」
ユウのいるフロアに上がると、ジャンクが俺に抱き着いてきた。中身はユウなのだが、残念ながらジャンクの身体では、相手の温もりを感じることはできない。
「今日は帰りが遅かったから、どうしたのかと思って心配で……。そうしたらコッドさんが来てくれて、お兄ちゃんたちを助けに行ってくれたの!」
なるほど。ここまではコッドに聞かされていた通りだ。
ここに至って、いくつかの疑問が湧いてきた。俺はそっと肩を押し返してユウから離れ、コッドに向き直った。
「なあコッド、あんた、どうして――」
と言いかけたその時だった。
「よかったじゃん、ユウ。あんたの兄さん、ちゃんと帰ってきて」
アミがニヤニヤしながら、ユウを眺めている。するとユウは、キッとアミの方へ顔を向けた。恐らく、睨みつけたつもりなのだろう。
「あなたには関係ないでしょ、アミさん」
「関係あるって! ここの施設、どうにも匂うんだよねえ……。一個小隊が投入されてもいいくらい、クリーチャーやジャンクがうようよしてる。それなのに二人! あんたの兄貴とあたしの二人だけだぜ? 組織的に怪しいじゃないか? まあ、ここは持ちつ持たれつ、仲良くやろうってことさ」
感情的になっていたユウは、アミの理論武装の前に呆気なく撤退を余儀なくされた。
ユウはまたもやむすっとしている。人間だったら唇を噛んでいるような状態だろう。
一応の決着がついたであろうことを察し、俺は再びコッドに向き直った。
「二つほど尋ねたいんだが」
「ああ、なんなりと」
コッドはよっこらしょ、と床にあぐらをかいた。俺も同様にしながら、手渡された栄養ゼリーのパックを空ける。
「何から話す?」
「まず、どうして今、このタイミングであんたがここにいる? 週一で来てくれるんじゃなかったのか?」
「邪魔したか?」
「いや、助かったが……」
するとコッドは、自分が乗ってきたカプセルを振り返った。中和剤がぽたぽたと滴っている。
「たまたま近くを通ったんでな。これでも気に掛けてるんだぞ? あんたのこと」
「世話かけるな。悪い」
「いや」
本当に何のこともないような口調でコッドは答えた。
「もう一つ。ユウのことを知ったな?」
「ん? ユウってあんたの支援ロボットだろ? ジャンクをここまで修復するとは、あんたはメカニックとしても優秀なんだな!」
「い、いや」
思いがけず褒められて、俺はうなじのあたりを掻いた。どうやら、あのジャンクの中身が元々生身の人間であったということは、コッドには気づかれていないらしい。
「でも呼び方はどうかと思うぞ」
「呼び方?」
「お前、このジャンクに自分を『お兄ちゃん』って呼ばせてるだろ」
「ぶふっ!?」
俺は思いっきり噴き出した。
「ちょ、コッド、お前、何か誤解を……」
「まあ、人の趣味に言及はせんがな。気にするな、ロリコン相手の処世術なら心得ている」
『違う!』と反論したかったが、止めておいた。不審に思われるのを避けるためだ。こうなったら、ロリコンの汚名を被るしかあるまい。
「じゃあ次の質問だが、援護しに来てくれたのはいいんだが、このジャンクは何だ?」
俺はコッドの後ろに打ち捨てられたジャンクの方へ、顎をしゃくってみせた。
「ああ、こいつはサンプルだ」
「サンプル?」
ぐっと頷くコッド。
「話を聞いていたら、どうやら地下十三階は、組織化されたジャンクの巣窟だ。そうだな?」
俺も首肯してみせる。
「それは、ジャンクとしては実に珍しい言動だ。いや、この構造物にのみ見られた現象といってもいい。だからこいつをGBAの日本支部に輸送して解析してもらう。何が起こっているかを確かめたい。どうだ? お前も来るか?」
俺は思わず立ち上がった。
「是非とも連れて行ってくれ!」
突然響いた大声に、ユウもアミも振り返った。
「了解だ。ただ、セキュリティの都合上、俺に同行してもらえるのは二人だけなんだ。お前とアミの二人で大丈夫か?」
「ああ、問題な――」
問題ない、と言いかけて、背筋がぞくりとした。ゆっくりと首を回していく。するとそこには、両腰に手を当てたユウが立っていた。
「お兄ちゃん! 結果が分かったら私にも教えてよね! 隠し事はなし! 分かった?」
「ああ分かった! 分かったよ!」
「ほほう、随分と理想的な妹さんを演じているな、このジャンクちゃんは!」
『ジャンクちゃん』ってなんだよ、『ジャンクちゃん』って。
※
俺を一通りおちょくってから、コッドは通信を始めた。相手は、GBA日本の北東部にある仙台支部。これから俺、アミ、コッドの三人と首なしジャンクがカプセルで離陸するから、空中で拾ってほしいという旨の連絡をしている。
「ランデブーまであと三十分、出発は十分後だ」
俺とアミは『了解』と告げつつ、輸送カプセルの最終チェックに入った。万が一隙間があろうものなら、俺たちの身体はそこから溶解されてしまう。
「一番機、よし」
「二番機、大丈夫だ」
「三番機、オーケー」
「四番機も問題なし。ジャンクの詰め込み完了だ」
「じゃ、少し早いけど行きますかね」
俺は今回の指揮をコッドに任せた。彼の方がカプセルの扱いには慣れている。
蚕の繭のような形――実物など見たことはないが――のカプセル。それに背中を預けるような格好で、俺は足から乗り込む。それからシートベルトを締め、ボタンを操作すると、『ハッチ封鎖』の立体表示が現れた。バチリ、と全身の前側を覆うように透明なハッチが閉められる。
《それじゃ、お先に》
隣のカプセルに乗り込んだコッドのカプセルが、ゆっくりと浮き上がっていく。首をねじって見ていると、フロア天井が開放され、酸性雨が入り込んできた。そこからスポン、と反重力装置によって吐き出されるカプセル。次は俺の番か。
軽く上方から頭部を押さえつけられる感覚がして、次の瞬間には空中に寝かされていた。相変わらず乗り心地は快適だ。
しばし飛行する。目に入るのは、濃い灰色の雲、雲、雲。時折その隙間から、日光が差し込む。ああ、今は昼か。雷にも遭ったが、ハッチには防眩シートが貼られているので問題はない。ただ、その轟きには恐怖を覚えた。
一体俺たちは、どんな顔をして子や孫に地球を見せていくべきなのだろう。
少なくとも、『人間は地球に追い出された』と告げるのはあまりに情けない。かく言う俺も、火星生まれの二世であるわけだが。
《見えてきたぞ。『パールフロート』だ》
コッドの声に、俺は上目遣いで前方を見た。すると、緩やかな弧を描く流線系の巨大な飛行物体が目に入った。俺たちが地球の大気圏突入した時の宇宙船だ。コッド曰く『パールフロート』と言うらしい。
大気圏内も航行可能な超大型の飛行物体。地球と火星の間を二週間で往復できる、人類科学の結晶。俺は我知らず、ごくりと唾を飲んでいた。
パールフロート後部では、赤いランプが点滅している。こちらのカプセルと相対速度を合わせ、徐々に減速して、こちらを回収しようと試みている。
ぼんやり見上げていると、不意にふわり、とカプセル全体が持ち上がるのような感覚に囚われた。パールフロートの下部ハッチが展開し、ガイドビーコンが伸びてくる。だんだん、俺の視界は雲からパールフロートの下部ハッチへと移っていった。
ゆっくりと持ち上げられていく、俺とカプセル。
《ようこそ、パールフロートへ》
乗り慣れているのか、おどけた調子でコッドが言う。俺は黙ったまま、カプセルが静止するのを待った。
※
一瞬で視界が真っ白になる。中和処置がなされているのだ。しばらくして、《ハッチ開放》の表示と共にハッチが展開する。俺は思いっきり、空気を肺に注ぎ込んだ。
「はあ……」
「大丈夫か、キョウ? 酸欠や過呼吸になってないか?」
「ああ、大丈夫だ」
コッドと言葉を交わしていると、すぐ後ろ、俺の足元の方のハッチからアミの乗ったカプセルがせり上がってきた。
「ぷは!」
アミもまた、多少の息苦しさは覚えていたようだ。アミに声をかけるコッドを見ていると、ちょうどその足元から四つ目のカプセルが上がってきた。ジャンクの入ったカプセルだ。
すると、コッドとは打って変わって、白衣をまとって薬品臭さを漂わせる研究員らしき男性が数名やって来た。カプセルの中身、すなわち首なしジャンクを担架に載せ、運んでいく。
俺は先ほど遭遇した、ジャンクの隊長機を思い出していた。あいつの言っていたことは本当だろうか? だとすれば、ジャンクを従えてクリーチャーだけを駆逐していくことも不可能ではない。だが、隊長機の言葉の真偽を確かめる術はない。
ああ、そうか。それを確認するために、俺たちは仙台に向かっているのだった。
「さ、俺たちも席に着こう。結構なGがかかるからな」
そう言って、コッドは俺たちを乗員室へといざなった。
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