終章

朝-1

「何だか気疲れするぅ。休んだはずなのにぃ」

 一日振りの我が家。

 リビングに入るや否や、溜め息を吐きながらソファに身を埋める。

「まあ、仕方ないわね。そういう体験をしたんだから」

「厄年じゃないはずなのに……」

 また溜め息を吐きながら、髪をかき上げた。

「まぁ、転機の年ってことじゃないの? 国の政権も変わったことだしね! 何か影響してるのかもね?」

 叔母さんはそう言って笑うと、私の隣に座った。

 そう。

 今年。

 私が二十代後半に突入してから、ちょうど一週間後。

 朝の新聞には、政権交代の文字が躍っていた。

 政権が変わった年。

 どうやら、叔母さんの言うように、私の人生に大きな影響を与える年でもあったよう。

……初めて、入院したし……一日だけど、ね……。

 ストレスと心身疲労による、ナンタラカンタラ……医者がそう言っていた。

 命に別状はなく、ゆっくりと休めば治るみたい。

 それでも、大事を取って、様子見を兼ねての一日入院をした。

……でも、哉子叔母さんがいなかったら……どうなっていたか……。

 髪をかき上げると、軽く息を吸い込みながらソファに座り直し、上目使いに叔母さんを見据える。

「ありがと。哉子叔母さんには助けられてばかり、ね」

 日付でいうところの、昨日に当たる日。

 あの1401号室で気を失い、病院のベッドで目覚めたのが、その日の昼間。

 叔母さんが自分の車で私を病院に運んでくれていた。

 奇しくも、私が四日前に来院した病院。

 そして、兄の遺体と対面した病院に……。

「いいのよ、大事な姪っ子だからね! 出来る限りの事をするのは当たり前よ!」

 叔母さんはそう言うと、足を組み、長くウェーブの掛かった茶髪を撫でつけながら、ツーウェイバッグを私の膝の上に置いた。

「……そういえば、何か分かった?」

 膝の上に置かれた私のバッグを開け、覗き込んで目当てのモノを探す。

 叔母さんには、全てを話してある。

 兄の事。

 〈噂〉の事。

 〈篠美〉の事。

 私がこの数日間で体験した事。

 そして、それらに関する、現時点での私の憶測。

 その上で、叔母さんに調べてもらっている事があった。

「これでしょ? ……そうね、水香の予想通りよ」

 そう言いながら、叔母さんは上着から取り出したモノを手渡してきた。

「そう、やっぱり、ね……」

 渡されたモノを眺め、そう呟く。

「知り合いの専門家に見てもらったからね。間違いなく、合成写真よ!」

 そう。

 叔母さんに頼んで調べてもらっていたモノ。

 写真。

 1401号室で見つけた写真。

 兄と女性が並んで立っている写真。

 そして、この写真は合成。

 おそらく、この女性は……。

〈篠美〉

 本人かどうかは……後で、確認できるはず。

「かなり、精巧に作ってあるみたいね。素人にしては大したモノみたいよ」

「そうなんだ、だから……」

 1401号室で……。

 この写真や、他の写真を初めて見た時。

 あの時に感じた違和感。

 そして、この写真を改めて見た時。

 何となく、気付いたこと。

……私の直感も……中々のモノ、ね……。

 小さく溜息を吐くと、写真を向かいのテーブルの上に置いた。

「どうするの? 行く? それとも、少し休む?」

 そう言って、叔母さんは腕を組んで、私を見据える。

「うん、行く。でも、その前に……」

 そう答えると、バッグを脇に置いて、立ち上がる。

「ああ、勇也の部屋ね? 私も行くわ」

 叔母さんは察したように立ち上がり、私の肩に手を置いた。

「ありがと」

 顔だけ振り返ると、笑顔で感謝の言葉を返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る