デート

第29話

 遊園地の門をくぐると、そこは外の世界とはがらりと装いを変えていた。

 あれから一週間。今日は約束していた、私が答えを出す日。そして私達の初めてのデートの日だった。改めてデート何て言うと、なんだか少し照れくさかったりする。


 そして約束通り、私達は遊園地に来たのだけれど……


「疲れたー」

 園内に入った私の第一声はこれだった。


「遊園地って、遠いんだね」

 となりにいる木葉も、同じく来たばかりだというのにすでに疲労の色が見える。その言葉通り、とにかくここまでが遠かった。

 なにしろ私達の地元はかつて陸の孤島とさえ呼ばれていた所だ。ここまで来るには一時間に一本しかない汽車に乗るところから始まり、途中の乗り換えを挟んで3時間もかかる。おかげで現在の時刻はもうお昼を回っていた。みんな田舎が悪いんだ。


 とはいえせっかく来たのだから、いつまでもこんな所でへばっているわけにはいかない。帰りももちろん同じだけの時間がかかるのだから、遊べる時間も限られてくる。


「それじゃ、まずはどこに行こうか?木葉、アンタは行きたい所ってある?」

「そう言われても俺には何が何だか。それに、お金を払わずに入って大丈夫だったの?」

 園内に入る際、支払った入場料は私の分だけだった。つまり木葉は無銭入場というわけだ。


「だって仕方ないじゃない。他の人から見たら一人でいるようにしか見えないんだから」

 木葉の姿は私以外には見る事が出来ない。きっと今も、他の人には私が独り言を言っているようにしか見えないだろう。


「でも、デートって普通は男が支払いするもんじゃないの?」

「大人ならそうかもしれないけど、別にいいんじゃない?相手が木葉って時点で期待してないわよ」

 木葉はなんだか面白くなさそうな顔をするけど、反論はできないみたいだ。なにしろここに来るまでの交通費だって一円たりとも出していない。妖怪である木葉は人間には姿が見えないことに加え、お金を使う習慣もないから、無理もない事だった。

 私が二人分出そうかとも考えたけど、どうせバレないんだし、払わずにすむところは節約することにした。申し訳ないとは思うけど、どうか許してほしい。


「じゃあ、アンタに特に希望が無いなら私が決めるわね」

「ああ。いいよそれで」

 とはいえ私も遊園地なんて小学生だったころに来たのが最後だ。どこに何があるのかも分からずパンフレットを見ると、ちょうど近くに興味を引くものがあった。

「うん、まずはこれかな。付いてきて」

「はいはい」

 行き先を決めると、木葉を連れて歩きはじめる。向かう先は遊園地の定番、ジェットコースターだ。



「すみません。私の隣の席、空けてもらっていいですか?」

 ジェットコースターの受け付けに立っている係の人にそう言うと、思った通り怪訝な顔をされた。そんな事を言う理由はもちろん、木葉の席を確保するためだ。


「チケットは二人分払いますから、お願いします」

 ここでは入場料とは別に、アトラクションごとにチケットが必要になってくる。それを二人分渡すのだから、二席確保するのに問題はないはずだ。入場料は払わなかったけど、こういう無理を通す場面でお金を出し惜しみする気は無い。

「あの、これからどなたかお連れ様が来られるのですか?」

「いいえ、来ません」

 私が何か言うたびに、どんどん困惑が広がっていくようだった。それでも、何度も頼む私の様子に気圧されたのか、結局二つの席を確保することができた。


「ねえ、大丈夫なの?」

 順番待ちの列に並んでいると、隣に建つ木葉が聞いてきた。

「何が?」

「だって、あんなこと言ったら変に思われるんじゃない?」

 間違いなく変に思われるだろう。今こうして喋っているのだって、木葉を見る事が出来ない周りの人からすれば総統変だ。普段ならもう少し人目を気にするところだけど、今日は特別だ。

「どうせ私のこと知ってる人なんて誰もいないから平気よ。旅の恥はかき捨てって言うじゃない」


 わざわざ片道3時間もかかるここをデート場所に選んだ理由の一つがそれだった。人目を気にしてばかりいたら、でちっとも木葉との会話を楽しめないだろう。

 やがて順番待ちの列は少しずつ進んでいき、いよいよ私の、私達の番が回ってきた。


「そういえば、これって何か意味があるの?」

 コースターへと乗り込み、安全バーが下りたところで木葉がそんな事を言った。

「高い所に行きたいっていうなら、俺が何度も抱えて飛んでたじゃないか」

 確かに、木葉と一緒に空を飛んだ時は、これよりもっと高い所まで何度も飛んで行った。だけど、だからと言ってこれが楽しくないという事は無い。

「こういうのはスリルを味わうものなの。乗っていればわかるわ」

「そんなもんかな?」


 木葉はまだジェットコースターという未知の乗り物に対して疑問を抱いているようだったけど、気がついた時にはすでに動き始め、あっという間に一番高い所までたどり着いていた。

「ふーん。けっこう高……い…ね……」

 聞きとれたのはそこまでだった。私達を乗せたコースターが一気に急降下したからだ。それから耳に入ってくるのは周囲の絶叫。目に映るのは次々に上下の入れ替わる景色だった。


 絶叫の中に、何だかこの葉の声も混じっているような気がした。チラリと横を向いて確認した木葉の顔は、なんだか引きつっているような気がした。

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