夜半過ぎ-2

「暗い」

 エントランスの中に入り、思わず呟いた。

 照明が点いてはいるのだけれど、明るさが乏しく、日中の時と変わらないぐらいに薄暗い。

 その薄暗さに、少しばかりの不安を覚える。

……大丈夫……部屋に入れば……。

 前髪を払って気を紛らわすと、集合インターホンを一瞥し、各部屋の郵便受けを眺める。

……部屋に、いるんだよね……。

 貼り紙で封がされた1401号室の郵便受けを横目に、バッグから楕円形のプレートが付いた鍵を取り出した。

……哉子叔母さんは……もう、部屋に……。

 数分前、タクシーがこのマンションに着く頃、叔母さんからメールが届いていた。

 その数十分前に、私が送ったメールに対しての返信だったのだけれど……。


【勇也の部屋に着いたわ! 中で待ってるからね!】


 叔母さんからのメール内容を思い出し、ホッと息を吐く。

 少しばかり、心に余裕が出てきているよう。

……先に着いてるなんて……。

 やっぱり、頼りになる。

 思い返せば、いつもそう……。

 両親が離婚した時も……。

 母が他界した時も……。

 父が他界した時も……。

 そして、兄の時も……。

 今も、そう……。

 私がピンチの時や、何かを乗り越えようとする時、いつも叔母さんが助けになってくれていた。

……哉子叔母さんには、迷惑を掛けっぱなし、ね……。

 髪をかき上げ苦笑すると、手にした鍵を集合インターホンに備わっている鍵穴に差し込んだ。

……待たせちゃ、ダメだよね……。

 鍵を回すと、ピーピーという電子音と共にロックが解錠された。

「……よし」

 そう呟くと、鍵を引き抜き、空いた手でドアを引いて開けた。

「っ?! ……なん、なの?」

 咄嗟に俯き、軽く咳き込む。

 ドアを開けると、息苦しさを感じた。

 何かが腐っているような……。

 カビ臭いような……。

 日中の時より澱んでいる……。

 かなり不快な空気が漂っているよう。

……昼間の時も、そうだったけど……。

 気のせいだろうか。

 この建物の臭いに、慣れていないだけだろうか。

 軽く息を吸い込むと、髪をかき上げながら、顔を上げた。

……あ……点いてる……。

 ドアを抜けると、スロープの先のエレベーターホールが、ぼんやりとオレンジ色に照らされているのが分かった。

 日中の時には点いていなかった照明。

 やっぱり、省エネだったのかな……。

……それでも……やっぱり、暗い……。

 ホールからの明かりが届いているとはいえ、光量が頼りないせいで、スロープは薄暗い。

 ドアが閉まるのを背中越しに感じると、横を向いた。

 照明のない階段下の暗がり。

 暗い中に、郵便受けの取り出し口があるのがわかった。

 日中は気にも掛けていなかったのだけれど……。

……あれは……ゴミ箱?

 その暗闇の隅に、長方形の箱があることに気付いた。

……何だろう……チラシとかを捨てるため、かな……。

 首を傾げ、その階段下の暗闇をホールの方に向かって、視線を移していく。

……これ……誰かが隠れてても……気付かない、よね……。

 一瞬、頭を過った想像に寒気を覚え、首を振って払う。

 階段下の一際暗い箇所を一瞥すると、軽く息を吸い込んで、スロープを上り始めた。

……やれやれ、ね……。

 暗がりを横目に、溜め息を吐く。

 そして、四歩進んだ時。


カチャンっ!


「っ?!」

 背後から、突然の金属音。

 心臓が強く脈打ち、一瞬、息が詰まる。

 身が竦み、足が止まった。

……何、何……?

 鼓動が速くなる。

 嫌な想像が膨らみ、恐怖を呼び起こし始める。

 振り向けず、ただ後ろの気配を感じようと、意識を集中させた。

……何……何が…………あっ……。

 ふと、思い出し、拍子抜けした。

「……ロックだ」

 その音の正体に気付くや、ホッと息を吐いて振り向いた。

 暗がりに、郵便受けの取り出し口。

 ガラス扉越しに、薄暗いエントランスが見える。

 異常はない、けど……。

……本当に、施錠されたの?

 嫌な予感が頭を過る。

 思わず、階段下に視線を移す。

 暗がりに……。

 誰かが潜んでいるのではないか……。

 扉のロックはされていないのかもしれない……。

 負のイメージが脳内を駆け巡り始める。

……まさか……そんなこと……。

 バッグの中に手を入れると、目当てのモノを探す。

 同時に、暗がりを凝視しながら一歩ずつゆっくりとスロープを下り、ガラス扉に向かう。

……どこ……早く…………あった!

 バッグからスタンガンを取り出すと、片手で目の前に構える。

 そのまま、横向きに歩くと、ガラス扉に肩がぶつかった。

……ロックは……されてる?

 空いた手で鉄製の取っ手を握り、暗がりにスタンガンを向けたまま、扉を押し開けてみる。

……開かない……やっぱり……。

 試しに、引いてみても扉は開かなかった。

 間違いなく、ロックされている。

……それ、なら……。

 スタンガンを両手に構え直すと、階段下の暗闇を警戒する。

……何も、いない……大丈夫、よね?

 目が慣れてきたのか、薄っすらだけど、階段下の様子が分かってきた。

 郵便受けの取り出し口と、角にゴミ箱と思われるモノがあるだけで、他には何もなかった。

……この暗さ……何なの……。

 肩を落とし溜め息を吐くと、バッグにスタンガンを仕舞い、早足でエレベーターホールへと向かった。

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