第6話
背後から、爆発に伴う振動が伝わってくる。このカウンターは俺の盾として、立派に働いてくれた。銃撃音が止んだのはその二、三秒後のこと。こうして、地下二階はひっそりと静まり返った。
近くにあった鉄パイプを取り上げて、カウンターから差し出してみる。反応はない。
ゆっくり顔を出すと、ジャンク二機はどちらも機能を停止していた。一機は木端微塵になり、もう一機は立ってこそいるものの、腕も頭部も消し飛んでいた。切断部から、小型の雷のようにエネルギーが漏電している。
「ふう」
俺が一息ついた、その直後のことだ。
「ッ!?」
後ろ襟を思いっきり引っ張られた。不意を突かれた俺は、堪らず鉄パイプを取り落とす。
引かれた勢いそのままに、俺は放り投げられ、カウンター奧の壁面に背中を強打。致命傷ではないが、一瞬息ができなくなった。
そんな俺の前に立ちはだかっていたのは、全く無傷のジャンクだった。一機のみ。武装はしていない。
まさか、先ほどの三体を囮にして、俺に背後から近づいていたのか。音を立てないよう、小銃を放棄して。
俺は息を整え、接近してくるジャンクに向かって小銃を放り投げた。鈍い打撃音とともに、小銃はジャンクの腕に弾かれる。その隙に俺はホルスターからイヴを抜き、すぐさまジャンクの頭部目がけて三連射。だが、その弾丸はジャンクの頭部に達することはなかった。片腕を犠牲に、ジャンクは頭部の光学センサーを守り切ったのだ。
ようやく俺は気がついた。このジャンクはただの量産機ではない。隊長機だ。装甲も稼働速度も量産機を上回っている。そんなジャンクが、今度は勢いよくこちらに向かって駆け出した。
俺は壁にへたりこんだ姿勢を立て直し、転がるようにしてジャンクの突進をかわす。
頭上でヒュッ、と空を斬る音がした。ジャンクは上半身を捻り、腕を振りかざしている。まさかジャンクが殴りかかってこようとは。
最初のジャンクのように首を引きちぎることが可能かどうか、自信がない。もっと確実な方法で駆逐しなければ。
自分の足元に転がった俺を、ジャンクは蹴りつけてきた。辛うじてそれを視認した俺は、わざと先ほどとは反対方向に向かって転がった。ガツン、と鈍い音がする。壁面にピシリ、とひびが入っていた。そんなことをして、その片足がまともに駆動できるとは思えない。今度は足まで犠牲にしたか。
俺が転がった方向にあったもの。それは先ほどの鉄パイプだ。俺は匍匐前進でそれに近づき、片端を握り込んだ。
「はあっ!」
タイミングを計り、俺は振り返りざまに鉄パイプを振るった。全身を捻り、鉄パイプの先端に全力を込めた一振り。甲高い金属音が響き渡り、俺の腕に痺れにも似た感覚が走る。鉄パイプは、ジャンクの脇腹にめり込んでいた。
俺は舌打ちを一つ。これでは致命傷にはなり得ない。頭部か胸部、そのどちらかに打撃を与えなければ。
ガラス片の散らばる床面を這いずり、なんとか立ち上がる。
ジャンクは目前に迫っている。
「ふっ!」
今度は完全な姿勢から振りかぶることができた。ジャンクの頭部が、向かって左側にへし折れる。光学センサーは潰したはずだ。熱線追尾センサー起動まで、あと三十秒。俺は二つ目の手榴弾を握り、ピンを外してジャンクの首元に載せた。我ながら器用なものだ。そしてカウンターを反対側に跨ぎ、壁に沿って小走りで距離を取った。柱の陰に身を隠す。
背中を柱に押し当てた直後、手榴弾は炸裂した。ドン、という鈍い音に続いて、ジャンクが砕け散る鋭利な音が響き渡る。今度こそ、この階層のジャンク共を全滅させたはずだ。
俺は昨日、カブトムシと戦った時と同様、呼吸を止めていたことに気づいた。よくない傾向だ。幸い、この階層はジャンクがいたためにクリーチャーの気配はなく、臭いもまだマシ。俺は数回、深呼吸をして肺に酸素を叩き込んだ。
拳銃をリロードし、地下二階を見て回る。やはり、これ以上敵の存在は感知されない。俺は自分の経験と勘を頼りに、ここを『制圧完了』と認識した。
体力的にも武器の状態にしてもまだ戦える。しかし、焦って殉職してしまっては元も子もない。無理は禁物だ。
俺は一旦、ユウのいるフロアに戻ることにした。
※
「お兄ちゃん! 朝からどこに行ってたの!?」
「あー、悪いな、ユウ」
俺を待ち構えていたのは、ジャンク姿のユウだった。両腰に手を当て、頭から湯気でも出しそうな勢いだ。
「心配したじゃない! 私が起きたらもういないんだもの!」
「だから悪かったよ」
『わざわざお前を起こしたくなかった』と言ってやりたいのは山々だが、それで余計にユウの反感を買うのは賢明ではあるまい。
「それよりほら! 朝ご飯! カレーライスね。レトルトだけど」
「レトルト? 電子レンジなんてあったのか?」
すると、ユウは無言で親指を立て、背後の鉄屑の山を指した。そこには古びた電子レンジが一台に、冷蔵庫や洗濯機といった家具一式が並んでいる。まさか――。
「お前が作ったの?」
「まあ、正確には『作った』じゃなくて『組み立てた』だけどね」
ふふん、と上半身を反らすユウ。
「一体どうやって? お前、とんでもない機械音痴だっただろう?」
「まあまあお兄ちゃん、よく考えてごらんなさいな」
ユウは相変わらず得意気な様子である。
「今の私はジャンクだよ? 記憶チップを辿れば、機械の仕組みや部品の組み方は分かるもの。ジャンクにも衛生兵、っていうか、仲間の整備をする機体はいるもの」
ああ、そうか。今のユウの身体が白と赤を基調にしているのはそのためか。
「なるほど、便利なもんだな」
「それだけ?」
「は?」
「それだけかって訊いてるの!」
ユウは再び腰に手を遣った。
「そ、そう言われても……」
『何が言いたいんだ?』と、単刀直入に尋ねられればどれだけいいだろう。だが生憎、それで答えをくれるほど、ユウは気の利くやつではない。余計に気分を害するだけだ。
「ほら!」
ユウはお辞儀をするように上半身を折った。体高一・八メートルのジャンクの頭部が、ちょうど俺の前にかざされる。ああ、そういうことか。
「はいよ。気を遣ってくれてありがとな、ユウ」
そう言いながら、ユウの頭に手を載せてやる。すると、
「えへへへ」
満足したのか、ユウは軽くかぶりを振ってみせる。しかし対照的に、俺の胸中はざわついていた。
ひんやりとした感触が掌に広がる。じわり、じわりと、冷たさが伝わってくる。俺の掌から熱が奪われていく。
その、決して快いとは言えない感覚。俺にはそれが、自分の存在意義――ユウを生き返らせるという使命感が粉砕され、掌から砂になって漏れ落ちていくように思われた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば!」
「お、おう」
「いくらなんでも撫ですぎだよう! 首のパーツが痛くなる……」
「悪い、ちょっと」
「ちょっと?」
『考え事をしていた』とは言えない。ユウはきっと、自分が蔑ろにされたと思うだろう。しかもそれが、『お前を生き返らせるかどうか、悩んでいた』とあれば、ユウが激怒するのは必至だ。
「いや、なんでもない」
「ふうん?」
しばしの沈黙。俺は背中を嫌な汗が流れるのを感じた。しかし、ユウの追及はそこまでだった。
「あ、カレーが冷めちゃうね! はい、お兄ちゃん!」
「ああ、ありがとう」
再び礼を述べ、俺はカレーライスに口をつけた。しかし、味がしない。その理由は、これが安物のレトルト食品だったから、ということだけではあるまい。
※
その日の午後。
昼食を終えた俺は(メニューも味も全く記憶に残らなかったが)、地下三階の制圧に向かった。しかし、そこはクリーチャーもジャンクもいない、見事なもぬけの殻。トラップの類も見受けられなかった。
そのまま地下四階を捜索したが、結果は同じ。
「このまま何にもいなけりゃいいんだけどな……」
地下五階に降りると、今度は特別な造りになっていた。地下六、七、八階が吹き抜けになっていたのだ。地下五階そのものは、キャットウォークの張り巡らされた、見晴らしの利く場所だ。地下八階までは、約二十メートルはあろうか。
地下八階で、何やら蠢くものがある。それは地下八階全体に及んでいた。時折ヴン、ヴンという音がする。ということは、あれは羽虫の類だろうか。黒々とした、不気味な光沢をもつ翅に、真っ赤な複眼。こちらが下手に動けば、一斉に襲い掛かってくるに違いない。
さて、どうしたものか。一旦スティーヴ大佐に連絡し、コッド経由で強力な火器を持って来させようか。
俺が思案し始めた、その時だった。
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