第12話

 俺はレーザー光線に背を向け、耳を塞いだ。まさか、近距離で発射されたレーザー砲が、これほど周囲に影響を及ぼすとは。

 そんなことを考えていたのも束の間、ほんの三、四秒でレーザー照射は終了した。やった……のか?


 俺は急に静まり返った空間を振り返った。まず目に入ったのは、腹部に大穴を空けたワニの死骸だ。ひどい焦げ臭さが漂い、俺は思わず鼻と口元に手を遣った。

 そしてその視線の先に、アミが立っていた。腰だめにレーザー砲を構えている。


「だはっ!」


 緊張感から解放され、その場に膝をつくアミ。肩で呼吸をしている。俺はワニが完全に息絶えたことを確かめてから、アミに近づいた。


「大丈夫か?」

「どう見える?」


 確かに、レーザー砲を一つの標的に向けて照射し続けるには、かなりの反動に耐えねばなるまい。それでも問い返された俺は、思わず笑ってしまった。


「なんだよ、あたしの顔に何かついてるのか?」


 むすっとした顔で、手を挙げるアミ。引っ張り上げて立たせてくれ、ということらしい。

 その時、俺は不思議な感慨に囚われた。再びミキのことを思い出していたのだ。

 俺はミキに甘えてばかりだったが、今の俺は、助けの手を伸べてやることができる。もちろん、目の前にいるのはミキではなくアミなのだが。


 ミキが生きていてくれたら。いや、そんな感傷に浸っている場合ではあるまい。今の俺は、兵士なのだ。ただ喚いていればよかった子供ではない。


「ほらよ」

「ああ」


 仏頂面で立ち上がるアミ。やはり俺一人、あるいはアミ一人では、攻略不可能な任務だったようだ。俺はふっと息をついた。


「おい、手」

「あ?」


 突然アミに『手』と言われて、俺はようやく気づいた。手を握りっぱなしだった。


「うわ! ああ、悪い」

「何だよキョウ、人の手をばい菌みたいに……」

「い、いや、そういうわけではなくてだな……」


 慌ててしまった。女性の手を握るのなんて、ごくごく久しぶりだ。ユウは機械の身体になっているから、今回は除外。

 すると、不意にアミが顔を逸らした。


「ふっ、ははっ、はははははははっ!」


 突然響き渡る、さも愉快そうな笑い声。


「お、おい、アミ?」

「キョウ、なにビクついてんだよ?」

「は、はあ!? 誰がビクついてるって!?」

「自覚がないのか?」


 腰を折った姿勢で、俺を見上げてくるアミ。


「お前、今まで恋人なんていたことなかったろ?」


 グサリ。い、いや、だからどうした。


「そりゃあ、ずっと戦闘訓練と勉強で……」

「分かってるよ、そんなことは。なんだったら、あたしがお前の彼女になってやろうか?」

「ぶふっ!?」


 俺は慌てて顔を背け、噴き出した。

 あ、アミが彼女!? いや、ないないないない。


「じょ、冗談、だよな?」

「さあ? 判断はキョウに任せる」


 まったく、無責任な女だ。いや、でも俺は今、アミを『女性』として意識している。俺は頭を抱えてしゃがみ込みそうになった。もし時間があれば、実際そうしていただろう。

 突然、四方八方から銃撃を受けなければ。


 ズタタタタタタッ、と連続する銃声。慌ててその場に伏せる俺とアミ。くそっ、油断した。馬鹿話をする前に、さっさと上階のフロアに戻るべきだった。

 そう判断する頃には、俺は敵の正体とその場所を察知していた。


 ジャンクだ。十数機はいる。全員が同規格の短発式小銃を握り、キャットウォーク上、つまり俺たちの斜め上方から銃撃してきている。


「抵抗するな! 次は胸か頭部を撃つ!」


 さも機械的な、にしては情感のこもった声が響く。これがジャンクのリーダー格の発言らしい。背後からジャンクの駆動音がする。瓦礫を押し退けながら、ジャンクの別動隊がこのフロアに入ってくる。俺は拳銃をホルスターに、アミは刀を鞘に収めながら、素直にジャンクたちの間を通り抜けていった。


         ※


「どこへ行くんだ?」

「……」

「目的は何だ。俺たちに何の用だ」

「……」


 質問していると、背中を小銃で小突かれた。はいはい。素直に歩きますよ。

 未だ目的は不明だが、どうやら俺たちに反抗の余地はないようだ。どうしたものか。

 隣を歩くアミを見ると、俺と同様後頭部で腕を組みながら、露骨なため息をついた。


 連行されたのは、地下十三階の広大なフロアだった。ジャンクたちが整理したのか、フロアがまるまる空いている。地下十二階は素通りだった。

 俺たちが入室すると、奥まで明るい照明が点いており、ちょうど中央に隊長機仕様のジャンクが立ち塞がっていた。一回り大きな体躯をしているが、それは防弾・防爆仕様の装甲板をまとっているからだ。


「手荒な真似をしてすまない、キョウ・タカキ准尉、アミ・カヤマ准尉」

「自己紹介は要らないようだな。俺たちをどうする気だ?」


 俺は喧嘩腰で尋ねる。もし俺たちを殺すつもりなら、ワニを倒した直後、狙い定めて銃撃すればよかったはずだ。何か目的があるに違いない。俺たちを生かしておく理由が。


「単刀直入に言おう。貴君らの上官に、この構造物中での戦闘ロボット狩りを止めるよう、進言してもらいたい」


 俺は眉根に皺が寄るのが分かった。『お前らを信用しろってのか?』とアミが噛みつく。隊長ジャンクは『いかにも』と一言。


「貴君らが『ジャンク』と呼んでいるのは、ウィルスに中枢神経系統を蝕まれた者の成れの果てだ。だが、我々は違う。このフロア、正確には地下十階以下のエリアだが、そこまで深くにウィルスは侵入しては来なかった。よって、我々は本来の目的であるクリーチャーの駆逐任務を続行中だ。なんなら、地下十四、五階を見てもらっても構わない」


 随分と自信があるようだが、俺は反論を試みた。


「じゃあ今度はこっちの番だ。確かに、お前らはすぐに俺たちを殺そうとはしなかった。その点は信用に値する。だが、ジャンク――失礼、戦闘ロボットの思考回路の汚染具合は一機一機違う。完全に、手あたり次第銃撃してくる奴もいれば、あんたのように他のロボットを統率できる奴もいる。どの機体がどれだけ危険なのか、分からないんだ。生憎だが、あんたらを完全に信用することはできない」

「ふむ」


 隊長機は顎に手を遣った。これまた人間臭い所作だ。

 本来なら、こんなことを言われてもすぐさま破壊を試みるところ。だが、周囲を武装したジャンクに囲まれている以上、そうはいかない。

 どうしたものか。


 俺が、自分の視線と隊長機の視覚バイザーを合わせた、その時だった。

 ドゴォン、と派手な音を立てて、壁に穴が空いた。周囲のジャンクが跳ね飛ばされる。


「なんだ!?」


 叫びながら、再び伏せる。するとさらに事態は進行した。閃光手榴弾がこちらに投げ込まれたのだ。バァン、と高い音を立てて、視界が真っ白になりかけた。咄嗟に腕を目の前にかざした俺の判断は正しかったらしい。


「キョウ! アミ! こっちだ!」


 この声は――コッド? コッド・ウェーバーか? 助っ人、やっと参上してくれたか。

 ジャンク共の視覚システムの変更までは、例に漏れず三十秒ほど。俺は、まともに閃光を浴びてしまったらしいアミの手を取り、『行くぞ!』と一言。半ば彼女を引きずるようにして、大穴の空いた壁に向かって駆け出した。


 果たして、そこにいたのはコッドだった。


「よう、お二人さん! 仲良くやってるか?」

「余計なことはいい! 俺たちはどうするんだ?」

「少し手伝え!」


 防眩ゴーグルを装備したコッドと共に、怯んでいるジャンクの首を捻る。呆気なく頭部は引きちぎられた。コッドはジャンクの生首を放り投げ、本体だけを引き込もうとする。俺はそれに手を貸し、ずるずるとジャンクを引きずった。


「お二人さん、そいつを担いで逃げてくれ! 俺はこの穴を封鎖する!」


 見れば、コッドは二つ目の手榴弾を手にしていた。


「逃げるぞ、アミ!」

「わ、分かった!」


 アミとコッドは初対面だったはずだが、互いに敵ではないことはすぐに察せられたらしい。コッドの指示に従って、俺たちは全速力でその場を後にした。と思ったら、コッドもすぐに追いついた。腕時計型のタイマーに目を下ろす。


「あと五秒だ!」


 どうやらコッドが手にしていたのは、手榴弾ではなく時限爆弾だったらしい。カウントダウンも何もなかったが、俺たち三人は揃って前方へとダイヴした。

 ズドン、という音に続いて振動する床面。身体も揺さぶられるほどの威力で、熱風が俺たちの背中に沿って吹き抜けていく。

 しばしの沈黙が、俺たちを圧迫した。


「な、なあ、コッド……」

「話は後だ。ユウちゃんのいるフロアに戻るぞ」


 そう言って、コッドは俺たちを先導し始めた。

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