第10話

《お兄ちゃんは弾切れでしょう? アミさんも、刀がなまってるんじゃない?》


 ずばり言い当てたユウには、返す言葉もない。俺の予備弾倉は一つだけだったし、アミも刀の刃を見ながらふん、と息をつく。


《大丈夫、シミュレーションの中だけだから。今止めるね》


 言葉が終わると同時に、ジャンク共の映像は消え去り、仮想弾丸が消滅したり、日本刀の仮想の刃こぼれが修繕されていく。まあ、実際には全く使われていなかったわけだけれど。


「やっぱりな……」

「どうした、キョウ?」


 アミが刀を鞘に収めながら、俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、実戦では、俺もアミも同時に得物が限界を迎えるんだな、と思って」

「確かに」


 アミは腕を組んだ。ただでさえ豊かな胸が、より強調されてしまう。俺はさっと目を逸らした。


「ここは役割分担をしよう。俺が先発するから、アミには後方を頼みたい。どうだ?」

「了解。レーザー砲はどうする?」


 ああ、すっかり忘れていた。アミの卓越した身体能力ばかりに目を奪われていたのだ。そう、レーザー砲こそ俺たちの切り札じゃないか。

 俺はしばし考えてから、アミに尋ねた。


「アミ、お前に任せられるか?」

「了解だが、何故だ?」

「後方から攻められるとマズい。一体どんなクリーチャーが潜んでいるか、分からないからな」

「分かった」


 アミは素直に頷いてみせた。


「じゃあ、これから地下九階を――」


 と言いかけたのとちょうど、ユウが二人分のベーコンエッグを運んできた。カタン、とわざとらしく、床にぶつけるようにして置いていく。


「ああ、ありがとうな、ユウ」


 するとユウは背を見せたまま『どういたしまして』と一言。なんだか気分を害されているようだが、どうかしたのだろうか。


「なあアミ、ユウに何か――」


 と耳打ちを試みた頃には、アミはガツガツとベーコンを口に流し込んでいくところだった。


「飯ぐらい落ち着いて食え!」

「いいじゃねえか、そんなこと」


 確かに、それは『そんなこと』で済まされる程度のことかもしれないが。

 俺はアミが最後の一口を掻き込むのを待って、再び耳打ちを試みた。


「アミ、ユウに何か言ったか?」

「何かって?」


 口元を拭いながら、アミは食後の礼をした。


「だから、気分を悪くさせるようなことだよ」

「さあ? あたしは昨日来たばっかりだから、普通のユウちゃんがどんな調子なのか分からないけど」


 ふむ。アミには自覚なし、か。しかし、ユウが素っ気なくなったのはつい先ほどからだ。昨夜、アミがやって来たことから鑑みるに、タイミングとしてはアミが原因と言ってもおかしくはないと思うのだが。

 ここは、直接ユウに尋ねてみるか。俺は大股で、フロアの隅に設えられた調理場へ向かった。


「ユウ、何かあったか?」

「別に」


 相変わらず素っ気ない。


「俺なら相談に乗るぞ? アミにも黙っておく。それなら――」

「構わないって」


 わしゃわしゃと食器洗い洗剤を泡立てるユウ。

 これ以上問い詰めてユウの逆鱗に触れるのを恐れ、俺は問いかけるのをやめた。取り敢えず、今は。


         ※


 三十分後。

 俺とアミは、地下十一階にまで下りていた。こちらも地下八階から五階までと同様、吹き抜けになっていて、地下十一階には汚水が溜まっている。ただし、羽虫はいないようだ。

 代わりに、汚水の中で蠢く何かが視界に入ってきた。体長は七、八メートルはあろうか。双眼鏡を覗き込むと、その全容が明らかになってきた。


「ワニだな」

「ワニ?」


 眼下を見つめながら、アミが問うてくる。


「ああ、ワニだ。頭が二つに、足が不揃いに七本あるが」

「ほう」


 ドン引きするかと思ったが、アミは狙いを定めるように目を細めた。そして唇の端を持ち上げる。


「上等な獲物だ。仕留めるぞ、キョウ」

「了解だ」


 そう言ってレーザー砲を肩に掛けるアミ。だが、俺はさっと手を出し、アミを制した。


「どうしたんだ?」

「アミ、お前も見てみろ」


 レーザー砲を預かりながら、双眼鏡を渡す。するとアミは『ふむ』と納得した様子で、双眼鏡を突き返してきた。


「あの鱗、簡単には破れそうにないな」

「そういうことだ」


 クリーチャーの全身は、てらてらと照明を照り返している。これは鱗じゃない。もはや装甲だ。一般のクリーチャーより、遥かに硬質な素材で身を覆われている。アダムはもちろん、イヴもその本領を発揮できるかどうか分からない。


「接近しないと、レーザーでも手榴弾でも打撃を加えるのは無理だ。ここは一旦、奴と同じフロアに降りるしかない」

「だな」


 頷き合った俺たちは、足音を忍ばせ、地下十一階へと向かった。


 慎重に、金網を踏みしめながら階段を降りていく。

 その時だった。再び過去の記憶がフラッシュバックしたのは。


 俺たち家族が潜水艇の事故で死に別れる前年のこと。俺には両親の他に、もう一人保護者がいた。しかし、それは近親者ではない。祖父母は父方も母方も、火星の環境に適応できず、命を落としている。


 では、誰がいたのか? 答えは簡単。年の離れた友人、ミキだった。確か誕生日パーティーに招かれた際、十七歳になると言っていたから、今のアミと同い年ぐらいだっただろう。

 俺はタカキ家の長男として、火星での生活を安定したものにできるよう、期待をかけられて育った。無言のプレッシャーを両親から浴びせかけられていたのだ。それ故、悩みを相談する相手の不在に、心が平穏とは言えなかった。


 そこに現れたのが、ミキだ。たまたま、互いの父親は火星極地の氷上調査隊員であり、親友だった。家族ぐるみの付き合いがあったのだ。

 出会う機会があった時には、ミキは俺のことを気にかけ、心配し、大切に思ってくれた。そんな年上の女性に、俺のような幼稚な男子が好意を抱いたのは当然だ。


 ミキはとにかく、俺の話を聞いてくれた。俺の想いを、正論や『心配無用』の一言で否定するのではなく、ただただ頷きながら聞いてくれた。彼女に縋って泣き喚いたのも一度や二度ではなかったはず。

 今でもそっと、俺に手を差し伸べるミキの姿が夢に現れる。


 まさか、な。


 俺は胸中に芽生えた違和感を、かぶりを振って打ち消した。違和感とは、ただの支援要員であるアミに、ミキと同様な感情――恋慕の念をいだいているのではないか、ということだ。


 俺は、昔の俺ではない。誰かに泣いてしがみつくような真似はしないはず。しかし、アミがそばにいると思うと、心のどこかに余裕ができる。そして、そこに温かい『何か』が吹き込まれる。それは確かだ。


 アミとの初対面は昨日の夜。いつの間に、俺の心はここまで変容してしまったのだろう。いや、変容せざるを得なかったのかもしれない。俺はGBA准尉という肩書きの元、任務に邁進する兵士なのだ。どこかで誰かに甘えたいという気持ちがなかったとは言い切れまい。


 ふっと甘い香りがして、俺は足を止めた。何故か先行していたアミが、階段の一段下から俺を見上げている。それから自分の側頭部を軽く叩き、ぱっと掌を開いてみせた。

 俺を、理解不能でグルグルパーの変人だと罵りたいらしい。生憎、それで喜ぶような趣味を、俺は持ち合わせていない。


 俺は肩を竦めてアミの一段下まで降り、先ほど立案した作戦に従って、前方の警備警戒にあたった。


 ちなみに、ミキが死んだと知らされたのは、俺たち家族が事故に遭ったその翌年だった。氷上建築資材置き場で事故が起き、重さ数トンに及ぶ資材の波に巻き込まれたそうだ。

 俺は完全に打ちのめされ、それ以来表情が希薄だとよく言われるようになった。

 

 思考が読めない? 不愛想? 知ったことか。

 俺には俺の身体と頭脳、そして生き方がある。それをとやかく――特に優しく解きほぐそうとする輩に、ロクな奴はいなかった。


 もしかしたら、そんな俺の心の欠損を埋められるのは、今俺の背後で抜刀せんとしているアミだけなのかもしれない。無論、こんな情けないことをユウに知らされるくらいなら、俺はこの場で舌を噛み切る覚悟だ。


         ※


 俺とアミは、ようやく地下十一階に辿り着いた。ただし、今いるのは、ワニが悠々と泳いでいるメインホールではない。作業員用の出入り口だ。

 この鉄扉を蹴り開ける。アダムと手裏剣をもって、ワニの挙動を見計る。そして、隙を突いて腹部を露呈させ、そこにレーザー砲を撃ち込む。こんなところだろう。


 扉に軽く拳を当てると、その反対側でアミが頷き、顎をしゃくってみせた。お互い準備万端だ。

 俺たちはなんともいえない一体感を味わいながら、同時にカウントダウンを始めた。


 三、二、一、零!


 バゴン、と鈍い音を立てて、俺たちは突入した。

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