朝-2

「本当に、鍵がついてるのね」

 叔母さんはそう言って、鍵の刺さったままのドアノブをまじまじと眺める。

「この部屋に、多分……」

 青い封筒が……。

 〈篠美〉の手紙があると思う。

 あの留守電のメッセージの通りなら……。

 おそらく、ここに……。

「開けるね……」

 ドアノブを掴み、一呼吸置いてから、ドアを開けた。

「……あっ……そうか」

 ドアを開け、部屋の中が見えた時。

 違和感というか、既視感を感じた。

 そして、すぐに分かった。

 この兄の部屋。

 あの1401号室の、香水の箱があった部屋と……。

 家具等の配置が全て同じ……。

……篠美は……この部屋を……再現したんだ……。

 ドアの位置や、クローゼットがないことを除くと、置いている家具の種類や配置は全く一緒のよう。

 本棚。

 パイプベッド。

 薄型テレビ。

 四つの抽斗がある机に回転イス。

 机は学習机かな……。

 ここまでくると、収納されているモノも全て同じだと思われる。

 しかし、こちらの部屋にあるモノは全て年季が入っている。

 特に、この学習机。

 兄が子供の頃から使っていたモノだと思う……。

 もともとは天板に棚が付いていたのを、加工して真っ平にしたのだろうか……。

 表面にその名残がある。

 それに、この部屋……。

……異常な感じは、しない……。

 部屋の中が荒らされていたり、異様な様相も予想していたのだけれど……。

 まともな部屋。

 私が昔に見たまんまの部屋。

 だけど……。

……1401号室の、アノ部屋では……嫌な感じを覚えた、けど……。

 そう。

 思い返せば、あの時は……。

 兄に対する不信感のような違和感を覚えていたんだと思う。

 自分の家に……。

 実家にある自分の部屋と、全く同じ部屋を造り上げている事に……。

……まぁ……この部屋と同じ造りだったことに……気付いてなかったけど……。

 心の中で苦笑すると、溜め息を吐いて、髪をかき上げた。

「なに溜め息吐いてんの? ……それより、コレ見て……」

 いつの間にか、中に入っていた叔母さんが、机の前に立ってその上に置かれているモノを指差す。

「これは……同じ」

 叔母さんの横に立ち、その指差しているモノを見て、そう呟いた。

……写真……それに、青い封筒……。

 写真はアノ部屋にあった写真と全く同じモノ。

 写真立てに入れられた、バストアップで微笑を浮かべた女性の写真。

 はっきりとは憶えていないけど、写真立ても同じモノだったような気がする。

 そして、その写真立ての横に置かれた青い封筒。

……これが……あの留守電の……。

 前髪を払い、そっと封筒を手に取る。

「開けてみれば?」

 叔母さんに促され、頷いて、その封を切る。

 中から一枚の便箋が出てきた。

「どれどれ?」

 それを広げると、叔母さんが横から覗いてきた。


【 先日は、本当にごめんなさい。

  おかしな手紙を送ってしまいました。

  どうかしていたんです。

  本当にごめんなさい。

  あの手紙は捨ててください。

  そして、お願いがあります。

  あんな手紙を送った後に、厚かましいでしょうが、

  七夕の日に会うことはできませんか?

  伝えてなかったかもしれませんね。

  その日は、私の誕生日なんです。

  さらに、その夜は満月。

  午後6時にあのバーで待ってます。

  ずっと、待ってます。

  ずっと        篠美 】


 机の上に手紙を置き、溜め息を吐く。

 間違いなく、あの留守電で〈篠美〉が言っていた手紙。

 そして、兄が読むことのなかった手紙。

「満月の七夕ねぇ」

 叔母さんはそう言って髪を撫でつけると、机を物色し始める。

……そう……七夕……この時、兄さんは……。

 そう。

 兄の同僚だった〈内山真悟〉さんに確認したところ。

 兄は亡くなる前日まで、2ヶ月ほど仕事の出張で家を空けていたよう。

 要するに、今から3~4ヶ月前の間、家に一度も帰っていなかったということになる。

 そもそも、私は、あのダンボール箱に入った郵便物が、兄が亡くなってから溜まり出したモノだと思っていたのだけれど……。

 どうやら、兄が亡くなってから、あまり経たずに回収されたモノだと思われる。

 そうなると、兄が出張に行っている間の郵便物。

 兄が亡くなる前の約2ヶ月分の郵便物となる。

 電話で確認したから……間違いない。

……約二ヶ月分の……郵便物……。

 同じような事を、あのダンボール箱を渡された時に思ったのだけれど……。

 時間軸が違った。

 私の考えに、2ヶ月ほどのズレがあった。

 だから、〈篠美〉が兄の家の郵便受けに手紙を投函していた時期を間違えた。

「これって、水乃姉さんのと同じ……」

 叔母さんは机の一番下の抽斗を開け、中から小さなプラスチックの箱を取り出していた。

「それって……ちょっと貸して」

 叔母さんの持っている箱を見て、そう言うと、箱を受け取った。

……やっぱり……あの部屋にあったのと同じ……。

 そう。

 この箱。

 そして、中の小瓶。

 ちょっと前に流行ったオードトワレ。

 中身は半分以上使われていて、箱と小瓶のデザインも少しばかり違うよう。

 しかし、この甘い香りは……。

「形見かな。水乃姉さんが使っていた香水ね。これは、かなり前のだけど、数年前に復刻版が出てたわね。その時に流行ったんじゃない?」

 叔母さんは小瓶の蓋を開け、中の香りを嗅ぎながら、そう言った。

……そうか……あの部屋にあったのは……復刻版の方……。

 確かに、叔母さんの言うように、数年前にこの香水が流行っていた。

 しかし、〈篠美〉はおそらく……。

 この机に入っていた香水を見つけたのだろう……。

 そして、兄が好きな香りだと思い、この香水を使うようになった。

……思い返せば……この家で、この香りを嗅いだのも……。

 そう。

 兄が亡くなる1~2ヶ月前。

 今から3~4ヶ月前。

 その時期だったと思う。

 要するに、〈篠美〉がこの家に侵入していた時期。

 〈篠美〉が兄の家の郵便受けに、手紙を投函していた時期と重なる。

……そう……それ以降は……何も……。

 今から1~2ヶ月の間は、この家でこの甘い香りを嗅いでいなかった。

……なぜなら……篠美は……。

 そう。

 おそらく……。

 私の考えに間違いはない。

 後で……。

 その答えが……。

「水香……もう行こうか?」

 物思いに耽っていると、叔母さんが私の肩を叩いて、そう言った。

「ごめん。ぼーっとしてた……行こう」

 苦笑して軽く首を振ると、机の写真を一瞥して、部屋を出た。

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