木葉のその後 最終回

 僕の名は鹿王。この山に住むヌシ様に使える妖怪だ。歳は二百歳を超えているけど、見た目は若い人間に近い姿をしている。若作りには力を入れてるよ。


 さて、僕は今山の中にそびえる一本の大きな木の前に立っている。ここにはとある理由により、僕と同じヌシ様の眷属である木葉が封じられている。それが確か、今から十六年位前の話だ。

 今日は彼に愚痴を言うためここに来た。とは言っても彼に僕の言葉は聞こえないし、ましてや何か反応が返ってくることも無いのだけれど。


「木葉、少し前に君の子供が近くまで来ていたよ。君が予想していた通り、どうやら自分に流れている妖怪の血について悩んでいるらしい」


 そう言いう時の為に木葉は自ら望んでヌシ様に封印された。残り少ない命を我が子の為に使えるように。


「でも残念。彼は友達に連れられて帰って行ったよ。我が子に会い損ねたね」


 もっとも、きっと君ならそれはそれで良かったと言うだろう。自分が出るまでも無く困難を乗り越えられるならそれに越したことは無いと。


「だけどこっちは大変だったんだよ。嫌な奴の事を思い出したってヌシ様が酷く苛立ってね。木葉、もちろん君のことだよ。おかげでこっちは機嫌を取るのに苦労した」


 この辺は中間管理職の辛い所だ。しかしヌシ様もそんなに不機嫌になるくらいならそもそもあの時木葉の頼みなんて聞かなかったらよかったのに。


「と言っても無理か」

 想像してみたものの、それは絶対にありえないだろう思っている。


「確かにヌシ様は僕等眷属に対して絶対な命令権を持っているし、時に理不尽な事だって言う時もある。だけどあの人はきっと、僕等が本気で頼んだことを決して無下にはしないだろう。とてもそうは見えないけど、優しいんだよあの人は。君もそれが分かっていたからこそ、最後はヌシ様を頼ったのだろう?」


 そこまで言った時、僕は背中に誰かの気配を感じた。いや、誰かと言うか間違いなくあの人だな。


「ヌシ様、こんな所へ何か御用ですかな?」

 振り向くとそこには思った通りヌシ様が不機嫌な顔で立っていた。


「貴様、私のことを分かったふうに語るな」

「さて、何のことでしょう?」


 どうやらさっきまでの独り言を聞かれていたようだが、ここは堂々ととぼけることにする。


 ヌシ様は顔をしかめたけどそれ以上は何も言わず、黙ってゆっくりと木葉が封じられている木へと手を伸ばした。そんな彼女に僕は聞いてみる。


「ヌシ様、もし木葉の子がここで妖怪として暮らしたいと言ってきたら、あなたはどうしました?」

 その途端、彼女の動きが止まった。


「誰が人間の血を引くものなどそばに置くものか。さっさと追い返してやるわ」

 冷たい物言いだが、僕はその言葉の意味をすぐに理解する。


「なるほど。つまり母親を悲しませぬよう早く帰れということですね」

「誰がいつそんな事を言った!お前はもう口を開くな!」


 おっと、怒らせてしまった。察しが良すぎるのも考え物だ。これで僕はしばらくの間何も喋れなくなってしまった。


「まったく、木葉もお前も主を何だと思っているんだ」


 ヌシ様はブツブツと文句を言っている。この方は人間を嫌っているのだが、そんな彼女自身はとても人間くさい。

 まあそれも当然か。ヌシ様だって元々は人間だったのだから。



 僕が生まれるよりさらに昔、近くの村にはこんな言い伝えがあった。


 その村には妖怪の姿を見る事の出来る一人の女性がいた。彼女はその力のせいで村人から怖れられ、気味悪がられ、やがて一人寂しく死んでいった。

 そして彼女の死後祟りを恐れた村人達は、その魂を鎮めるため社を建てて祀ることにした。そんな人の怖れや信仰が結果として力を与えることとなり、結果彼女は妖怪となって転生した。これがヌシ様の起源だ。


 僕はこの話を聞いて人間達の身勝手さに呆れたが、それでもたった一つだけ感謝していた。

 もし人間達が彼女を祀らなければ、きっと妖怪としてのヌシ様が生まれることも、こうして僕と出会うことも無かっただろう。


「帰るぞ」


 僕が古い言い伝えに思いを馳せていると、いつの間にかヌシ様はそう言って歩き始めた。忠実な眷属である僕はもちろんその後に続く。


 彼女は本当は僕等眷属をとても大事に思っている。だというのにそれを上手く伝えることができていない。まだ人間だった頃、優しさや愛情に触れられなかったせいか、大事にするというのが恐ろしく下手だ。

 だから時にやり方を間違え、誤解を生む。一時木葉が彼女の下を離れたのだってそうだ。

 だけど僕は、そんな彼女の不器用なところが嫌いじゃない。ずっとそばで見てきて、愛しいとすら思っている。

 これを本人に言ったら果たしてどんな顔をするだろう。見てみたい気もするけど、それはまたいつかの機会に取っておくとしよう。


 人間達はただ彼女を恐れるだけだった。

 木葉は何だかんだありながらも結局は彼女を信頼していたけど、それでも共に歩むことは無かった。

 ならばせめて僕は、僕だけは、ずっと彼女のそばにいよう。時に従いながら、時に起こらせながら、この愛しき主のそばに。


 そんな思いを抱きながら、僕は今も彼女の背中についていく。


 木葉のその後 完

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