第4話
泣いている所を見知らぬ男の子に見られて逃げ出した私。その途中転びそうになった時、誰かが腕を掴んでそれを止めた。
「危ないな」
見ると、転ばないように支えてくれていたのはさっきの男の子だった。だけど私はそれよりも彼の姿に目を奪われていた。
「妖怪!」
震える声で叫ぶ。さっきまでは普通の人間と何も変わらなかったけど、今は確実に違うと分かる。だってその背中に、はっきりと白い大きな羽が生えている見えたのだから。
「あ、やっぱり俺の事見えるんだ。そんな人間初めて見たよ。よほど高い霊力を持っていいるんだな。俺は……」
彼が何か言葉を続けようとした瞬間、私は再びその体を思いきり突き飛ばす。彼はその拍子に大きく後ろに倒れ――
ゴン!
そこにあった木に思い切り頭をぶつけた。それもかなり派手に。そして、そのままその場に倒れ込んでしまった。
これは、もしかするとマズいかもしれない。
「だ……大丈夫?」
恐る恐る声をかけるけど、返事はなくピクリとも動かない。
慌てて駆け寄り、何度も体を揺さぶる。もしかして死んでしまったのだろうか?いくら相手が妖怪だからって、何もここまでするつもりはなかったのに。
「起きて!ねえ起きて!」
涙目になりながら何度も呼びかける。すると、今まで全く動かなかった手が突如伸び、私の体を掴んだ。
「捕まえた」
そう言ってその子はにっこりと笑った。ようやく私は、今までのはただ死んだふりをしていただけという事に気づく。
「びっくりしたな。もう突き飛ばしたりしないでよ」
こっちは本気で心配したと言いうのに、からかうように笑う彼を見て、私は今までの怖さを忘れた。
分かり易く言うと、キレた。
「バカーッ」
めちゃくちゃに腕を振り回し、何度もポカポカと頭を殴る。だけど彼はなおも笑っている。まるで会心の悪戯が成功したような顔だった。
それがどれくらい続いただろう。殴ることに疲れた私はとうとうその場に座り込んだ。
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ」
「なんでそんなに笑ってるのよ」
どんなに叩いても一向に変わる事の無い彼の態度に口を尖らせるけど、これ以上叩くのはやめておいた。それにいつまでも笑っている彼を見ていたら、いつの間にか怒る気も無くなっていた。
「だって、楽しかったから」
楽しい。そう言われて何だかひどくくすぐったい感じがした。私と一緒にいて楽しいだなんて、誰も言ってくれた事は無かったから。
「楽しいわけないじゃない」
だから、ついそんな悪態をつく。だけど彼はまじめな顔で言った。
「楽しいよ。同じくらいの年の子とこんなふうに話すのなんて、初めてだったんだ」
「妖怪の世界も少子化が進んでいるの?」
最近知った言葉を使ってみる。向こうの世界の事情は知らないけど、確かに私も自分と同じくらいの年頃の妖怪なんて見た事が無かった。
「人間は学校って所に友達がいるんだろ。ちょっと羨ましい」
少しだけ寂しそうに言う。そうか。この子には人間の世界はそんな風に見えているのか。だけど、それは現実とは違うと言う事を私は知っている。
「いないよ」
そう言った時、胸の奥がズキリと痛んだ。もうすっかり慣れたと思っていたのに、なぜ今更こんなにも苦しいのだろう。
「友達なんていない。私はおかしな子だから、だれも友達になんてなってくれないよ」
それはきっとこの子のせいだ。この子と話していると、友達といることの楽しさを思い出してしまうからだ。
なのにその子は私の気持ちなんて知りもせず、不思議そうに言う。
「きみ、おかしな子なの?」
その言葉に、今までギリギリのところで張り詰めていた何かが切れた。
「アンタ達のせいじゃない!」
叫び声が辺りに響き渡り、男の子は目を丸くする。だけど一度爆発した私の思いは止まらなかった。
「私にはアンタみたいな妖怪が見えて、でも他のみんなには見えなくて、いくらいるんだって言っても信じてもらえなくて………嘘つきって言われるようになって、仲間外れにされて……」
どうしてこんな事まで話しているんだろう。この子に言ったって何にもならないのに。
気が付くと私はポロポロと泣いていた。顔中が涙でグシャグシャだ。それを見られるのが嫌で、何度も涙を拭って、でもそのたびに溢れてくる。
その時だった。
―――ポン
撫でるように頭を叩かれ、思わず顔を上げる。
「よく分からないけど、なんかごめん。」
よく分からないって何よ。そんなふうに謝られたって許すわけ無いじゃない。
だけど彼はそんなふくれっ面の私に向かってそっと手を差し出した。
「それじゃ、俺が友達っていうのは、だめ?」
何を……言っているのだろう?
「俺は木葉。君は、何て言うの?」
じっと、差し出された手を見つめる。相手は妖怪だ。気を許したらどんなことになるか分からない。
だけどそれでも、にこやかに笑いながら手を差し出す彼の姿は、とても眩しく思えた。
「だめ?」
今度は、そのにこやかな表情が少しだけ陰る。ただそれだけの事なのに、何だか私はこの子に対して凄く悪い事をしているような気分になった。
迷いながら、躊躇いながら、それでも私はその子に向かって4少しずつ手を伸ばす。
そして一度大きくしゃくり上げた後、私は子の手を掴んだ。
「……志保。朝霧志保」
「えっ?」
「私の名前。友達なら覚えてよね」
これが、私と木葉との出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます