第22話【第四章】

「休憩だ」


 先行していた俺は、その場で足を止めた。素直に従い、地下鉄の線路に腰を下ろすアミ。ポケットからケミカルライトを取り出し、ぼんやりとした灯りの中で、自分の腕を見つめている。


「どうだ、腕の調子は?」

「調子も何もねえよ、キョウ。もう少し灯りをくれねえか」

「ああ」


 俺は自分のライトを取り出し、アミの方へと押しやった。


 現在、この地下鉄構内には電気が走っている。俺が気を失っている間に、アミが復旧させたのだろう。照明についても同様に。そんな薄ぼんやりした光の中、アミは右腕の肘から先を、どうにかくっつけようと試みている。


 だんだん気分が悪くなってきた俺は、しばらくの間目を逸らしていた。しかし、『よっしゃ!』という歓喜の声に、思わずアミの方へと振り返った。

 邪魔だという理由で斬り捨てられた、ライダースーツの右腕部。そこから露出した傷口、というか腕の断裂部は、目に見える速さで修復が始まっていた。


 関節部分が接続され、骨と骨が引き寄せられる。カチリ、と音がしたかと思うと、今度は筋肉が切断面の両方から伸びてきた。筋肉同士が繊維レベルで結合し、骨や関節を覆い隠す。

 それからぞわぞわと、黒い管がアミ本体の方から網の目のように張り巡らされていく。千切れた肘の部分からその先端へと。これは血管だろう。


「ちょっと荒療治だな」


 そう言って、アミはくっつけたばかりの右腕を思いっきり振り回した。


「お、お前何を……」


 俺は止めに入ろうとした。いくら何でも突然、それも激しく動かしては、また千切れてしまうのではと危惧したのだ。が、アミは気にも留めず、


「こうしないと神経がなかなか繋がらないんだ」


 と一言。それから『よし』と気合を入れたかと思うと唐突に立ち上がり、近接戦闘の型を取り始めた。ストレートの鉄拳から一気に接敵、わざと体勢を崩すようにして、腕を地面について回転二段蹴りを見舞う。


「おい大丈夫なのか?」


 俺はさっきから心配しっぱなしではあったが、ようやく不安を口にするに至った。アミが地面に着いているのは右腕の掌。下手をすると、また骨からバラバラになってしまうのでは、という懸念があった。

 しかしアミにとってはどこ吹く風といった模様だ。


「まあ黙って見てな。だってもう、お前にだってわかってるんだろう?」

「何が」

「あたしがアンドロイドだってことさ」


 そう。先ほどの会話の続きはこれからなのだ。


「できるだけ隠密にと思ってはいたんだが、あんなに出血していたら、あたしがただの人間じゃないってことは分るだろう?」

「いや、その前に、僅かな肩の出血から疑ってはいたよ」

「ほう?」


 アミは自分の肩に貼られた応急処置テープを見た。


「周囲が暗かったから、誤魔化せたと思ったんだけどな」


 甘いな、と言おうとして、俺は口を噤んだ。


「どうして黙っていたんだ? 自分がアンドロイドだってことを」

「簡単な話、あたしは人間とクリーチャーの合いの子みたいな存在なんだよ。誰が言いふらしたくなるもんか」


 まあ、確かに。

 俺にとって、アンドロイドとの出会いは初めてだったが、こんなに人間らしいものとは思わなかった。

 すると、アミは俯き、まったく予想外の行動に出た。涙を流し始めたのだ。これには正直、心の底から驚いた。


「あ、アミ?」

 

 俺の呼びかけにも応じず、アミは独白を続ける。


「あたしの肉体年齢は十八歳に設定されてる。知力も学習脳力も。でも、メンテナンスされたのは身体だけで、脳みそはいじられなかった。だから分かるんだよ」

「何が?」

「キョウ、あんたのことが好きだって」

「!?」


 突然のカミングアウトに、俺は仰天した。

 確かに、アミとは同僚や友人に対する以上の『何か』を、俺もまた抱いてはいた。時すでに遅し、ではあるが、やはり俺も、アミに好意を抱いていたことは認めざるを得ない。

 その点は認めよう。だがまさか、アミも同じ心境だったとは。


 そういえば、上階のフロアから階段を降りようとした時、俺は咄嗟に口づけをしてアミを押し留めた。今更ながら、何故あんな行為に走ったのか、自分でも分からない。やはり恋慕の情によるものなのか。


 思い出も、過去の記憶もなく培養されたアンドロイド。記憶にあるのは、自分が製造された目的だけの、人型クリーチャー。それがどんな考えを持って今まで、この僅かな期間、生きてきたのか。俺は顔面に果たし状を突きつけられたような気分で、呆然としていた。


 すると、いつの間にかアミは涙声になっていた。


「ごめんね、キョウ……。アンドロイドに好かれるなんて、気持ち悪いよね。気色悪いと思うよね。どうしたらいいか迷うよね」

「いや」


 俺はすっとアミの顎に手を伸ばし、ついと顔を上げさせた。大きな瞳が所在なさげに揺れている。俺はそのままアミの顔を持ち上げ、額に軽く唇を押し当てた。


「俺もお前には悪いと思ってるよ。でもそれは、お前とは付き合えないとか、気色悪いとか、そんな意味じゃない」

「え……?」

「ユウを蘇生させて、生き残る。それが俺の使命だ。つき合わせちまったことについて、俺はお前に謝りたい」


 沈黙が胃のあたりを圧迫する。しかし、好きな異性の前で感じるような、胸の苦しさは感じない。やはり俺は、ユウを中心にして生きていくほかないようだ。


「ほら」


 俺はアミに、栄養ゼリーのパックを放った。


「飲み終わったら、行くぞ」

「うん」


 殊勝に頷いて、アミはずるずるとゼリーを吸い込み始めた。


         ※


 刺客はどうやら、さっきのジャンクもどきだけだったらしい。俺たちは意外なほど呆気なく、第二研究施設の扉の前に立った。しかし、妙なことがある。ドアがスライドして開いたのだ。

 

「アミ、電源は入れたか?」

「いや、あたしが電源を入れたのは、地下鉄の路線と第一研究施設だけだ」


 まあ、アミが勘違いして、ここにも非常電源が入ったのかもしれない。恐らくそうだろう。

 ゆっくりと踏み入る。俺が前衛、アミが後衛という配置は先ほどから変わらない。アミがすぐに冷静になってくれたことに、俺は心底安堵していた。


 スライドドアの向こうには、青白い照明が灯っていた。広大な空間なのだろうが、それも縦長のカプセルでスペースのほとんどが占められている。

 今までにはなかった、五十年前から放置されてきた研究施設。空気清浄機が稼働し、久々に新鮮な空気が肺を埋めていく。


「キョウ、ここにユウを生き返らせる方法があるのか?」

「あるとも」


 即答する俺。ここにその方法がなければ他の場所にもないだろう、という考えは、確かに存在する。だが本当は、頭の中は真っ白だった。何も考えられなかったのだ。もし、その方法がなかったら。そんなことに対する恐怖心が脳を麻痺させているのだろう。


 青白い照明に照らされながら、俺たちは歩を進めていく。戦闘の痕やトラップの気配はない。


「アミ、もういいんだぞ。俺に付き合う義理はない」

「いや。これはあたしの意志だ」


 その言葉に、俺は微かに呼吸を乱した。『あたしの意志』という言葉。そこに、一種の健気さを感じて。俺と同様、自分の存在意義を求めているような。


 やがて俺たちは、行き止まりに嵌り込んだ。目前には、一際大きな培養カプセルがある。『全身培養専用』との注意書きが、立体画像で点滅していた。

 当初の計画では、ここまで到達してから一旦ユウのいるフロアに戻り、電子チップを生体チップに移し替えてからアミの身体を造る予定だった。

 だが、ユウが反対している以上、そう上手くはいかないだろう。さて、どうするか。


「どうするつもりだ、キョウ? 電子チップはないんだぞ?」

「大丈夫だ」


 頭上にクエスチョンマークを浮かべるアミ。


「今、ユウの電子神経は地下二十階までは来ている。ここから地下二十階までの接続ができれば、ユウの電子チップの情報を引き出せる」


 その手順は、あまりにも簡単かつ呆気ないものだった。ユウにこちらからハッキングをかける。電子チップのデータをダウンロードし、生体チップに移す。そして『製造開始』のボタンを押し込むだけ。

 俺は一つの培養カプセル前のコンソールを操作し、自分でも意外なほどあっけなく手順をクリアした。


 目に見えないほどの生命の種が分裂し、身体を形作ってゆく。

 俺はじっとその様子を見守っていた。やがて、胎児のような姿が見受けられるようになり、自分の肩を抱いた格好でユウの身体は完成した。


「はあ……」


 俺はコンソールに手を着き、大きな吐息をひとつ。

 やった。やり遂げたぞ、ユウ。最初は気に入らないかもしれないが、生身の身体であればこそ、感じられる温もりがあるはずだ。それに、これで俺は、独りぼっちにはならずに済む。


 やがて、カプセル内の培養液が下方に吸い込まれていき、ユウの身体が肩を抱いた姿勢のままコトン、と倒れ込んだ。完全に培養液が吸い出された後、カプセルが開放される。

 俺はユウの元に駆け寄り、抱き起して肩を揺すった。

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