第9話

 地面に降り立ったのと同時に、なんだか足元が少しふらつき体勢が崩れる。木葉が慌ててそれを支えた。


「大丈夫?平気?」

「何でもないわよこれくらい」


 ちょっとフラついただけで大袈裟なやつだ。とはいえ、なんだかんだか最近こんな事が多い気がする。まだ夏は始まったばかりだというのに、早くも夏バテだろうか?


 気を取り直して川の方を見るそこには木葉の言う通り、何匹もの蛍が瞬いていた。蛍なんて昔はどこでも見る事が出来たらしいけど、こんな田舎でも最近は徐々に生息範囲が狭くなっていると聞く。

 私は屈みこむと、蛍に向かってそっと手を伸ばす。近寄ってきた蛍の光で、手の平が緑色に照らされた。


「気にいった?」

「まあ、木葉にしては悪くないじゃない。まるで……」


 そこで私は口にしかけた言葉を呑み込む。まるでデートみたい。私はそう言いそうになっていた。

 だけどそんな事を言ったら、何だか木葉のことを異性として意識しているみたいになるだ。もしかしたらさっきクラスの子に彼氏と一緒かと言われた事を引きずっているのかもしれない。

 頭によぎった考えを取り払おうと、川辺を飛ぶ蛍を眺める。静かに川のせせらぎだけが聞こえてくる中、飛び交う無数の蛍は美しくて幻想的だ。最初は気を逸らすために眺めていたはずなのに、いつの間にか私はその光景に目を奪われていた。




 どれくらいたっただろう。ふと隣を向くと、いつの間にかそこにいたはずの木葉の姿が無かった。


「木葉?」


 それに気づいた途端、私は思わず不安げな声を漏らした。


「木葉…木葉…」


 それは単に少しの間この場を離れているだけかもしれない。少なくとも、こんなわずかな時間姿が見えないからといって、何かあったとは思えない。普通ならそう考えるだろう。

 だけど私は、木葉の姿が見えないことがどうしても不安でたまらなかった。


「木葉、いるんでしょ。出てきなさいよ」


 何度もその名前を呼び、繰り返し辺りを見回す。その時、急に見えない何かが私の手を掴み、そのまま体を引き寄せた。


「志保!」


 それと同時に、私を呼ぶ木葉の声が聞こえた。その途端、それまで何もなかったはずの私の目の前に木葉の姿が現れた。


「俺は、ここにいるよ」


 木葉は少しだけ寂しそうな笑顔尾を向けていた。普段の私ならここで悪態の一つもつくところだけど、今はその余裕はなかった。

 その姿を確認した途端、私は全身の力が抜けたみたいに足が崩れ、木葉にその体を預ける形になる。


「良かった。私、木葉のこと、まだ見えてる」


 木葉に抱きかかえられながら、私は言った。そんな私の目に映る木の葉は、さっきまでよりもずいぶんと薄れていて、今にも消えてしまいそうだった。

 その姿を見て、私は嫌でも実感する。自分の妖怪を見る力が無くなりかけている事を。木葉と共にいられる時間が、もう残りわずかしかないという事を。

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