第21話

 ひとまず、扉をこじ開けなければ。ようやく本調子に戻った身体は、近くに置かれていた鉄パイプを使い、扉を突く。だが、扉はぴくりとも動かない。当然ながら、割れやすそうな窓にあたるガラス部分も存在しない。


 どうやって脱出したものか、俺は座席によじ登って考えた。が、それも僅かな時間だった。

 ザン! という空を斬る音が連続して聞こえてきたのだ。アミの刀のものと思しき音も聞こえてくる。今、ちょうど俺の真上だ。と、いうことは。


 俺は両手を離し、重力に身を任せてダウン。俺の足が着くか否かというタイミングで、俺の頭があった部分から刃物が突き抜けてきた。

 ゆっくりと引き抜かれる刃物。間違いなくアミではない。そして切れ目から、真っ黒な液体が滴ってきた。今までにない、強烈な鉄臭さを覚える。もしかしたら、これはアミの血なのかもしれない。アミが、危ない。


「はっ! とっ! ふっ!」


 戦闘が繰り広げられているのは、横転した地下鉄の側面。アミは短い呼吸で息を整えながら、バックステップを繰り返している。足音を露骨に立てながら。

 きっと俺に、自分の居場所を知らせているのだ。

 俺はイヴを抜き、車両についた刀傷目がけて三連射した。素早くリロード。

 それに気を取られたのか、アミとは異なる鈍重な足音が止まった。すると唐突に、ギィィィィィィィン、という電動チェーンソーの音が、真上から響いてきた。

 俺は身を翻し、すぐに距離を取る。


 チェーンソーでくり抜かれた先からは、手榴弾が投下されてきた。


「くっ!」


 俺は慌ててソファの隙間に身を潜める。ボンボン、と爆発が連続し、俺を足止めした。

 俺の相手ばかりをしているわけにいはないのだろう、敵は手榴弾でしか攻撃しなかった。それとも、アミに関して付け狙う理由でもあるのだろうか?


 いや、それを考えるのは後回しだ。アミを援護しなければ。今度こそ、俺は車両から飛び出した。そして、俺とアミに挟まれる形になった『敵』を睨みつけた。


 一体何者だ? 一見して、肩幅の広い歩行機械のようだ。ジャンクの関節を防弾パーツで覆い、胴体を思いっきり太くしたような格好。だが、最も奇妙だったのは、頭部だった。人間だったのだ。もちろん、脳があると思しき部分は高硬度の金属で覆われている。しかし、その目鼻立ちや、ニヤリとめくれ上がった唇は、明らかに人間のそれだった。


「とんだ邪魔が入っちまったなあ」


 相変わらず歪んだ笑みを崩さない敵――ジャンクもどき。やはり、頭部は人間の身体が流用されている。自ら機械の身体を望んだのだろうか? いや、これもまた今はどうでもいいことだ。


 俺は牽制のつもりで、アダムを四連射。それらはジャンクもどきの表面にくっつき、目的を果たそうとしたが、機械が相手では通用はしまい。イヴを用いても同じだろう。

 だが、俺たちには必殺兵器がある。


「アミ、レーザー砲だ!」


 先ほどまで携行していたはずだが。


「残念だったなぁ……」


 ジャンクもどきが舌なめずりをする。

 

「さっきの戦いでぶっ壊れたようだぜ」


 さっき? そうか、俺が気を失っている間、アミはきっと別なジャンクもどきと交戦したのだ。そこでレーザー砲を破壊され、左腕を負傷した。それから俺が気を取り戻したのだ。


 ジャンクもどきの身体には、いくつもの裂傷がみられた。しかし、どれも致命傷には程遠い。四肢も健在だ。だが、俺にも勝機はある。ジャンクもどきの頭部、額を狙ってやればいい。この距離で狙うには無理があるが、アミに引きつけておいてもらえば――。


「おおっと、頭を狙おうなんて思うなよ。唯一の弱点なんだからな」


 ジャンクもどきは、ヘルメット状の頭部をつるりと撫でた。すると後頭部から、視覚バイザーが額に下がってきた。これでは眉間を狙えない。

 得意気な顔をして、ジャンクもどきは大口径ショットガンを俺に、チェーンソウをアミに向けながら接近を阻む。


「どうした? 向かってこないのか?」


 沈黙する俺とアミ。


「だったらこっちから行くぞ!」


 先に動いたのは、大口径ショットガンだった。が、飛んできたのは弾丸ではない。煙幕弾だ。

 俺は横っ飛びして回避するつもりだったが、直後に視界を奪われてしまった。きっと、疲弊しているアミを先に殺してしまう算段なのだろう。ギン、ザン、と空を斬る音が繰り返される。きっとアミの方が押されているに違いない。

 俺が咳き込んでいると、唐突に声がした。


「キョウ、避けろ!!」

「!?」


 俺は慌てて上半身を仰け反らせた。すると、俺の鼻先を掠めるように、刀が一本通過していった。投擲されたのだ。お陰で煙幕が振り払われ、俺の視界は復活した。しかし、アミが劣勢であることに変わりはない。どんどん車両の端へと追い込まれていく。

 俺もまた、投擲されてきた日本刀を手に取った。剣道の心得はあるが、そんなものが役に立つとは思えない。ならば、陽動に使ってやろう。


 俺は馬鹿みたいに刀を振りかざし、ドンドンと思いっきり足音を立てて駆けていく。


「やあああああああ!」


 これには、ジャンクもどきは元より、アミもまた状況を把握しかねたようだ。


「面白いガキだ、かかってこい!」


 体勢を崩しているアミから視線を外し、敵はショットガンを下ろして俺を迎撃しようとする。

 

 ――油断したな。

 俺は日本刀を素早く握り替え、アミに当たらないようにぶん投げた。


「ふん!」


 簡単に弾き飛ばすジャンクもどき。だが、そのために首を捻り、首筋をこちらに向けることになった。

 その間に、俺はイヴを抜きながら壁を蹴り、体高二メートルはあるであろうジャンクもどきの首筋に押し当てた。


「あばよ」


 ズドン、と一発。決まった。

 と、思った俺の方こそ、油断していた。

 命中した以上、間違いなくジャンクもどきは中枢神経を冒されて死亡する。だが、それには時間が必要だ。ジャンクもどきは、まだ活動できる。


 ごぼっ、と血の塊を吐く。気道がやられたのだろう、口の動きだけでジャンクもどきは囁いた。


「やりやがったな、このガキ……」


 すると、やたらと太かった胴体パーツが崩れた。いや、展開した。カサカサと虫の這い回るような音と共に、折り曲げられていた四本の中足が広がっていく。


「道連れに、してやる……」


 中足の先端からは、鋭利な光が煌めいている。照明を反射しながら、ナイフ状の足の先端がガチリ、とパーツとしてはまり込む。


 突然の敵の豹変に、俺は唖然とした。これ以上銃撃は通用しまい。あとは、とにかくタイムリミットまで逃げ回るしかない。

 俺が牽制射撃をしようとしたその時、


「はっ!」


 敵の背後から、アミが跳びかかった。そうだ。敵の中足は華奢だ。アミの刀ならバッサリ斬り捨てられるだろう。アミの身体が下降軌道に入り、右の中足二本を切断しようとする。

 素直に足が斬り落とされるだろう。しかし、そんな甘い考え方をしていたのは俺たちの方だった。まさかこれが、敵のフェイントだったとは。


 アミの動きを察したのか。ぞろり、と不気味な音を立てて、中足全てが反対向きにその爪先を向けた。


「!」


 これは流石にかわしようがなかった。アミの両腕に、爪が迫る。

 ブスッ、という音と共に、アミの右腕が千切れ飛んだ。真っ黒な液体が、あたりに染みを作る。刀を握らせた右腕は、鮮やかな断面を見せつけながら俺の足元に滑ってきた。

 このジャンクもどきに対抗しうる武器は、俺にもアミにも残っていない。


 だが、アミは左腕でバランスを取って受け身をした。床の上を転がり、自らの血で頬を真っ黒に染め、そして叫んだ。


「その腕を投げろ、キョウ!」


 俺は戦慄した。切断された自分の身体の一部を投げろ、だって?


「早く!!」


 アミに迫るジャンクもどき。足元はふらついているが、残り時間でアミを串刺しにしてしまうだろう。

 とにかく、俺はどうにかアミにこの腕と刀を届けなければ。


「ふっ!」


 俺はジャンクもどきの頭上を通るように、思いっきり腕をぶん投げた。ガシャン、グシャリと鈍い音を立てて落下する、腕と刀。


 黒い血液――。最初にそれを見た時から、俺は覚悟はしていた。だが、左腕で右腕を握り、無理やり断面をくっつけて、そのまま右腕を行使するとは。

 前のめりに倒れ込んできたジャンクもどきは、アミに喉笛を思いっきり突かれた。


 そうしてやっと、ジャンクもどきの神経が完全に停止した。

 アミはバックステップで、ジャンクもどきの死体が倒れ込むのを回避する。


 しばしの間、この地下鉄の路線に動くものはなかった。

 俺はより注意深く、周囲の気配に注意を払った。他の敵はもういないらしい。

 そして、ゆっくりとアミに近づいた。アミはお姫様座りをして、右腕を左腕にくっつけようと試みている。


「やっぱり、そうだったんだな、アミ」

「とっくに気づいていたくせに」

「まあな」


 俺とアミは、冷たい口調で言葉を交わしあった。

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