第9話

 俺に語られた事実。

 内容はしっかりと覚えているが、その時の医師の表情、仕草、周囲の景色については、見事に記憶が欠落している。それでも、俺は自分なりに考えをまとめてみた。


 要点は二つ。

 一つは、両親は助からなかったということ。俺とユウを脱出させるのに手間取り、自身は命を落としたらしい。

 それを聞かされた時点で、俺の心は穏やかならざる状態だっただろう。家族がまったく唐突に命を落とした、という事実が、俺の胸を粉々にしてしまったかのようだ。

 そして、もう一つの要点。それは、ユウはまだ生きている、ということだった。医師に掴みかかろうとして、看護師に押さえつけられた記憶がぼんやりと浮かんでくる。ユウは無事なのか、意識はあるのかと喚き散らしたような気がする。


 だが、医師の説明は俺の予想の範疇を超えていた。発せられたその言葉に、俺は一瞬、硬直した。


「電子チップ……?」

「そう、チップだ」


 この言葉だけが、記憶に明確に刻まれている。

 ユウの脳内にある記憶、感情パターン、思考の偏向具合などを数値化し、それをデータ化することに成功した、というのだ。

 言われた直後はなんのことだかサッパリだったが、『ユウと同じもの』が存在しているらしいということは理解した。

 

 だが、それだけでは足りない。ユウの身体の方を元に戻すことを考えなければ。


「僕に勉強させてください。妹を生き返らせたいんです」


 医師に向かい、俺ははっきりと言い放った。


 それから、俺は猛勉強を始めた。人一倍身体を鍛えておいたのは幸いだった。それだけ体力を消耗するほど、勉強する内容は多岐に渡ったのだ。地球の歴史、地理から現在の状態に至るまで。

 無論、戦闘訓練も疎かにはしなかった。まずは改めて全身の筋肉を引き締めることから始まり、地球と同様(火星の三倍)の重力作用下での戦闘訓練も積んだ。

 ユウはずっと、俺のそばにいた。介護ロボットに電子チップを差し入れ、ユウとして起動してくれた瞬間の喜びは言葉には代えがたい。


 そんな俺に目をつけたのが、スティーヴ・ドウェイン大佐だ。ユウの存在は秘匿していたが、それを差し引いても俺は『訳あり』の少年に見えたらしい。この『訳あり』とは、大佐に言わせれば、戦うに値する過去を抱えている、という意味だ。

 事故から九年後、去年に至るまでに、俺は大佐に引き抜かれる形で地球奪還軍、通称グリーン・バック・アーミーの准尉に任命された。略称はGBA。

その士官ともなれば部下を連れて歩ける身分だが、俺はスタンドプレーを貫くと言って他者に耳を貸さなかった。ユウの存在の発覚を危惧してのことだ。


 だが、アミは報告義務を破って『ユウのことは上官に報告しない』という。ありがたいことだが、二人で上手くやっていけるだろうか――。


         ※


 さて。俺は過去の夢を見ていたのか、それとも単に回想していただけなのか、さっぱり分からなかった。それでも目を開けば、枕元に置かれた時計が目に入る。地球時間、午前六時二十七分。


「三分早かったな……」


 そう言って寝袋からもそもそと抜け出し、大きく伸びをする。

 立ち上がると、視界の隅には充電中のユウの姿が目に入った。反対の壁には部分的にカーテンが配され、アミがベッドで眠っているはずだ。


 今日は共同で、互いの連携を整える訓練をしなければならない。ユウにクリーチャーやジャンクたちの立体映像を投影してもらい、二人で殲滅していくのだ。

 アミが起きてくるまでの間、俺は拳銃のレーザーポインターを調整した。実弾を抜き、空砲がちょうど立体映像とリンクすることを確認する。訓練準備、オーケーだ。


 それから柔軟体操やらウォーミングアップやらをして、アミが起きてくるのを待った。だが、一向に彼女は、カーテン向こうで動く気配を見せない。時刻は午前八時になろうとしている。


「ユウ、もう起きていいぞ」


 そう声をかけると、バチリ、と電源ケーブルが壁から引き抜かれる音がした。同時にカシャリ、と軽い音を立ててユウが立ち上がる。


「おはよう、お兄ちゃん」

「ああ。おはよう」


 俺とユウは二、三言葉を交わした。アミ以外の役者は揃っている。が、そのアミが起きてこない。


「ったく、何やってるんだ」


 ずかずかとカーテンに向かう俺。


「あ、お兄ちゃん、あんまり女の人の部屋に無造作に入るのは――」

「黙ってろ。叩き起こしてやる」


『アミ、開けるぞ』と呼びかけて、返答がないのを確かめた俺は、勢いよくざあっとカーテンを引いた。そして、ドン引きした。


 ひとまず、アミはグースカ寝息を立てている。それはいい。問題は、彼女が全裸だったことだ。

 幸い、ブランケットをまとって局所を隠してはいたが、その見事なボディラインは俺の両目にしっかり焼きつけられてしまった。


「うん……」


 まずい。今の声で起こしたか。こんなタイミングで起きられたら、俺は寝込みを襲う変態に成り下がる。なんとか音を立てずに後退し、後ろ手にカーテンを引こうとした、次の瞬間。


 ばさり、と勢いよく音がして、アミのベッドを囲っていたカーテンがいっぺんに落ちた。ついでに、アミが胸元を隠していたブランケットも。俺がどれほど狼狽したか、そこのところはどうかご想像にお任せしたい。


「あれ、あたし今どこにいるんだっけ……?」


 寝ぼけているのか、アミはぼんやりと周囲を見回す。俺は無言で両の掌を顔に当て、指の隙間からアミの様子を窺っていた。


「ああ、そうか。昨日派遣されたんだ。えっと、相方は……キョウ? キョウ、どこ?」


 どこも何も、俺は隠れ場所を探してあたふたするばかり。結局、全裸のアミと対面する形になってしまった。


「あ、いた」

「……」

「キョウ、どうかしたのか?」

「ど、どうしたも何も……。その、早く服を着てくれないかと……」

「服?」


 自らの身体を見下ろしたアミは、『あ』と気の抜けた音を喉から発した。直後、シュトッ、と何かが俺の耳を掠めて飛んでいった。空気の擦過音が響く。振り返ると、


「ッ!」


 壁に手裏剣が刺さっていた。『刺さっていた』というのは簡単だが、この数十年にわたって酸性雨からこのフロアを守り続けてきた由緒ある壁だ。その表面を削るとは。アダムどころかイヴにも勝る破壊力だ。

 その威力に呆然としていた俺は、


「お兄ちゃん、振り返っちゃ駄目!」


 というユウの悲鳴に気づかなかった。身体を反転させた俺の目に入ったのは、銀色の一閃だった。視界に入るのは、アミの大きな瞳と、たった今俺の防弾ベストを両断したらしい日本刀のみ。


「あっちを向いてろ、キョウ。さもなくば次は皮膚を斬る」


 やってやれないことはないんだろうな。彼女ほどの武闘派の人間にとっては。

 俺は『はい』と蚊の鳴くような声で返事をして、アミに背を向け、その場にしゃがみ込んだ。

 衣擦れの音に、何故か胸が高鳴る。って、そんなことを言ってる場合ではない。下手に動けば、脳天から日本刀で貫かれかねない。


「もう大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 そうユウが声をかけてくれた。その時には既に、アミは着替えを済ませ、ライダースーツをの胸元のジッパーを閉めるところだったようだ。『ようだ』というのは、すぐに振り返る勇気が俺にはなく、ユウ経由で状況を確かめていたからだ。


「もういいぞ、キョウ」


 アミ自身からもお許しが出た。ガチガチと首の音を立てながら、ゆっくり向き直る俺。そこにいたアミは、完全武装を終了し、相変わらず豊満な胸を張るようにして立っていた。


「で、どうするんだ、准尉殿」

「あ、ああ、ユウ、立体映像を出してくれ」

「はーい」


 ジャンクが体育座りし、ユウの意識体が立体映像投影機に映る。


《で、何を登場させようか?》


 悪戯っぽい笑みを思わせる声音で、ユウは言った。

 

「そうだな、まずはジャンク共の駆逐の手順をアミと確認しよう。いいか、アミ?」

「ああ。構わんよ」


 直後、四方から、ジャンクが小銃を構えながら接近してきた。それを俺たちはばったばったと倒していく。


「アミ、背後を頼む!」

「あいよ!」


 しゃがみながらの連続ヘッドショットを試みる俺に対し、アミの動きは実にアクティヴだった。敵であれば、首だろうが胴だろうが手あたり次第に斬っていく。


「キョウ! 流石に刃こぼれが出てきた! 刀を取り換えるから、援護してくれ!」

「おう!」


 さっと残弾数に目を遣りながら、俺は四方に目を走らせる。アミが刀を収め、もう一本の刀を取り出すまでの間、彼女を守っていられればいい。


「よし!」


 そう言ってアミが二本目を抜刀した直後、


《そこまで!》


 というユウの声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る