二日目

昼頃

「はい、大丈夫です」

 私を気遣う野太いが優しい口調の声に答える。

「本当かい? 休んでいいんだぞ? 無理して悪化したりしたら大変だからな」

「大丈夫ですよ。体調も良くなりましたし、迷惑は掛けられませんから……」

 目を閉じたまま、声がしゃがれないように慎重に答える。

「そうかい? それじゃあ、無理しないようにな」

「はい、ありがとうございます。失礼します」

 電話を切ると、のそりと身体を起こした。

……仕事はしないと、ね……。

 携帯の着信音に起こされ、虚ろな意識のまま電話に出ると、バイト先の店長からだった。

 私の体調と、今日のバイトに出られるかどうかが気になったらしい。

 余計な気遣いをさせないように、寝起きで乾いた喉をうまく整えながら話せたと思う。

……今……何時だろう……。

 目を擦り、握ったままの携帯に目を移す。

 うまく定まらないピントを凝らし、液晶画面の上部に小さく映るデジタル表示の時刻を捉える。

……十二? ……十三? あぁ……十三時、二十二分、ね……。

 何時間寝たんだろ?

 丸一日、寝ちゃったんじゃない?

 いや、途中に何度か目が覚めたのを憶えてる。

……まぁ……またすぐに寝ちゃったけど……。

 二度寝ならず、三度、四度寝の結果がコレか。

 寝過ぎたという後悔が頭を過る。

……仕方ないよね……薬が効いたせい……いや、おかげね……。

 携帯を枕の上に置き、寝癖のついた髪をかき上げると、両手を前に突き出して大きく伸びをする。

 充分に寝たという充足感と共に、前日までのだるさが消えているのがわかった。

 風邪が治ったのだろうか。

 起きたばかりで思考は朧気だけど、身体は活力を取り戻している気がした。

……快調でしょ! ……油断はできないけど……。

 たった一日であの状態から回復した自分自身に多少の驚きを感じる。

 一方、先程の後悔は消え失せていた。

 体調が良くなったおかげで、気分も良くなっているよう。

 枕元にあるペットボトルを取ると、ぬるくなったミネラルウォーターで喉を潤す。

「ふあぁぁぁ……起きないと……」

 大きく欠伸をしながらベッドから下りると、明るく照らされた白地のカーテンを開ける。

八畳の部屋を照らす快晴の光に目が眩み、目を瞑って顔を横に背けた。

……眩しぃ、やっぱり寝過ぎたかな……。

 片目を開けると、窓際にあるドレッサーの上に置かれた白い紙袋が目に入った。

 薬の入った袋だ。

 化粧品やらに紛れて置かれたその白い袋を手に取ると、中身を取り出す。

「飲むの、忘れてた」

 カプセルタイプの薬を手のひらに呟く。

 寝る前に飲まなければならなかった薬。

 だけど、風邪は治ったよう。

 普段から薬を飲まない人が薬を飲んだ時、効きが良いと聞いたことがある。

 それに、私があまり病気に罹ったことがない健康体であることもあるからかな。

……油断はできない、よね……。

 体調が良くなったとはいえ、ぶり返すことも考えられる。

 病院に従って薬の服用はちゃんとした方がいいと思う。

……ご飯食べたら、飲まなきゃね……。

 薬を袋に戻し、ドレッサーに置くと、部屋の中央に脱ぎ散らかされた服をかき集めて抱えると、部屋を出た。

……シャワー浴びたい……。

 廊下を歩きながら、パジャマの襟を引っ張る。

 汗をかいたせいでベタつく感じがして、少し不快。

 湯冷めをしないように気をつければシャワーやお風呂に入っても問題ないと、テレビで見たことがある。

……身体を綺麗にしてから、ご飯を作ろう……。

 階段を下りて、廊下を横切った先にあるダイニングキッチン。

 さらにその先にある浴室へと思いを馳せた。

……あれ?

 階段を下りる際。

 兄の部屋のドアを一瞥し、その向かいにある両親の寝室だった部屋のドアを見た時。

 違和感を覚えた。

……何だろう……この感覚……何かが、引っかかる……。

 階段をゆっくりと下りつつ、寝起きで冴えない頭を回転させる。

……何だろ……寝惚けてるのかな……。

 一階に到着し、ダイニングキッチンへの引き戸を目の前に立ち止まる。

 頭をポリポリと掻くと、振り向いて階段を見上げる。

……何なんだろう……何か……何かが……。

 階段を上って、確かめようか。

 だけど、面倒な気もする。

 早くシャワーも浴びたい。

 この不快感を何とかしたい。

 それに、薬も飲まなければならない。

 ご飯も食べないと……。

……後でいいかな……気のせいかもしれないし……。

 どうやら、私の中で不快感と義務感が勝ったよう。

 気になる気持ちをとりあえず封印すると、引き戸を開け、ダイニングキッチンに入った。

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