志保と木葉の文化祭3

 校舎に入ってから今まで、私達以外には一人の姿も見ていない。普段何人もの生徒が騒がしくしている分、誰もいない学校と言うのは寂しく思える。

 校庭の方から聞こえてくる喧騒が余計にそう感じさせるのかもしれない。

 普段私のいる教室にも、思った通り誰もいなかった。


「志保の席はどこ?」


 中に入るなり、木葉はキョロキョロと見回しながら聞いてくる。


「ここだけど、こんなところに来てどうするのよ」

 すると木葉はそれには答える前に、私の隣の席に腰かけた。


「志保が普段どんな景色を見てるか知りたかったんだよ」

「なにそれ?物好きね」


 なぜか楽しそうな木葉を見ながら、私も自分の席に座る。ほとんど毎日見ている景色。だけど隣に木葉がいるだけでなんだか不思議な感じがする。


「ねえ、もし俺が人間だったら、こうして志保と机を並べていたのかな?」

 辺りを眺めているかと思ったら、突然そんなことを言い出した。


「なに言ってるのよ」

「もしもの話。志保の、俺達妖怪を見る力が無くなるって分かった時に考えたんだ。そしたらこれからも一緒にいられるのにって」

「そんなこと考えてたの。女々しいわね」


 そんなことを言いながら、だけど木葉の気持ちは私にも分かった。私だって無駄と知りつつ何度似たようなことを考えただろう。

 だけどそれももう過去の話。今さらそんなあり得ない妄想をする気はない。嘆いたり悩んだりする時間はとっくに終わっていて、それでも最後の時まで一緒にいると私達は決めたんだ。

 それなのに今さらこいつは何を言っているのだろう。


「単純に、それはそれで楽しいかなって思ったんだ。志保と同じ学校に通って、一緒に授業を聞いて」

 そういうことか。だけど私は首を横に振った。


「あんたが人間だったら私とはせいぜい顔見知り程度だったんじゃないの。元々あんたが私に声をかけてきたのも、同い年くらいの遊び相手がいなかったからでしょ」


 もうずいぶんと昔の話だけど、それが私達の知り合った理由だった。もし木葉が人間なら遊び相手なんてたくさんいただろうから、わざわざ私に声をかける必要もない。

 そう考えると、癪だけどちょっと寂しいかな。

 だけど木葉は譲らなかった。


「そうかな?それでも俺は志保と仲良くなったと思うよ」

「なんでよ」


 自慢じゃないけど、こっちは妖怪が見える特異体質のせいで周りからは変人扱いされ、結果高校デビューするまであんた以外まともな友達はいなかったのよ。ああ、本当に自慢にもならないわね。


「だって、可愛いと思った女の子とは仲良くなりたいじゃないか」

「なっ―――――!」


 いきなり何を言うんだこいつは。そう、これはいつものあれだ。私をからかって楽しんでいるんだ。動揺したら敗けだ。

 そう思っているのに、頬の緩みが収まらない。それを見られるのが恥ずかしくて、机の上にうつ伏せながら木葉と反対の方を向く。


「何言ってるのよバカ……」


 消え入りそうな声で呟く。何で木葉相手にこんなに照れなくちゃいけないのよ。


「ごめんごめん。俺、なんか舞い上がってるみたい」

「あんたは年中舞い上がってるようなもんでしょ」



 未だ鳴り止まない心臓を押さえながら、口ではできる限りの悪態をつく。そうでもしなきゃ身が持ちそうにない。

 なのに木葉は更に続けてくる。


「俺が人間だったら、志保が妖怪だったら、ずっと一緒にいられたら……いろんな想像をさんざんしてきたけど、志保と出会わないなんて状況は一度だって無かった。だってそんなの嫌だから」


 背中越しに聞こえてくるセリフに思わず悶える。

 いったいどうしたと言うんだろう。普段からかいや冗談で歯の浮くようなセリフを言うことはあっても、ここまでしつこいなんて事はまずないのに。


「いい加減に―――――」


 とうとう恥ずかしさに耐えきれなくなって、怒鳴りつけようとして木葉のいる方をいて、だけど言いかけた言葉は途中で途切れてしまった。

 木葉は私と同じように机の上にうつ伏せながらこっちを見ていたけど、その顔が私に負けないくらい真っ赤になっていた。それがあまりにもおかしかったものだから、怒鳴るのも忘れてしまった。


「……あんた、実は言ってて凄く恥ずかしかったりする?」

「……結構」


 だろうね。わざわざを聞かなくても、見ただけでだいたい分かった。


「だったら何であんなこと言うのよ。これじゃ互いに恥ずかしい思いをしただけじゃない」

「言っただろ。舞い上がってるって。ここで志保が普段過ごしてるのかって思うと、なんか変に緊張するんだよ」


 それを最後に木葉は押し黙る。沈黙が余計に恥ずかしさを増し、何か言わなきゃと思うのに声が出ない。






 どれくらいの間そうしていただろう。心臓の音がやたら大きく響く。ふと、木葉の唇が動いた。


「ありがとう。今日は俺に付き合ってくれて」

「なによいきなり」


 ずっと黙っていたと思ったらいきなりそんな事を言い出すなんて。だけど木葉はどこか申し訳無さそうに言う。


「だって今日は志保にとって特別な日だろ。最初で最後の文化祭」

「ああ、そのこと」


 高校一年である私にとって、当然今日の文化祭は初めての経験だ。だけど同時に、きっと最後の経験でもある。

 これから先も普通に高校に通うのなら、きっと来年と再来年の二回は経験することになるだろう。だけど多分、この頃私はこの学校にはいない。


「まあ、子育てしながら学校通うのは現実的じゃないわね」


 そう呟きながら、私はそっとお腹を押さえる。まだはっきり調べた訳じゃないから確証はないけど、既にその兆候は出始めていた。

 私と木葉の、確かな繋がりの証が。

 この決断をする事で、きっと私は多くのものを失うことになるだろう。だけどたくさん悩んで、たくさん考えた、そうして二人で決めたことだ。今更後悔はしていない。


「それなのに、ずっと俺に付き合って。そりゃ俺がそうしたいって言ったんだけど、本当は友達と一緒にいたかったんじゃ………」

 木葉の言葉はそこで途切れた。私が手を当てて口を塞いだからだ。


「嫌ならあんたの頼みなんて断ってたわよ」


 文化祭、俺と一緒に回ってほしい。

 その言葉にすぐに返事をした事を考えるとそれくらいわかるだろうに。まったく、こいつは肝心なところでぬけている。


「それに、午前中はちゃんとクラスのみんなと一緒にいたからね」


 クラスの皆と一緒に売り子をしたのは、恥ずかしくもあったけれどきっと良い思い出になるに違いない。


「志保のエプロン姿、良かったな」

「それは忘れて。今すぐに」


 何やら余計な事を思い出そうとしている木葉を間髪入れずに止める。だけどコイツは素直にそれを聞き入れるような殊勝な奴じゃない。


「えぇーっ、フリルいっぱいで可愛かったのに」

「忘れろって言ってるでしょ!」


 尚も記憶の扉を開けようとする木葉と、ポカポカ殴りながらそれを阻止しようとする私。一応確認するけど、今は文化祭の真っ最中。校庭からは相変わらず騒がしい声が聞こえてくる。


 こんな日に何をするわけでもなく教室にこもってバカやっているとは、なんて勿体ない。一緒にいるのが木葉でなければ、きっとそう思っただろう。

 だけどこうして互いに恥ずかしがったりふざけ合ったりして、木葉を近くに感じるこの瞬間を無駄とは思えなかった。

 確かに友達と過ごす文化祭と言うのも大事だけど、別れがもうすぐに迫っている木葉と一緒いられる時間だって、私にとってとても大切な時間だ。


 私が木葉の姿を見られるのも残りわずか。だからこそ、こうして一緒にいる時間が愛しい。

 こんなこと、本人には絶対に言わないけどね。


 今日は文化祭。特別な日は、みんなどこか舞い上がっている。木葉もそう。

 そして私も、そんな舞い上がってる人の一人なんだろうな。


 そんなことを考えながら、私は再び木葉を見つめた。

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