第30話
「……やっぱり、なんであんなもの乗るのか分からない」
人生初のジェットコースターを体験した木葉の感想がそれだった。表情はこわばっていて、顔色も悪かった。
「ごめんごめん。アンタがそこまで怖がるなんて思わなかったのよ」
どうやら自分で空を飛び急降下するのと、絶叫マシンに乗るのとでは随分と違うみたいだ。
「別に怖いだなんて言ってないだろ。」
木葉は顔を赤くして私の言葉を否定する。どうやら怖がっているのが恥ずかしいみたいだ。それを見て私はつい悪い癖が出てきたしまった。つい、からかってみたくなった。
「そんなに怖がるなら、もうこういうのは止めようかな」
「だから怖がってなんかいないよ」
なおも否定する木葉。ムキになる所が見ていて面白い。
「えーっ、嘘だ」
「嘘じゃないって」
「じゃあ、次はあれに乗ってくれる?」
そう言って私が指差したのは、さっきのとは別の絶叫マシン。ちなみに私が乗ってみたいもののほとんどは絶叫系だった。
「えっ……?」
木葉の顔が再び引きつった。
「……もう、無理」
絶叫マシンを梯子すること三つ目。とうとう木葉が敗北宣言をした。
「もっと早くそう言えば良かったのに」
「鬼……」
ボロボロになった木葉とは対照的に、私はすこぶる上機嫌だ。絶叫系が思っていた以上に楽しかったのもあるけど、なによりこんな木葉の姿が拝めたのが大きかった。
とはいえ流石にこうなった相手にもう一度絶叫系に乗れと言うほど私も人でなしじゃない。
「なら、今度はアンタが選んでよ」
そう言ってパンフレットを渡す。木葉は力無い手でそれを受け取ったけど、なかなか決めようとしない。まだどういうものがあるのかよく分からないのかな?そう思って助言しようとしたその時、ようやく木葉の指が動いた。
「じゃあこれ。これに乗りたい」
「どれどれ……って、これ?」
指さされたパンフレットを見て、今度は私の表情が固まった。
円形の屋根の下、私の目の前には白馬の後頭部が見える。顔を向けると、隣や後ろにも同じような馬のオブジェ、木馬が何体も並んでいて、クルクルと屋根の下を何周も回っている。これまた遊園地の定番、メリーゴーランドだ。
ただ、こういうのに乗るのは普通はもっと小さい子だと思う。事実、周りを見ても私と子の葉を除いては小学生しか乗っていなかった。
他の人には個の葉の姿は見えないから、私だけが高校生にもなって一人でメリーゴーランドに乗っているように見えている事だろう。なんだか周りの視線が痛くなてきた。
「いや、これは…ちょっと…」
木葉からこれを提案された時は流石に躊躇した。ハッキリ言ってかなり恥ずかしい。
「旅の恥はかき捨てなんだろ?」
「そりゃそうだけど…」
これまでだって傍から見れば恥ずかしい事は色々やってきたけど、これは覚悟していない類の恥ずかしさだ。それでも、ダメかなと言って頼む木葉を見てると、結局断ることはできなかった。
木馬の動きが止まり、ようやく羞恥にまみれた時間が終わる。木葉はいったい何を思ってこんなものを選んだのだろう。
「お疲れさま」
あれこれ思いながら外に出ると、先に出ていた木葉が呼んだ。
誰のせいでこんなの疲れてると思ってるのよ。そりゃアンタは人から見られないから平気かもしれないけど。
そう思っていると、なんだか木葉がクスクスと笑っていることに気づいた。それを見て、なぜ木葉がわざわざメリーゴーランドなんてものを選んだのかを理解した。
「アンタ、私が恥ずかしがるのを見て楽しんでたでしょ」
「さあ、なんのこと?」
とぼけているけど、その前にわずかに吹き出していたのが何よりの証拠だった。
「このバカ、何考えてるのよ」
「志穂だって何度も俺を絶叫マシンに乗せて楽しんでたじゃないか」
「うるさーい。アンタがなかなか怖いって言わなかったからよ!」
無茶苦茶な理屈を言いながらギャアギャア騒ぐ。なんだかせっかくのデートだというのに色気も何も無かった。
だけどそれでいい。私達はいつだって、こういうバカな事を繰り返してきたのだから。
デートっぽくないと言うなら他にもおかしな所はたくさんある。はたから見れば私一人しかいないというのもそうだし、手を繋ぐことが無いのだってそうだ。私達は今日一日、多少体が触れる事はあっても、手を繋ぐ事は決してなかった。
その理由はもちろん、私の生気が失われないためだ。服越しでなく直接木葉に触れると、その分多くの生気が失われてしまう。そうならないための処置だった。
そうと分かっていても、決して手を繋ぐことが無いというのは、やっぱりどこかさびしさを感じた。
「そろそろ終わりにした方がいいかな?」
木葉が近くにある時計を見ながら言う。楽しい時間は早く過ぎるとはよく言ったものだ。帰るためにかかる時間を考えると、ここにいられるのもあと僅かになっていた。
もちろん私もそんなことは分かっている。だからこそ、色々話をしながらも、足はここへと進めてきたのだ。
「じゃあ、最後にあれに乗ろう」
そうして私は目の前を指差した。
「あれって、確か観覧車って言うやつだよね」
木葉もその存在くらいは知っていたようだ。それは我が県どころか、この地方でも最大級の大きさを誇る観覧車だった。
「最後はあれって決めてたの。一緒に乗ろう」
「まあ、あれなら怖いことも無いかな」
歩き出す私の後を木葉がついてくる。そう、最後はこの観覧車にしようというのは、予め決めていたことだった。
締めに観覧車というのはいかにもデートっぽい。そして、一度中に入ってしまえば当分は二人きりでいられるというのが最も大きな理由だった。
私達の順番が回って来て、二人でゴンドラへと乗り込む。ドアが閉められ、窓から見える景色がゆっくりと上がって行く。
「木葉にしてみたら高い所なんて珍しくも無いかな?」
「そんなことないよ。たまにはのんびり見下ろすのも新鮮だ」
木葉はそう言って窓の外を眺める。私はゆっくりと備え付けられている椅子の上へと腰を下ろした。
ゴンドラに乗り込んでから今までで約一分。パンフレットでは一周15分とあったから、残る時間は14分くらいだろう。それだけあれば何とかなりそうだ。
「ねえ木葉」
相変わらず窓の外を見ている木葉に声を掛ける。なに?と言って振り返るのを見て、思わず膝の上にのせていた手が強く握られた。
「話があるの」
その一言で、木葉も何を言いたいかおおよそ察したようだ。真面目な顔つきへと変わると、黙って私の正面へと座る。
いよいよ、今日木葉と会った本当の目的を果たす時が来た。この一週間考え抜いた、私達のこれからを話す時が。
もう二度と会わないことを伝える時が。
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