志保と木葉の文化祭1
学校とは本来勉強を教わる場所だ。だけど年に数回、その例外となる日がある。今日、私の通う高校で行われている文化祭もその一つだ。
一応建前ではこれも教育の一貫となっているみたいだけど、多分生徒のほとんどは遊びやお祭りのような感覚だと思う。
時刻はお昼を回ったころ。周りを見ると、制服姿の生徒や大勢のお客さんはもちろん、中にはどこかのクラスの出し物であろうウェイターや着ぐるみまでいてバラエティ豊かだ。
私はそんな人達の間を通り、校舎の隅にある倉庫裏へと向かう。校内のほとんどは人でごった返しているが、ここには出し物も無いのでわざわざ足を向けるようなもの好きはいない。
だけどその分、待ち合わせには適していた。
「いた。木葉ー」
「志保!」
私が顔を出したのと同じタイミングで、そいつも私に気づいたようだ。
駆け寄ってきたそいつは、長いまつ毛を備えた二つの目で私を見下ろす。白い肌に二重の瞼と言った個々のパーツからはどことなく中性的な感じがするが、にこやかに笑うその表情からは大人しいと言うより活発そうな印象を受ける。
こいつの名前は木葉。年は私と同じで、今日はこの文化祭を見にやって来た。私との関係は、恥ずかしながら一応彼氏彼女ということになる。
「すごい人の数だ。それに賑やかだ」
「お祭りだからね」
木葉は校舎のある方に目を向けながら珍しそうに言う。そしてその後、改めて私の姿を見た。
「売り子の時に着てたエプロンはどうしたんだ?」
「あれね。脱いできた」
私のクラスは、校庭の一画に立てられたテントの下でお菓子屋をやっている。クッキーやビスケットと言った焼き菓子を事前に作っておいて、今日はその販売だ。私は少し前まで、売り子として呼び込みをやっていた。木葉の言っているエプロンとは、その時に着ていたやつを言っているのだろう。
「えーっ、じっくり見たかったのに」
残念そうに言う木葉。実を言うと、着て来ようと思えばエプロン姿のまま来ることはできた。数は足りてるし、クラスのロゴが入ってるから宣伝にもなる。
だけど私はそうしなかった。その理由はなんと言うか、恥ずかしいからだ。
「だって…あんなにフリルだのリボンだので飾られてるのよ。制作組が悪ノリしてとにかく可愛くしようって事になったみたいだけど、似合う人と似合わない人がいるんだからね」
実際、あの可愛くファンシーなデザインは一部の子やお客さんには評判が良かった。うん、それは否定しない。私だって他の子が来ているのを見て、素直に可愛いと思ったりもした。
だけど、自分がそれを着るとなると話は別だ。売り子をしている時ならまだしも、その格好で校内を歩くなんて恥ずかしい。しかも木葉にそれを見せるなんて…………ん?ちょっと待って。
「あんた、なんで私がさっきまで着てたエプロンのこと知ってるのよ?」
「そりゃもちろん見たからだよ。だいぶ遠目だったけどね」
カッと頬が熱くなる。見たのか、アレを。
「私のクラスの模擬店には来んなって言ったでしょーが!」
「お客として行ってはいないよ。遠くから見てただけ」
「屁理屈言うな!それじゃ来るなって言った意味が無いじゃないのよ!」
「だって志保が売り子やっている所を見たかったんだよ。それに似合わないなんて言ってるけど、ちゃんと可愛かったよ」
「なっ……」
可愛い。その言葉に私は元々染まっていた頬をますます赤くし、言葉を途切れさせる。
一方木葉は、そんな私の反応を見て笑っていた。こいつ、絶対楽しんでるな。
「もういい。来るなって言ったお詫びにクッキー持ってきたんだけど、約束破るような奴にはあげない」
そう言ってクッキーの入った袋を見せつけるように前に出す。途端に木葉の顔色が変わった。
「それってもしかして手作り?」
「手作り」
「……ちょうだい」
「……嫌」
少しの沈黙の後、木葉が観念したように頭を下げる。
「………………俺が悪かったです。クッキーください」
「よろしい」
勝った。勝ち負けの問題なのかというツッコミは却下する。
しかし、終わってみると我ながらしょうもない言い争いをしたものだ。木葉とは初めて会ってから随分経つけど、口を開けばいつもこんな感じだ。それはお互いに好きだと言った後も、彼氏彼女になった今も変わらない。我が事ながら色気が無い。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
私からもらったクッキーを完食した木葉が満足そうに言う。それを聞いて私はニヤリと笑う。
「それは良かった。そう言ってもらえると工藤君も嬉しいでしょうね」
「工藤君?」
初めて出てきた名前に木葉が首をかしげた。
「うちのクラスの男子だけど、やたらと女子力が高いの。もちろんお菓子作りも得意。今回の出店では、その腕を買われてお菓子製作班のリーダーをやっていたわ」
「ちょっと待って!じゃあ俺が今食べたクッキーって……」
「工藤君の手作りよ」
ちなみに私はお菓子作りには一切参加していない。なんだか木葉が恨めしそうな顔をしながら私を見るけど、逆恨みをしてもらっちゃ困る。確かに手作りとは言ったけど、誰の手作りかなんて言って無い。木葉ったら、いったい誰が作ったと思ったのだろう。
「志保~っ」
うっ、そんなに睨まないでよ。さすがに少し罪悪感が出ちゃうじゃない。
「ごめんって。お詫びに何でも好きなもの奢るからさ」
「………じゃあ、クレープ」
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